バリーの受難
ラニウス同士が対峙していた。
場所は聖域の地下闘技場〔パライストラ〕。
観客席には今回の対決を知っている者のみが集められている。
アノモスの隣には妻のイオリが。
影武者部隊や円卓参加者は全員観客席にいる。
「面白い組み合わせだな。バリー」
「は、はい」
ひどく緊張するバリー。気さくな美青年だが、概念的には死そのものだ。
「そう緊張するな。コウの友人の友人だぞ、俺は。つまり君とも友人だ」
ハデスはそういってバリーに声をかけた。
かのギリシャ神話三柱のハデスの右隣にバリーが座っている。ハデスのさらに右にはペルセポネがいて闘技場を珍しそうに観察している。
ジェニーはリックとともに観客席に移動していた。
「これは演算するものでもないな。余興としては良い」
オケアノスがバリーの左隣にいる。
「余興というにはアシアの未来がかかりすぎているのですが」
今回の黒幕であるヘスティアが、憂いの表情を見せる。
「ヒョウエは格納庫の一番機を引っ張りだしてまで、ラニウスCblock3に改良した。どちらが火を燃やすか、という意味です」
「老い先短い自分のほうが先だ、という思いもあるのであろうよ」
「本当にコウの推測はあたっているのですか? ラニウスの初期ロットはヘルメスの魂を殺せる可能性を持つ、という話です」
バリーはどちらに聞いていいかわからず、思わず若いハデスに聞いてしまった。
オケアノスはシステムに近いという評判は前々から知っていたからだ。
「それは語れないな。だが俺とオケアノスがこの場にいる」
答えを言っているようなものだ。
「ヒョウエが仕込んだ概念ね。まったくギリシャ仏教だってそんな概念はないわよ」
「しかしギリシャ神話には神殺しの概念がある。ウラノス然り。クロノス然り。テュポーン然り、だ」
「そういう意味では絶対的なものではないな。それを模した我々もだ。バリーよ。おぬしの奮闘は知っておる。私への気兼ねは不要だぞ」
オケアノスが物々しくハデスに同意する。
「は。ありがたきお言葉……」
バリーはそう返すのがやっとだ。傭兵機構のエディプスですらろくに会話したことがない超AIが、ビジョンとなって隣に座っている。あり得ないことだ。
――コウ! てめえ! 絶対に許さねえ!
ヘスティアとコウに丸め込まれて座った席が地獄だったバリーは、五番機に乗っているコウに恨めしい視線を送っていた。
聞いた顛末はこうだった、
眼前の一番機と決闘になった経緯はコウの甘さが招いたものだ。
「火を燃やせばヘルメスを殺せる可能性に気付きました。兵衛さん。俺の身に何かあればあとのことは頼みます」
「は? どういう意味だ」
片眉を吊り上げてコウを睨み付ける兵衛。
もはやそれに動じるようなコウでもない。
「ラニウスの初期ロットなら。妙見菩薩の概念が込められた初期ロットなら死の概念を内包しています。六番機のフランが実証しました。しかし俺は女子供に火を使えとはいえません。だから俺がヘルメスをやります」
「おう。その意見には賛成だ」
「なら!」
「馬鹿野郎! その火を使うのは俺が先に決まっているだろうが! 大将が自爆してどうするんだ!」
「リアクターを停止したら生き残りますよ……」
そういって説き伏せようとしたコウだったが、兵衛の逆鱗に触れた。
「ヘルメスの肉体は修司。武芸の神を模したヘルメスを宿している。どう考えても俺が先だろうが!」
「しかし、修司さんの肉体です。兵衛さんにやらせるわけにはいきません。俺が……」
「二度もお前さんに修司を殺させるわけにはいかねえんだ! じじぃの俺がけりをつけないといけねえ!」
「ダメです!」
「やかましい! ならシルエットで勝負だ!」
兵衛も譲れない。譲れるわけがなかった。剣では勝負にならないので、シルエット戦ということになった。
口論を重ねるうちに実戦で決めようという話になってしまったのだ。シミュレーターは却下された。
