終. あいをかえす
二人が扉を開けば。
ラーラも知らない、目を輝かせるような晩餐会がそこにはあった。
みんながいた。
これまでのループで出会ったみんながいたのだ。
「みんな……でもどうしてここに!」
呆気に取られるラーラの前に現れたのは、端末ではない少年姿の星の竜、レナードだった。
「どうしてって、それは一番キミがよくわかってるんじゃない?」
キミへのご褒美だと思ってくれ、と腰に手を当てて、偉そうに言うレナード。
「全員、前回のループを記憶しているよ。竜族は特殊だからいろいろと覚えてる者もいるだろうけど?」
そんな彼にラーラは抱きついて、嬉しそうに感謝した。
「ありがとう、ございます……レナード様」
「おいレナード、ラーラから離れろ!」
おっと、とレナードはラーラの抱擁から離れて言う。
「彼女がしてきたんじゃないか! 嫉妬する男は嫌われるよ、元邪竜の竜王サマ!」
ぐうの音も出ないクリスに『してやったり』という顔をするレナード。そんな彼に絡んでくる少女がいた。
「ショタおじいちゃん! おら、おじいちゃんなんだから飲めるだろ!」
「うわ、年齢操作オバサン! 酒臭いぞ」
前回の戦いで多大な貢献をした、大魔法使いで大薬師のクロニカだった。
「クロニカさん! 来てくださったんですね。それに覚えて……!」
「このショタおじいちゃんに呼ばれてきたのさ。全く人使いが荒いんだから」
「……貴方のお力のおかげで、たくさんの竜族が救われました。ありがとうございます、クロニカさん」
「そりゃよかった。あ、サインいる?」
このループじゃはじめてなのであとでください、と言うクロニカに、ずっと頭をぐりぐりされていたレナードが抗議をしはじめた。
「おいやめろ! 年齢操作オバサンのくせに力が強いぞ!」
「年齢操作年齢操作ってうるさいんだけど! アタシの外見年齢は実験で15歳で止まっちまっただけだしまだ100歳にもなってないんだから!」
「ラーラ・ヴァリアナはループしてるけどオバサンは自分の失敗からなんだろ! なあ世界一エライ人族のラーラサマ!!」
わいのわいの、とその後も口喧嘩をしている二人をよそに、クリスとラーラの元へやってくる人族がいた。
「アルア国王……」
「勇者ラーラ様、いやもう勇者ではないのですね。ラーラ殿、そしてゼレンセン国王クリス殿」
アルア国王、竜族蔑視を率先してやっていたその人が、クリスを肩書きで呼んだ。
「……なんだろうか」
「我ら人族を代表し、竜族を差別していたこと、ここに謝罪したい」
「……」
「私はようやく気がついたのです。ラーラ嬢は存在を許すことだけで良いのだと、そんな簡単なことを今まで我らは思いもしなかった」
その場で深く、頭を下げた。
ラーラはそんなアルア国王に言う。
「人族は女神エレノアによって謂わば洗脳をされていたといっても過言ではありません。ひとは間違いを正せるのですから」
クリスを見上げて、そうですよね、と言ったラーラ。
竜王クリスは口を開いた。
「我ら竜族にされた仕打ちは、貴殿の謝罪一つで賄えるものではない。だが──」
クリスが厳しい顔を緩和させる。
「ゼレンセン王国と国交を樹立すると約束してくれるのであれば、その謝罪を受け入れよう」
「……でしたら、我らのことは」
「竜族は忘れはしないだろう。人族との確執は長く遺恨を残すことだろう。竜族は長命だからな。その覚悟があるというのなら、俺は貴殿に頭を上げてほしいと思う」
「……どうか、クリス殿の申し出を受け入れたい。アルア国王の名において誓おう」
クリスは顔を上げたアルア国王に手を出して握り。
彼らは、はじめて向き直ることができた。
