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物言わぬ花嫁  作者: さい
15/35

15.焦燥

 周囲が浮き足立つ中、ダリバは嫌な汗をかきながら表情を取り繕っていた。

「リジム、待て」

 五階へ確認に行こうというのだろう、すでに数段上りかけた若い手下は、平静な顔で『何』と問う。今回の仕事に、ダリバは四人だけ連れて出た。うち呼び止めたリジムが一番頭は切れるが、性格がねじくれていて使い辛い。他の三人は返事はいつも従順だが怠け者、ダリバが言ったことの半分も出来はしない。勝手をするので腹は立つが、四人の中で非常時に役立つのはリジムだった。

「『花嫁』は俺達で見に行く……お前は、念のため下の門番をたたき起こしておけ」

 ダリバ達が身を置く社会は、舐められた終わりだ。この状況に動揺などしていない事を見せ付けるように、努めて悠然と懐の書状を取り出し、リジムに手渡す。

 この城壁宿では一度、領主の墨付を示す書状を見せているが、部屋や飲み食いをタダにさせるのと夜中に城門を開くのでは重みが違う。幾ら太平の世とはいえ、外には夜盗が多い。門番には、もう一度書状をちらつかせる必要があるだろう。

 言い付けられたリジムは、自分で部屋を見たかったのか一瞬不満げな顔をしたが、ダリバが凄んでみせると肩を竦めて書状を受け取った。

 威圧するようにその横を通り抜け、階段へ向かう。慌ててぞろぞろと付いて来る三人を、ダリバは苛立ちのまま怒鳴りつけた。

「てめぇら馬鹿か。来るのは一人でいい……明かりを持って来い!」

 

 この街で、毎年祭に『花嫁』を準備するのは、ダリバ達の属する組織の役目だった。

 幾つかの組織を経由して降りてくる、年に一度の木っ端仕事だが、権力に近づく機会は逃さないほうがい。報酬はそれほど出ないが、女一人を脅して攫ってくるのは簡単で、悪くない仕事だ。

 だが今年は指示されて用意した最初の花嫁が死んだ。すでに組織の上の者に引き渡した後だったというのに、ダリバの責任のようにされたのがケチの付きはじめだった。許す代わりに五日足らずで二人目を攫って来いと言われ、街から離れた山まで行く羽目になり、慣れない場所では馬車の手配ひとつにも手間と金が掛かった。

 散々苦労してまで攫った相手は、雀斑顔の、身体にめりはりの少ない冴えない娘ときていたが、これは仕事だ。祭まで時間ぎりぎりだったのを何とか間に合わせ、今夜ようやく渇いた喉を酒で潤すことが出来た。

 部屋に閉じ込めて来た娘は、干されて、もう一人では歩けもしないほど弱りきっていたはずだ。

 足掛け二日、干すだけでなく始終リジムがこの娘をいたぶって遊び、後の三人もそれをにやにや眺めていたのをダリバは知っている。自分の目の届く場所なら構わないが、放っておけば若い連中は興がのって犯しかねないと思い、部屋にひとりも残さなかったのだが……。

 耳にさっき窓から聞こえた悲鳴が蘇る。その後の、何かが潰れるような遠く小さな音も。

 まさか。あの小娘にそんな度胸はあるまいと笑いたい一方で、怯えた鼠は走り回った挙句に壁にぶつかって死ぬこともあると胸に囁くものがいる。手遅れかもしれない後悔が、あとから押し寄せてくる。嫌な汗が止まらない。だが、足だけは淡々と階段を上っていた。

「誰か……、聞いてくれ、儂は本当に見たんじゃ」

 途中、階段の半端な場所にへたりこんで呟く老いた僧侶が居て、ダリバは先ほどの声はこいつだったかと思った。

『赤い……何かが落ちた。人かもしれん!』

 久々に気分良く飲んでいたのを、ぶち壊しにしたのはこいつか。完全な責任転嫁と知りつつ、通りすがりに苛立ちのまま蹴りつけようとしたが、爺は思いのほか機敏な動きで靴をひょいと避けた。

「おう、危ないのう」

「アァ!? この爺……ッ」

 のんびりと人を食った台詞に怒りを掻き立てられ、ついかっとなって怒鳴りつける。明かりを持った手下が、振り返って顔を顰めた。

「ちょっと旦那、んなことしてる場合ですか。あの女が死んでたら、俺ら、どうなるか」

「…………煩い」

 低く返したダリバに、手下はびくりと震える。だがその表情には懸念と彼に対する微かな侮りが浮かんでいる。

 

 二人は足元の老人を放って、五階へ上がった。

 まずいことが起こったようだと不安に戦きながら、持ち場を離れられず、きょろきょろしている役立たずの見張りの兵を乱暴に押しのける。一階の役人に言って連れて来た、一応は領主の私兵だが、この太平の世では城壁の兵など単なる飾りだ。本当の軍人ではない。

 懐から取り出した鍵で、扉を開ける。外鍵のついた上等部屋の中は暗く、しんとしている。

 嫌な予感は、ダリバ達の中にもう目を逸らせないほど大きく膨れていた。

「貸せ」

 灯りを翳して見回してもそこに動くものは見当たらず、ただ閉めきられていたはずの窓が開いている。やはり、と焦燥が胸を焼く。ダリバは注意深く部屋中を見渡しながら、その窓へと寄った。横目に寝台の掛け布、敷き布の全て剥がれているのが見えた。その切れ端らしきものが、窓の手前の台に括られている。それは外へ繋がり闇深い下へと垂れている。窓の狭さに閉口しながら手繰り寄せれば、それがほんの短いところで千切れているのも分かった。

 ダリバの頭に組織の上役達の顔が過ぎり、怒りと不安で一瞬訳が分からなくなった。

 悲鳴は幻聴ではなく、ダリバがいま掴んでいる布も見間違いではない。花嫁もどうせ死ぬなら、ダリバの役に立ってから死ねばいいものを……恐怖から自殺を図ったかという想像を裏切り、あの娘はこの後に及んで逃げようとしていたのか。干した上で手を縛り、目も見えないようにしていたのに! そして勝手に死んだのか。あの娘の往生際の悪さのせいで、ダリバは窮地に陥ったのか。

「おい……花嫁は、部屋の中には居ないんだな?」

 落ちつかなげに首を動かしている手下に聞けば、居ませんねと神経を逆なでする暢気な返事が返ってきた。睨みつければ格好をつけるため、真剣味のない態度で戸棚を空け、寝台の下を覗いてみせる。

 他に女が隠れられそうな場所はなく、ダリバの目にも部屋は空だ。これ以上血眼になって部屋を掻き回せば、その分時間は経ち、ダリバは間抜けを晒すことになるだろう。

「なら降りるぞ……多少潰れていても、あの娘は、明日まで生きてればいいんだからな」

 城門を開かせなければならない。

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