<エイデンとレディウムス>
目の前の品物を一つ一つ手にしながら、目をキラキラしながら見ている五月。
その様子を目を細めながら見守るエイデン。
『エンシェントドラゴン殿は、ご覧にならないので?』
五月たちには聞き取りにくい音域のハイエルフの古語で、レディウムスはエイデンへとこっそりと声をかけた。
『フンッ。まさか、ハイエルフがこんな所にまで出張ってくるとはな』
『……レィティア様から最初話を聞いたときには、何の冗談かと思いましたよ』
レディウムスは優しい眼差しで五月の様子を見つめながら、言葉を続ける。
稲荷の妻、レィティアはエルフの集落で、ハイエルフの血筋を受け継ぐ名家の一人娘であり、レディウムスの主筋にあたる家でもあった。ちなみに、エルフの集落は、ビヨルンテ獣王国の中でも最大の魔の森の奥にある、『幻惑の森』と言われる場所にある。
『我々、グルターレ商会は、本来はエルフの血筋の者としか商売をいたしません』
姿を偽り、各国に根を下ろしている商会と商会の間を渡り歩くのが、彼らの仕事だった。
『しかし、来てみれば、ユグドラシルがあったり、エンシェントドラゴン殿がいたりと、予想もしておりませんでしたわ。それに、この精霊の多さ。本当に、ここが人族の地かと思いましたよ』
そして彼の視線は、ガズゥへも向けられる。
『その上、フェンリルの血筋まで』
『……お前たちは帝国にも根を広げているのか?』
『あちら様はねぇ。厄介な魔道具などもあって、さすがに店までは構えてはおりませんよ』
『でも、行商はしていると』
『それが、我らの仕事ですから』
(エイデン、ばあちゃんが泣いてる!)
いきなり、ユグドラシルの叫び声がエイデンに届くと同時に、レディウムスにも聞こえた。
(ぼくのきょうだいが、また、きりたおされたって!)
『それは、どこのだ』
(人族の魔の森)
『魔の森と言っても、大小、複数ありますよ』
『西か、東か』
(東)
『東となると、帝国でしょうか』
(兄弟で残っているのは、ばあちゃんのところにいる小さい弟たちだけだ)
このユグドラシルも、元は帝国の南にある比較的小さめな魔の森にあった木であった。それを伐採しようとしてたところを、エイデンがかっぱらってきた。
ユグドラシルの言う『ばあちゃん』は、北の地……それはエイデンが眠りについていた土地の、もっと奥。普通の人が辿り着くことは叶わない、最悪の地にある。よっぽどのことがない限り、人の手によって切り倒されることはないだろう。
『あいつら……精霊の宿り木を、簡単に切り倒すとは』
『もう、それを知っているのは、我々、エルフくらいです。彼らにはただの木材にしか見えないのでしょう』
『ユグドラシルだぞ!?』
『それを知り、見分けられる者は、今ではエルフくらいしかおりませんから』
ユグドラシルは、自分の力を分け与えるに値する者にだけ、ユグドラシルとしての姿を表し、力を分け与えると言われている。
それ以外の者には、ただの『木』でしかない。そして、切り倒されてしまえば、本当にただの『木』になってしまう。
『まったく。おれはユグドラシルだ! と、思い切り主張すればいいものを』
(それは、おばあちゃんに言って)
「まったく……五月!」
「うん?」
芋を両手に持ち、見比べていた五月に、エイデンは声をかける。
「まだ、木材は必要なんだよな」
「うん、全然足りない」
「よし、ちょっと、トッてくるわ」
「……よろしく」
彼の『トッてくる』の意味を想像し、エイデンだしね、と諦める五月。
『お気をつけて』
『……下手をするなよ。五月にはイグノスがついてるからな』
『!?』
胡散臭い笑みを浮かべていたレディウムスの顔が、一気に青ざめたのを見て、溜飲が下がったエイデン。
ニヤリと悪い顔をしたかと思ったら、一気に大きな古龍の姿に変わり、大空を飛んでいく。
「まったく……最後に、とんでもないことを(しかし、神に連なる者ですか。これは貴重な縁になりそうですね)」
「うん? どうしました?」
今度はかぼちゃのような物を手にしながら、レディウムスに声をかける五月。
「いえいえ、もしよろしければ、こちらのボドウリなどいかがです?」
内心、ワクワクしながら、商売人の顔に戻るレディウムスなのであった。