きっと長い道のりになるだろう。きっと茨の道になるだろう。それでも人族は竜族の手を握った。
そのはじまりであり、ひとは前に進めたのだ。
この先何十年、何百年かかろうとも竜と人の交流を絶やしやしないと。
「ラーラ殿。貴殿にも謝罪したいという者がいるのだ」
そう言って王妃が後ろに連れてきたのは──この国の第一王子、フィリップだった。
「フィリップ、殿下」
「……」
眩いばかりの金髪が揺れ、そしてラーラに向かって言った。
「僕の頭に刻まれたこの記憶が正しければ、頭がおかしくなるほど君は僕に婚約破棄され続けてきた」
「そう、ですね」
「……すまなかった」
「それは婚約破棄のことだけですか?」
「……っ、浮気とか、いじめをしたと皆に吹聴したこともだ」
「それにシシリーさんとの約束も忘れていたそうですね」
「謝る! 全て謝る! だから、その」
視線を泳がせ、拳を握って、勇気を振り絞ってフィリップはラーラを見た。
「……僕のことを。見捨てないでくれて、ありがとう。僕の魔獣使いの力を笑わないでくれて……ありがとう、ラーラ・ヴァリアナ」
彼の言葉を聞いて、ようやくラーラは笑った。
もじもじとしているフィリップの元へ一人の少女がやってくる。
「そうですよ。勇者様に謝ってください。そして私にもですよ、殿下!」
その声は──前回のループで仲間だった。
「シシリー!!」
「はい、勇者様! 私です、シシリーです!」
柔らかな金髪でこの星唯一の光魔法使い、シシリーが涙を浮かべていた。
だがすぐにフィリップへ厳しい顔つきになる。
「ほら殿下、勇者様に謝ってください!」
「も、もう謝ったぞシシリー。次に謝るのは、その……」
「なんですか、聞こえません」
「すまなかった、シシリー! 君を蔑ろにした僕を許してくれ!」
ふん、と腕を組んでいたシシリーだったが次第に表情を和らげさせていく。
「……次はないんですから。今までのループでの殿下はそりゃあもう酷いことをしましたが、王都襲撃のときの殿下はまあ、結構? 格好良かったですから」
「シシリー……! なら君との婚約を」
「しつこいですよ! でも少しなら考えてあげます。殿下が心を入れ替えてくださるのなら、ですが!」
ラーラはそんな二人の様子を見て、もう大丈夫そうだと安心した。
「ヤリチンダールもなかなかに執念深いな」
ふむ、とクリスが言う。
「貴様、いや、ゼ……ゼレンセン国王、その、名を間違えられても仕方ないかとしれませんが、そのぉ……」
「ん? 呼び方を訂正するつもりはないぞ。貴殿がラーラとの婚約を白紙に戻すのなら話は別だが」
「します! しますから、その呼び方はやめてください!」
はっはっ、と声を上げて笑っているクリスへ声をかける人物がいた。
「あまりいじめるのはいけませんことよ、陛下」
「……アイリス」
白の筆頭執政官の服を着た、凛とした佇まいの竜族の女性。アイリスだった。
「お前には、苦労をかけさせた。俺が邪竜になってからずっと……そしてラーラをずっと支えてくれた」
クリスは傍らのラーラを前に出してあげて、アイリスと対面させる。
「ラーラ様。陛下を助けてくださり、誠にありがとうございました」
「アイリスさん、アイリスさん……!」
ぎゅう、と抱きつくラーラの頭を撫でるアイリス。
顔をあげて、ラーラはアイリスの隣にいた人物にも笑顔を向けた。
「スタンさんも、お会いできて本当に嬉しいです!」
「……ラーラ様。正気を失っていた俺のこと、そして陛下のこと、心から感謝を」
騎士団長スタンはその燃えるような赤髪の頭を下げて竜騎士の最上礼をした。
クリスはそんなスタンに言葉をかける。
