第925話 疲れているのはイグノス様も同じだった
不穏な話を聞いて青ざめている私と、厳しい顔の稲荷さん。
無言でお茶を飲み、かりんとうをポリッと噛んだところで。
『あー、その子たちだったら、僕が保護してるよぉ~』
気の抜けた声とともに、私たちの少し上に小さな遮光器土偶が現れた。
「え、イグノス様!?」
『やほー』
「は? 保護、ですか?」
私は驚いているのに、普通に聞いている稲荷さん。そこは驚くところじゃないのか。
『ああ。連絡できなくてごめーん』
「いや、そちらも大変だと伺っておりますが」
『もう、ほんとに、ムカつくよねー。おかげで目の下真っ黒なクマができてるよ』
そうは言うイグノス様だけど、目の前の遮光器土偶にはクマは見当たらない。
「それで、行方不明者全員無事でしょうか」
『うーん、正直、全員なのかまではわからないけど、僕が把握しているだけで八人かな。私の別の空間で眠ってもらってるよ』
「……一人多いですね」
『あー、もしかしたら、別の世界の子かなぁ』
「とりあえず、無事なのであればよかったですよ」
『こっちが落ち着いたら返すから、後で確認よろ~』
「はいはい」
稲荷さんもホッとしたのか、かりんとうに手を伸ばしている。
『あ、それと、糞エルフねー』
そう言いながら、遮光器土偶がゆっくりと降りてきてテーブルの上に降りたつと、かりんとうがフワフワと浮き上がる。
どうなるのかと見ていたら、しゅわしゅわと消えていくかりんとう。これはイグノス様が食べているんだろうか。思わず唖然となる。
『もう、ちょこまかと動き回りやがってさぁ』
しゅわしゅわしゅわ~
『南の土地で逃げ回っている間は見つけられなくってさぁ』
「え、神様なのに?」
『えー、それ言っちゃう~?』
しゅわしゅわしゅわ~
「望月様、穴だらけの世界を維持しながら、他の世界とのやりとり、その上、糞エルフ、イグノス様も大変なんですよ」
『あーん、稲荷、わかってる~』
無表情の遮光器土偶なのに、このテンション。さすが(?)イグノス様。
『やっと、この村の近くで捕まえたよ』
「えっ」
――そんなヤバいヤツが、エイデンたちのいない時に、こんな近くまで来てたの!?
イグノス様の言葉にギョッとする。
『どうも五月の土地に気付いたようでなぁ』
「ああ、地図を見れば、神の土地と気付きますね」
『ヤツも何かあると思って来たのだろうけれど』
「ここは南の土地と違い、精霊たちが馬鹿みたいにいますからねぇ」
ずずずー(お茶をすする音)
しゅわしゅわしゅわ
『ヤツのことは、多くの精霊たちにも精霊王たちから通達がいってたからなー』
しゅわしゅわしゅわ
『風の精霊王からの連絡で、すぐに捕まえにきたわけだ』
「えーと、糞エルフはどうなったんです?」
『……知りたい?』
しゅわしゅわしゅわ
無表情の遮光器土偶に問いかけられて、ゴクリと唾をのむ。
「……いいえ~。あ、羊羹も買ってきたんです。食べますかぁ?」
私は顔を引きつらせて、その場を離れるのであった。
* * * * *
「……で、糞エルフは」
『フンッ、そんなに強い魔物を呼びたいのであれば、お前が行けと放り出してやったわ』
「うちでなければいいですよ」
『アハハ、あいつの自慢の魔力が使えない稲荷のところでも、よかったけどさぁ』
「いやいやいや、面倒そうなのはやめてくださいよ」
『でしょー? だから、セバスだっけ? あれの元いたところに送りつけてやったよ』
「ほお?」
『いやぁ、魔王、大喜び。何に使うのかは知らないけどー』
「……自業自得ですな」
「はーい、羊羹ですよー」
『おお、これが羊羹かぁ』
「おや、これは」
「ふっふっふ、○屋の羊羹ですっ!」
自慢げに羊羹の載った皿を並べる五月。
イグノスと稲荷の意識は、すでに美味しい羊羹へと向いていたのであった。