実戦形式ということで困り果てたコウはバリーに相談した。バリーはふと閃いた。
「シルエット戦なら聖域の地下闘技場なら安全じゃないか」
「私の出番ですか? 私を呼びましたね?」
ヘスティアが突如出現する。いつもの黒めがねの、委員長スタイルだ。
「呼んだというか相談というか。今回は見世物じゃない。興行にはならんぞ」
コウが先に釘を刺す。
「もちろんです。トライレームの重鎮並びにゲストの方々限定ということで。私の枠からは三名。あとはそちらで決めて下さい。私を呼んだバリーさんはVIP枠でご招待します!」
ヘスティアの天真爛漫な笑みがとても邪悪に見えるバリーだ。
「VIP? 俺が? 場所を貸してくれるならなんでもいいが……」
「物わかりがいいな。ただしゲストにストーンズ関係者はダメだぞ」
「もちろんです!」
そういって請け負ったヘスティアだったが、VIP席の正体がハデスとオケアノスの間だった、というわけだ。
ハデスとオケアノスを直で隣に座りに座らせるわけにもいかない。
そこでトライレームの実質代表であるバリーに白羽の矢が立った。
バリーは人生最大の危機を迎えようとしていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
五番機と一番機が対峙する。五番機は中腰状態。一番機は二刀を下げて構えている。
コウとしては孫の肉体を殺させるわけにはいかない。
兵衛としてもコウに二度も修司を殺すという負い目を負わせたくなかった。
「性能は同性能。MCSの同期は十年選手の兵衛さんが上だな」
ツネヨリが断言した。隣にいるヤマトが首を横に振る。
「剣術の強さとシルエット戦は別だろう」
「当然だ。相手の息づかいも、筋肉の動きさえ関係ない。シルエットには拍子も調子も関係ないさ」
「だからこそ前線で戦ったボスが有利と俺は見る」
「とはいっても操縦しているパイロットは人間だ。癖ってのはある。とくにシルエットには反映されやすい」
「ボスも場数を踏んでいるが、兵衛さんの実戦経験は抜きん出ているからな」
影武者部隊でもこれほど場数を踏んだ剣士はそういない。A級構築技士のクルトぐらいだが、クルトとていつも最前線にいるわけではない。
「動かないな」
「動いた瞬間、合し打ち狙いだ。とはいえボスは鞘の内。一手多いことが難点だが剣の軌道は隠せる」
「問題は空振りしてくれるような相手ではないことだな」
五番機が先に仕掛けた
スラスターを噴かし、大きく弧を描く。
一番機は動かない。軸足を使い、正対を崩さない。
「まだ抜かないか」
「今のボスは抜いたあとも強いぞ」
「知っているさ」
南極決戦が終わったあと、稽古は続いた。
コウもへっぽこ剣士と自称しなくなった位には鍛錬を積んでいる。
「……俺はあの場に立っていなくて良かったぜ」
ヤマトが呟いた。
五番機が再び動きを止めたのだ。
「同感だ」
ツネヨリが同意する。
それほどまでに凍り付いたような駆け引きが続いていた。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
博物館から引っ張り出された一番機。
MCS称号のため、新造ではなく一番機をわざわざ大がかりに改装。対ヘルメス戦を想定した五番機と同性能機に。
博物館には代わりにレプリカが配置されました。
ヘルメスを殺せる可能性のある戦力を感傷だけで飾るわけにはいかない、という兵衛の危機感からです。
バリーは不幸です。
久しぶりの出番なのに凄まじい貧乏くじ。
アリマ 「どうしてボクを呼んでくれないんだよ!」
ヘスティア「何がどうしたら呼べると思ってんのよ!」
アリマはきっとどこかから見ています。間違いなく。来ていたらバリーの隣にはアリマ君がいましたね。
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