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ユーリと砂糖菓子

ユーリと砂糖菓子


 王立魔法学園には、全国各地から多数の学生が集まっている。

 そのため、敷地内には男女別に複数の寮が建てられている。


 王族や上級貴族用の立派な寮も建てられており、アーサーやディアナは高額な寮費を支払っている。


 俺は、風格があると言えば聞こえは良いが、築百年は経過した古城のような一般男子寮の住人だ。

 ベットと机、半畳ほどのクローゼットがあるだけの狭い部屋だが、個室で寮費も食事も格安という好待遇。

 貧乏貴族の俺にはぴったりの住まいだった。


--


 ある日の夜。

 黒目黒髪の美少年が俺の部屋を訪ねてきた。

 教会に認定され、勇者の称号を持つ国内最強の魔法剣士ユーリである。


 ユーリは、癒し系女子マリアの弟で、ラノベ主人公のお約束をほとんど網羅している破天荒な人物である。

 神出鬼没で、ふらりと俺の部屋に遊びに来る。

 本人に確認したわけではないのだが、こいつの中身は絶対に日本人転生者だと俺は確信している。


「相変わらず、狭い部屋だな」

 そう言って、ユーリは来客用の椅子に勝手に座った。


「俺は、この狭い個室が結構気に入っているんだ。それで、要件はなんだ? 初めに言っておくが、魔王の討伐はお断りだぞ」

「えっ? なんで行かないの?」


「不思議そうな顔をするな。どうして俺が一緒に行く前提になっているんだよ。お前に付き合っていたら、命がいくらあっても足りないんだよ」

「あはは、冗談だよ。これを見てくれ、今日は事業の相談をしに来たんだ」


 ユーリが取り出したのは、色とりどりの星の粒。

 小さなガラス瓶に、宝石のような砂糖菓子が入っていた。


 俺は、前世の日本人の記憶を持っているので、この菓子の名前を知っている。

 金平糖だ。


「お前が作ったのか?」

「あぁ、僕の実家で始めた砂糖の生産が軌道に乗りそうなんだ。ついでに、金平糖の製法は単純なので試作してみた」


 小さなツノの生えた砂糖菓子がランプの光を反射して輝いていた。


「これを売るつもりなのか?」

「そうなんだ。どうやって売ろうかと悩んでいる」


 この世界の甘味は高い。現代日本人の感覚だと十倍以上に高価なのだ。

 基本的に貴族や金持ちの嗜好品なので、先日ディアナと食べた小さなケーキもびっくりするほど高かった。


「綺麗な瓶に詰めて高級感を演出してやれば、貴族や金持ちが買ってくれるだろうさ。でも、製法が単純だからなぁ。すぐに真似されてしまうだろうな」


 この世界は、特許という概念には無縁だから、早いもの勝ちで売り切らないと最後には盗んだ技術で大量生産できる金持ちが勝つようにできている。


「そうなんだ。砂糖の生産拡大に合わせて、いずれ甘味の値段も下がるとは思うんだ。でも、しばらくのあいだは収益の上がる事業として生産していきたい」


「真似される前に早く売り切る。と、いう方法は使えないわけだな」

 俺ならどうするか考えた。


 ユーリの実家の砂糖の生産量は多くない。

 おそらく、金平糖の生産方法は数人の職人の手による人力作業だろう。


 大量生産による薄利多売は難しい。

 高級菓子として販売しても、すぐに真似されて売れなくなってしまう。

 ラノベ主人公のようなユーリでも、これから特許という仕組みを立ち上げる事は難しい。


 今すぐに実行可能で、商人に真似をさせない方法。


 そんな、都合の良い手段は存在しない。

 待てよ。本当にそうだろうか。

 俺は、ひとつの方法を思いついた。


「そうだ。ブランド化だ」

「ブランド化? 勇者印の金平糖とでも名付けるつもりかい?」


「勇者印か。それもいいかも知れないな。だが、勇者の称号は教会に結びついているから少々面倒な事になりそうだ。ブランドとしては強力だが、絶対に口出しをしてくるに違いないぞ」


「それは面倒だな。教会に借り作ったら何をさせられるかわかったもんじゃない」

 ユーリは心底嫌そうな表情をした。

「それなら、君の考えを教えてくれ」


「俺だったら、このお菓子を王立天文台に持っていく」

「天文台だって?」


 王立天文台。

 星の運行を観察して占星魔術で国家の命運を予想する、王国の最重要機関のひとつである。


「このかたちを見てくれ。まさに天に輝く星じゃないか。俺だったら、このお菓子を王立天文台の専売商品として売るように交渉する」


「そうか! 王立天文台のブランドか。僕らは一般市民では無く、王立天文台に金平糖を売るんだな」

 日本人転生者のユーリは、すぐに俺の考えを理解した。


「王立天文台の名前で販売するから勝手に真似をするような馬鹿な商人もいないだろう。王立天文台、すなわち王国に喧嘩を売ることになるからな」


「なるほど。金平糖は腐らないから、毎月一定数量を納める契約をしてもいいし、国内に流通させるために商人と契約して紹介料をもらってもいい。なんだかイケる気がしてきたぞ」


 すでにユーリの頭の中では、契約から販売までのシミュレーションが行われてるに違いない。


 俺にできるのはここまでだ。

 俺は、頭に浮かんだ机上の空論を述べただけ。

 実際に事業化するにはユーリの行動力が必要だ。


「君に相談して良かったよ。相談コンサル料として、何か欲しいものがあったら言ってくれ」

「俺は、仕事で相談に乗ったつもりじゃないからお礼なんていらないよ。だが、そうだな、良かったらそいつをひとつ俺に分けてくれないか」


 俺は、金平糖の入った小瓶を指差した。


「こんなものでいいのかい? はじめから置いていくつもりだったから構わないさ」

「そうか。悪いな」


「このお礼は後日。事業報告がてら持ってくるよ。楽しみにしておいてくれ」

 そう言って、ユーリは帰っていった。


 ユーリの事業が上手くいくといいな。


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