12.挿話
さぁて。若いのに任せておくと、どうも話がすっきりいかん。そろそろ一度、纏めておこうかの。
儂はエン、旅の僧じゃ。コナ嬢ちゃんに告げたように、最近は異端審問僧をやっておる。だいたい城壁宿の説明は終わっておるようだから、まずはこれに触れておくか。
異端審問とは要するに、これは聖都の教えから外れておるとかおらんとか、そんな事をとやかく言うことじゃ。しかし本質的に、人の身が果たして神から見た正統と異端を判断できるのか。判断するとして、それは何を根拠とする? ……儂らが帰依する教え自体、数百年前のものの原理とは様変わりしておるというのに。
これを言えば儂が異端と糾弾されるだろうが、もうひとつ問うなら、ある物・ある人の行いが異端であったとして、それは果たして悪なのか。
異端審問僧というのは、ひとりこれを弾劾する役目と権利を持った者を言う。危険な肩書きじゃ。しかし幸い、これは事なかれ主義のこの国の風土にあわなかったか、大昔に廃れて長らく空席……とはいえ異端審問自体が消えた訳ではない。こちらは聖都のお偉い方が特権的に『審問』する議会を開いて行うことになっておる。狭い部屋で世間知らず共が、何を判断できるのかとは思うがの。
で、儂にこの閑職が宛がわれたそもそもの理由がここに繋がる。現在の審問会議の長は、なんというか、考えがもの凄く偏っていてオカシイやつなんじゃ。連日、癇に障るものは全て議会で槍玉に挙げるもんじゃから、顔を合わせる機会の多い王侯貴族は戦々恐々、慌てて『いやいや教えの威光の届かぬのは王都よりもむしろ地方』などと言い募り、格好をつけるために元々旅好きの儂に肩書きだけ与え、おっぽり出したという訳じゃ。とんだとばっちりじゃな。
こっちは若い弟子と二人っぽち、馬鹿正直に異端めった切りの旅などをやっては、恨まれて命が幾つあっても足りん。
冗談でも儂が聖都にそう書いて送れば、旅先の『異端』は揺るがぬ先例となってしまう。それでも聖都への点数稼ぎがしたいなら、『異端』を密告しまくるのも手だが、儂はそんなの面白くもない。また自分が、正統な教えを広める使命を帯びていると考えるのは正直しんどい。儂自身が迷いも煩悩も多い、修行中の身なんじゃからな。という訳で、いま聖都や王都がどうなっておるかは分からんが肩書きを取り上げられる気配もないので、名前だけの異端審問僧としてフラフラただ好きに旅をしておる次第じゃ。
くれぐれも言うが儂は『異端』を判じる能力も、罰するための信念も持ってない。
しかし旅で通る土地の古い慣習によって、可哀想な娘が無惨に殺されるとか、そういうのはエンという男として嫌だと感じる。行き当たりばったりな感傷だとしても、の。
この城壁宿へ来る前に、この街ハイラハにも噂があることは聞いておった。曰く、竜神祭の近くになると若い娘が消える。一昨年に愛娘が消え、この街から出た夫婦が恐れながらと近くの寺院に訴えたんじゃが、そこの院主は面倒を嫌ってもみ消したらしい。偶然その寺院で宿を借りた際、下男らに聞いた。本当か嘘か、その話はハイラハでは半ば怪談のようになっていて、手に珍しい竜相を持つ娘ばかりが対象なのだという。
時期は折りしも祭の直前、興味本位といっては言葉が悪いが、まあ事情を見極めるためにハイラハまで足を伸ばした。そこで、コナ嬢に会ったという訳じゃ。
儂はつらつらと噂について思い出しながら、部屋の掛け金を元に戻した。
「行ったぞ?」
城壁宿の不躾な従業員は盥を持って、侘びも言わずにさっさと出て行った。何もこんな時に来んでも良いだろうに、この宿の有様には何もかも腹が立つ。
続いて手探りと勘で部屋の灯りをつければ、暗がりのなか寝台で身を起こす男女が浮び上がった。イェドとコナ、男のほうが僧でなければなかなか美味しい状況じゃったろうに。
不詳の弟子は、嬢ちゃんが降りてきた際は行水の途中だったようで、ほぼ上は薄い下着だけ、裸同然の姿。そのムカツクくらい逞しい剥き出しの腕の傍で、花嫁衣裳の嬢ちゃんが新しい涙で頬を汚して黙っている絵は、やけに淫靡に見える。イェドはとにかく、嬢ちゃんのほうはそんな事態に気づいておらんようだが。
この娘、平々凡々な見かけによらず相当気丈だが、平静とはほど遠い心境なのだろう。無理もない。近隣から攫われてきたという言葉に嘘はなかろうが、言葉はどうもこの辺りのものではないようだ……ひょっとすると移植者なのか。
とにかく縛られ目も見えん状態で、五階から逃げだそうとする根性には恐れ入った。イェドもよくこの若い娘を助けた。見かけはちぐはぐな二人じゃが、多少の縁はあるんじゃろう。
ああ、いかんいかん。こんな事を考えておる場合ではない。
「さあ邪魔者はもうおらん。こうなれば儂らは嬢ちゃんの味方、一蓮托生。さっさと奴らにばれんうちに、これからの相談をしようかの」
ここからは儂らが他で見聞きした事、嬢ちゃんが説明した事を一旦整理した内容じゃ。ざっと目を通しておくと後で分かり良いかもしれん。
【確定事項】
・現在エン/イェド/コナはハイラハ西の城壁宿、四階に居る。
・半時前までコナは上階、五階に一人で閉じ込められていた。部屋の鍵は外から掛かっている。
・五階のコナが居た部屋の外には、見張りが居る。
・五階の人間の少なくとも一部は、現在、二階の酒場兼食堂で呑んでいる。
・上記に、コナの身体を娼婦に拭かせた誘拐犯は含まれる。
・コナは複数の男達に誘拐されて来た。目隠し/手縄の状態を隠すために花嫁衣裳を着せられていた。
・ハイラハは明日、竜神祭の大祭である。
・城壁宿は地方都市領主が管理している。
・城壁の内側への入り口は、本日の入国手続きが終了したため格子が下ろされている。
・城壁の内側への、目に付く場所にある窓や入り口は、密入国を防ぐために塞がれている。従業員の通用口などは不明。
・城壁の外側への門は、夜盗を防ぐため閉じられている。
【伝聞情報および推測】
・誘拐犯のうち、ダリバという男が統率者。旦那という呼び名から推測。
・コナは竜神祭で殺されるはずだった。誘拐犯のうち、リジムという男の言。
・儀式用に準備されていた別の娘が自殺したため、急遽コナが攫われた。リジムの言。
・誘拐の対象となる娘は、処女でなければならない。リジムの言。
・この街は竜神祭近くに娘が消える。消えるのは珍しい手相を持つ娘ばかり。街の外の寺院での噂。
・誘拐犯を指示しているのは、ハイラハの領主らしい。明言はないが推測。
・現在、二階の酒場兼食堂で呑んでいる五階の男達に、リジムは含まれる。ダリバとの会話からの推測。