「俺を最後まで守ろうと、忠義を果たそうとしてくれたこと。俺の方こそ感謝したいぞ、スタン」
「いえ。俺は……いや」
スタンは首を振って、主君たるクリスに笑みを見せる。
「今後我らは末永く、陛下とラーラ様のことをお守りいたします」
「私たちは陛下の両翼。どこまでもお供いたしますわ」
両翼の二人が揃ってクリスとラーラに誓いを新たにした。
「私も忘れないでくださいよ! 私だってラーラ様のお世話をずーっと続けますから!」
「シャル! よかった……ええ、また一緒にお茶しましょう!」
前回のループでの影の立役者、侍女のシャルがにこりと笑う。
「なあお前だろ、前のループで俺とアイリスとで戦ったのって。スタンって言うんだったか?」
その声は夕焼けの斧使いのもので。
「ステファン! 貴方も覚えていてくれたんですね!」
「そりゃそうだろ、脳筋勇者! お前の最高に格好良いところ、見なきゃいけないからな!」
にっと笑ったステファンに騎士団長のスタンが声をかけた。
「ステファンと言ったな。俺を元に戻してくれて感謝する。君の斧、そしてなんといってもあの拳にはやられたよ」
「はっ! オレは証明したかっただけだよ、最強の竜騎士はオレとアイリスの二人で倒せるってことをな!」
ところで、とステファンが目くじらを立てる。
「最強の竜騎士さんよ。あんたアイリスの、なんだ?」
「なんだとは、どういう意味だ?」
「……うし。これなら大丈夫だ」
密かに勝利を確信したステファンの肩を叩く者が現れた。
「ステファンくん、それでも君はまだまだその方面では勝ててないと思うよ?」
「エリックお前! なんでか言ってみろよ!」
「だってアイリスさんとスタンさんって二人で竜王様を支えてきたんでしょ? そんな二人の絆に勝てると思う?」
「勝つったら勝つんだよ!」
あっはっは、と声を上げて笑うその人は、魔弓の射手と呼ばれる弓使い、エリックだった。
なおも食ってかかろうとするステファンに、ひたすらに頭に疑問符を浮かべているスタン、そして「殿方は楽しそうですわね」とくすりとしているアイリス。
みんなが、ここにいた。
そして、ラーラの目の前には。
勇者一行が、揃っていた。
「……来てくれて、ありがとう」
肩を震わせるラーラに、あの旅をともにした四人は笑みを浮かべる。
シシリーが言った。
「ほら、私が言った通りでしたよね! 星の奇跡は起こったんです!」
「そうだね、奇跡だ。僕たちみんなが掴んだ奇跡でもある」
エリックが、同じ千里眼を持つ竜王クリスを見る。
「貴方が邪竜王ではなく……竜王クリス様、ですね」
「ああ。邪竜だったころの記憶はないが、君たちの輝きは視えていたよ。俺を止めてくれて……ありがとう」
そしてクリスは言葉を重ねる。
「君が俺と繋がる千里眼を持っていたんだな。ラーラをずっと見守ってくれていて、感謝する」
「……僕は。僕たちは、貴方たちの幸せを、ずっと祈っていますよ」
エリックは、クリスとラーラ。
二人の光を見つめて、心の底から嬉しそうに、微笑んだ。
「なあ、ラーラ」
「なんですか、クリス様?」
クリスが晩餐会の会場の真ん中へ手を繋いでラーラを連れていく。
「踊ろう」
晩餐会の中心で、竜と人が踊る。
待ちに待ったひとときに浸るように、美しく。
二人は世界で一番幸せそうに微笑んで、踊る。
──もう。ラーラってば本当に最後のループをしてハッピーエンドにしちゃったんだから。物語としては最高じゃないの。
ラーラの頭の中に、あの女神の声が響いてきた。
どうやらご立腹らしい。
(エレノア。少しは竜のこと、嫌いでも存在することを許せるようになった?)
