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物言わぬ花嫁  作者: さい
10/35

10.正体

「うう、うぅう……」

 壁に凭れたコナは膝に顔を伏せたまま、身悶えして恥じ入っている。紅い衣装の塊から聞こえる切れ切れの言い訳によれば、彼女はどうやら殺されるよりはと思い詰め、上の階の奴等に捕まる前に、なんとかして純潔を捨てるつもりだったらしい。

「うーん、これはちょっと苛め過ぎたかのう?」

 身体を縮める娘の姿に、エンは苦笑いしている。

 頭の中の計画を指摘され、さらにそれが間違って誘いをかけた僧侶の前では、確かにコナも決まりが悪いだろう。

 恐らくはエンの狙った通り、彼女の張り詰めた空気は謝罪に気を取られて緩んだようだが、これでは別の意味でやりづらい。

 

 師には皮肉を言われるが、イェドは、自分が鈍いとは思っていない。芸妓の子に産まれて、色の気配に疎い訳がないのだ。

 さらにイェドは容色のせいで清廉とは遠い環境に置かれてきた。僧侶を目指して以後も、聖都では念弟(ねんてい)候補としてねばついた視線を向けられたし、王都では貴族に無理を言われたことが何度もある。相手が人妻であったり、相当の権力者だったことも少なくなかった。

 旅に出てからは、軒先を借りた家の娘に秋波を送られ、寝台に見知らぬ女が裸で潜り込み……どれも傍で聞く分には、滑稽な笑い話だろう。だが本人は望まぬ綱渡りを、常に強いられているようなものだ。

 イェドの身体に欲望がない訳ではない。

 だが幼い頃に見た世界で、人間の堕ちる先に底などない事を知っている。その彼を覆い守る僧衣を、堕ちぬための足掛かりを、ひたすら引き剥ごうとする輩の傲慢さにはぞっとする。我ながら狭量だが、そこにあるのが純粋な恋心か爛れた遊びかは関係ない。

 

「ほら、お前も黙ってないで何か言わんか」

 イェドはエンに急かされ、困惑した。

 仮に誘いに気付いていれば、コナの事も嫌悪しただろう。だが状況が状況だったのと、彼女の誘惑は稚拙すぎ、全く勘が働かなかった。厠(かわや)へ行きたいのを言い淀んでいるのかと推測したくらいだ。エン師はよく分かったものだとその鋭さに脱帽する。

「……」

 だから目の前で唸り、赤くなって自己嫌悪にまみれている娘は、むしろ可哀想に思う。あるいは微笑ましい、だろうか。陰惨な状況から命辛々逃げ出してきたコナには不適切な感想かもしれないが。

 掛ける言葉はうまく思い浮かばない。

 イェドは長い髪を幾つもの三つ編みにしたコナの頭に腕を伸ばした。しかし撫でようとしてから、相手は子供ではないのだから不味いと気付いて止める。

「……気にしなくていい」

 

「嬢ちゃん、そろそろ、ええかの?」

 エンが促し、コナがのろのろと顔を上げた。

 耳まで赤い娘はなるべくイェドの方を見ないようにして、ぺこりと小さく頭を下げる。

「ハイ。ほんま、失礼しました」

「ええわいええわい。だいたい嬢ちゃんは、こんな顔だけ男に操をやらんで正解じゃ。ド下手くそに決まっとるし、行きずりで子が出来ても困るじゃろうし、さらにアソコの虱(しらみ)でも持っておったら目も当てられん!」

「…………師」

 イェドの冷たい眼差しも意に解さず、エンは笑う。

「ま、同じ意味で、他の男もお薦めはせんの。どうしてもというならワシが立候補しても良いが、娘っ子の純潔なんぞ誤魔化す方法は幾らもあるんじゃ。命が掛かっとるんでは、嬢ちゃんが賭けてみる気になるのも当然だろうが……あまり、分は良くない」

「でも」

「まあまあ。一人なら他に方法はなかったろうが、嬢ちゃんは頑張って根性で逃げ出したお陰で、儂らに会えた。三人で考えればもっと良い方法があろうよ……袖すり合うも多生の縁、嬢ちゃんを見殺しにするのは後味が悪い。それに、どうもこの話は儂らも無関係ではなさそうじゃ。詳しく嬢ちゃんのことを教えてくれんか」

 訝しげにエンを眺め、続いてついイェドを見上げたコナに、頷く。

「しがない旅の爺とそのお供、というのは世を忍ぶ仮の姿。嬢ちゃんには馴染みのない言葉かもしれんが、儂は異端審問僧じゃからな」

 

 そこで階下から小さな物音がした。

 いち早く気付いたイェドが、唇に指を当ててしばらく。階段を上ってきた誰かが扉の前に立って無遠慮にそれを開こうとする。がちりと掛け金に阻まれた誰かは、イラついたように、イェド達の部屋の入り口を乱暴に叩いた。

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