25 テオドールの使い魔たち
深夜、テオドールは情報収集のため魔法を使うべく宿舎の庭へ出た。
寝ているポレットにはリグが付き添っている。
「こういう情報って、本当はもっと細かいことが役所には伝わってるんだ。公開する情報はある程度規制されたものってのは常識だね!」
「常識ではないが、まぁ考えればわかることではあるな」
モッシュが答えると、テオドールはそうでしょうと言いながら深く頷いた。
「たぶんネネのチームの情報収集はそこから探ってくと思うんだよね。同じ方向からアプローチしても意味がないから、僕は別のとこから攻める」
「別のところ、ですか?」
カオンが疑問を口にするのとほぼ同時に、目の前の地面に魔法陣が現れる。
魔法陣が一度強い光を放つと、地面からゆっくりと大きな蜘蛛の魔物が召喚されてきた。
大きさは三メートルほどで、全身は黒く、ところどころ光を反射して輝いているようにも見えた。
不気味で恐ろしい雰囲気を纏っているが、テオドール曰く「星空みたいで美しい」のだそうだ。
「やぁ、調子はどうだい? シャオちゃん」
「シャッ!」
「そっか、そっか。元気そうでなにより!」
魔物の言葉は契約者にしかわからないらしく、巨大な蜘蛛と会話する様子は傍からみると奇妙にしか見えない。
とはいえモッシュもカオンも慣れたものだ。一方で、初めて見る者はかなり驚くだろう。
「君とその眷属には情報を集めてもらいたいんだよね。厄災の魔女についての話と、国が発表した魔女検査についての話」
シャオちゃんと呼ばれた巨大蜘蛛はテオドールの指示を聞くと大きく身体を震わせた。
その瞬間、一体どこに潜んでいたのか小型の蜘蛛の魔物がわらわらと出てくる。
「この使い魔たちのことは、相変わらず直視したくないな」
「えー!? こんなに可愛いのに酷いっ」
魔物を見慣れたモッシュでさえ、ここまで集団で現れると気味が悪いと思うらしい。
カオンやリグも慣れてはいるが、あまり囲まれたくはないと思っているだろう。
「あっ、ポレット! 待てって!」
そんな時、リグの慌てた声が聞こえてきた。
いつの間にか目覚めてしまったのだろう、ポレットが小走りで庭に飛び出してくる。
つまり、大量の小型蜘蛛の魔物と巨大な蜘蛛の魔物をなんの前情報もなしに直視することとなった。
「っ、ポレット!」
「リグ! お前がついていながら……」
「ごめん、モッシュ。手を繋いでたのに急に振り払って走り出して……ポレットが寝ぼけていたから油断した!」
リグでさえ心構えなしにこの光景を前にして思わず怯んでしまったほどだ。ポレットは気を失ってもおかしくない。
そう思っていたのだが、ポレットは大型のシャオちゃんを前に目を輝かせてるように見えた。
「さわって、いい?」
「シャッ」
「わぁ、ふわふわ」
しかも自ら話しかけ、返事をもらい、シャオちゃんの足を撫でている。
これにはその場にいる全員が驚いて言葉を失ってしまった。
「……怖くない、のか?」
「? こわくない。——やさしい」
それは不思議な光景だった。
蜘蛛の魔物に両手を伸ばし、ポレットのアース・アイがいつも以上に透き通って見える。
蜘蛛たちは一斉にポレットのほうに身体を向けて頭を下げた。
それはまるで、魔物を統べる魔女のように——
(ポレットが、遠くへ行ってしまう……っ)
急にそんな不安に駆られたリグは、思わずポレットを背後からギュッと抱きしめる。
振り返って不思議そうに首を傾げたポレットはすでにいつものポレットで、リグはほっと安堵のため息を吐いた。
「シャオちゃんの良さがわかるとはね。さっすが僕の弟子! ……って、なんでそこで嫌そうな顔するのさ。僕が嫌、みたいな反応やめてくれる?」
場違いにも明るい声が響き、リグは自分の身体が緊張で強張っていたことに気付く。
改めてポレットを見ると、文句を言うテオドールに対してぷいとそっぽを向いていた。
ポレットにとっては蜘蛛の魔物よりテオドールのほうが警戒対象のようで、リグはクスッと笑う。
「ポレットちゃんが平気そうでなにより。さて、こいつらなら眷属を使ってどこにでも潜り込める。集まった情報はどれだけ離れていてもシャオちゃんがキャッチしてくれるからね。ただ、伝達出来る情報は単語程度のものになるけど」
「単語だけでも今は十分ですね」
「そそ。じゃ、僕の可愛い子たち。行ってきて!」
テオドールがそう言うと、小型の蜘蛛たちは一斉に散らばっていった。
その光景がまたリグは少し苦手でつい鳥肌が立ってしまうのだが、ポレットはやはりこれも平気なようで、むしろ目を輝かせて手を振り見送っていた。
「ポレットも、あれやりたい」
「えっ、使い魔のこと?」
その上、使い魔に興味を示したようだ。
テオドールの隣にいるシャオちゃんを羨ましそうな顔で見上げている。
「……ポレットちゃんを守る使い魔なら、いてもいいかも」
テオドールは考えこみながらぽつりと呟くと、よし、と手を打ってポレットに告げた。
「仲間にしたいな、って思うような動物や魔物を見たら言ってよ。その時に判断するから」
「このこは?」
「この子はダメー。僕の子だから」
「……ケチ」
「こらー。師匠に対して酷いぞー」
「んむー!」
テオドールにほっぺをむにむにされ、ポレットは抗議の唸り声を上げている。
先ほど見た神秘的とも言えるポレットの姿がまるで幻かのようだ。
「……やはりポレットは、只者ではないですね」
しかしカオンの呟きで、さっきのが現実だったと思い知る。
基本的に魔物は人に懐かない。
テオドールのように力のある魔法使いが主従契約を結ばない限りは、人を襲う者ばかりなのだ。
シャオちゃんだって、モッシュやカオン、リグの言うことは一切聞かない。
それどころか、迂闊に近付けば威嚇してくるし、テオドールが近くにいなければ攻撃もしてくるほどだ。
それなのに、ポレットはシャオちゃんだけでなく、眷属の小型蜘蛛の大群さえ従えられそうな雰囲気だった。
(魔女、なのか……? ポレット)
ずっと抱いてきた疑念が確信に変わりつつある。
魔女検査のことといい、リグの胸には不安ばかりが募っていった。