──ラーラがいなくなってから私だって考えたのよ。貴女の物語が素敵なものになるのなら、そう考えてあげてもいいわ。
(それはよかった。ねぇ、いつか私とも踊らない? ひとりぼっちは嫌でしょう?)
──神殿から……出られないもの。
(あとでレナード様や星の竜に頼んでみるわ。ね?)
──私の友達の頼みなら、いいわ。
そこへ、クリスの声も念話のように聞こえてきた。
──話は終わったか? そしてはじめまして、女神エレノア。よくも前回のループではやらかしてくれたな。
──まあ! 私のラーラを奪ったにっくき黒竜! 話しかけないで……って言ったら、ラーラが怒るわよね。
──そうだな。女神よ、俺はラーラを一生幸せにするぞ。だから安心して竜のことを信頼してほしい。友達なのだろう?
──しかた、ないわね。少しだけよ。でも絶対、絶対ラーラを幸せにするのよ!
女神の声がしなくなって、クリスとラーラは顔を見合わせてくすりと笑った。
「女神も意外とツンデレな部分があるのだな」
「そういうところも、あっていいんだと思いますよ」
「そうだな。なあ、ラーラ」
いつかのときのように、片膝をついた。
ふわり、とクリスの周りに魔力が漂い、心臓のある胸が強く輝きだす。
「君は俺の大切なひとだ。だから俺からの最大の贈り物を、もう一度したい」
輝く左胸から竜が一番大切にしているものが浮かび上がる。
クリスの瞳の色と同じ、命の輝きをした金色の宝珠。
それをクリスは魔法で──指輪へと創りあげた。
「クリス様」
創造魔法。クリスの想いのかたち。
ラーラは竜王であるクリスに尋ねる。
「私は貴方を、救えましたか」
クリスは頷いて。
「ああ。たくさん君に救われたよ。ありがとう、ラーラ。受け取ってほしい、俺の誓いを」
ゆっくりと、クリスがラーラの手に──左の薬指に、指輪をはめる。
(このあたたかさ。クリス様の魔力……懐かしい。私は彼を、救えたんだ)
クリスの溢れんばかりの想いが指輪を通してラーラに伝わる。
俺を救ってくれてありがとう。生きていてくれてありがとう。
そして──。
「クリス様。私は、貴方にお返しするものがあります」
立ち上がったクリスの胸元に、ラーラが手をおいて。
皆が優しく見守る中、ラーラは目を閉じ。
少しだけ背伸びをして──。
竜の唇に、キスをした。
「愛を。お渡しします」
竜は竜と蔑まれ、愛を奪われてきた。
その意味を、奪われてきた。
竜は今このときをもって、愛の生き物であることを取り戻したのだ。
だからクリスは。今度は自分からラーラへと唇を落とした。
この星で一番優しい愛を、返すように。
「愛している。ラーラ」
愛を取り戻した竜は、恋をした女の子にやっと愛を伝えたのだった。
「そういえばラーラ、レナードがさっき言っていたが……どうして皆は前のループの記憶を持っているんだ?」
ラーラは、ふふ、と笑って言った。
「私、最後のループでクリス様の祝福を受けた剣を使うとき、願ったんです──星に」
城の外、空に数多の流星がながれていく。
その先頭には、あたたかな桃色が先導していた。
「私の魔力を全部使っていいから、みんなを救ってくださいって。女神になれるほどの魔力なら、できるでしょう?」
クリスは、そんなラーラを目をぱちくりとさせて見て。
にぱ、とあどけなく笑った。
「やっぱり、ラーラはスゴくてエライな!」
ループのできない私でも褒めてくれますか。
もちろん、だって君は。
世界で一番エライ、俺にとっての光なのだから!
完
ラーラとクリスの物語、完結です。
今まで読んでくださった方々、誠にありがとうございました。
皆様のあたたかい評価や感想にも感謝いたします。
少しでも面白いと思ってくれましたら、評価、ブクマ、感想などよろしくお願いいたします。
また機会があれば、番外編など書けたらと思います。




