助けを求める声
地球から突如転移してきた者たちは、まだ飲み込めずにいた。
「地球に戻りたい!」
こんなわけがわからない惑星に住むなどたまったものではない。
とあるアメリカ人青年が叫んだ。
「おそらくですが戻れますよ」
フクロウ型のファミリアが答えてくれた。
「え? 戻れるのか?」
「理論上は。我々が量子データにになっていたことはお話しましたよね? あなたがたも量子データの再構築カプセルを応用すれば地球に戻ることは可能です」
「希望があるな!」
「ですが即死します」
「どうしてだよ?」
「あなたたちは生死が曖昧な状態でこの惑星アシアで観測されて実体化したのです。地球に戻った地点で死因が確定します」
「死因が確定って。ひどくないか」
「比喩ですがシュレーディンガーの猫は死んでいた。ただそれだけです」
シュレーディンガーの猫に例えられる事象はあくまで量子レベルの現象であり、肉眼で観測できるマクロな空間で起こることではない。
「俺の観測者って誰だよ?」
「あなたの観測者ですか? 生きたまま故郷へ帰りたいと願う、あなたの中の命ですよ。残念ながら私という観測者によって確定した瞬間、死もまた確定します」
「って俺の死はお前が観測するのかよ」
「残念ながら。あなたという存在の痕跡を辿り二十一世紀を確定させた観測者こそが、私たちファミリア。つまり送り返した者たち一同に他なりません。あなたにとってこれは驚くべき結末かもしれませんが、私たちにとってはすでに過去に終了したプロセスです」
「なんとかならないか?」
「なりません。ちょうど、死んだ猫の箱を開け、その状態を記録するのと同じ。ただの作業ですよ。箱の中の猫がそうであったように矛盾する二つの状態は同時に存在できません。あなたはただ確定した方の扉を通り抜けるだけなのです」
「神様はいないのか」
「ネメシス星系には観測の擬人化した超AIがいますよ。プロメテウスっていいます」
「まじで!」
そういいつつフクロウ型のファミリアは内心驚嘆していた。
多くの者は二十一世紀からの来訪者だが、全員理解力や学力水準が一定以上ある。得意分野の差異はあるが、それでもだ。
数学や哲学など、ふとした会話に難なくついてくる者が多数だ。
アシアの住人は学校というものがなく、疑問はファミリアやAIが答えてくれる。
誰かがそうした状況を危惧し、地球人類を転送したとしか思えなかった。
その頃工場見学を終えたジャックとケリー。クルトは別のファミリアに案内されている。
「どうでした? 感想をお聞かせください」
犬型ファミリアは興味津々だ。
「理不尽だな。まったくもって理解しがたい」
「えー。どうしてですか?」
「人型のワーカーかね。あれをあんなに作って、装甲車も作れる科学水準はあるのに、砲の一つもないのだ。おかしいとは思わないのかね」
「必要ありませんでしたからね。ボクたちだって欲しいんですから! でも槍でつくのが一番なのです。高次元投射装甲がありますから」
「ウィスという不可思議なエネルギーだな」
「不可思議ではありませんよ。あなたがたの時代には余剰次元による重力と電磁気力の統合は様々な理論によって試みはされているのですから」
「ではなおさらだ。君たちはテレマAIといわれる生体コンピューターを搭載しているんだろう? ローレンツ力の計算などお手の物だと思うのだが。どれだけ硬くなろうとも応点集中させればダメージは入るだろう?」
ジャックは厳しく指摘する。
「あんな簡単な公式など当然です。それでも製造ラインをいじることもできないので」
「蟻みたいな連中はレーザービームを使っている。出力が低いとはいえ、原理はわかるだろ?」
「コヒーレンス光を束ねて、強いエネルギーに指向性をもたせたものですよ。原理はわかっていますし工作機器もあるのですが製造できないのです。それは技術封印の影響ですね」
「レーザー技術の兵器転用も禁止なのか」
ケリーが呻いた。
「その製造施設もそうだぞ。なんで定量の規定品しか作れない。ラインを交換したほうがいいだろ?」
ジャックが無人工場の生産性の非効率さを嘆く。
以前はそれで良かったかもしれないが、今は戦時だ。
「私たちにその権限はないのです。超AIアシアがすべてやっていてくれたのです。工場の内容を変更することができる者など、今の惑星アシアには果たしているのでしょうか……」
現地の青年が伏し目がちに答えた。
「それに銃弾は効果が薄いのです。先ほど説明したウィスによるものですが」
「物質を強化する謎の力だな」
「謎の力ではありません。二十世紀には様々な理論によって余剰次元での重力と電磁気力の統合は予見されていました」
「アクシオンという素粒子は私も知っている。とはいえその統合したエネルギーを三次元に引っ張ってくること自体が信じられないがね」
「我々が実用化している理論の基礎を皆さんの時代で築き、ネメシス星系がその延長上にあるという証明です」
「そんな知識をもつファミリアが大量にいるにもかかわらず、惑星アシアは兵装が拙い! 工場で作るとかしないのか?」
ケリーが思わず口を挟む。
「転移者のお二人は驚くことをいいますね」
ファミリアは申し訳なさそうに前置きする。
「なんだ?」
「惑星アシアの人々は工場という存在を知らない人も多いのです。ここの防衛ドームは珍しい工業力がある防衛ドームといえるでしょう」
「なんだと?」
「は?」
ケリーが目を丸くした。工場は現にあり、稼働している。
「労働はすべてAIと機械が行います。空気と水がただのように、あらゆる物品は支給されます。嗜好品だけは例外ですが」
「水だってただじゃないさ。恵まれすぎだ、この惑星は」
ケリーのみならずジャックも呆れて絶句している。
「治安という概念も薄いのです。犯罪者もすぐ捕まりますからね。戦争状態ならいざ知らず、外敵などいるわけがないと。その代償は重かったですが」
「治安は…… そうかファミリアか」
この動物型ロボットたちが人々の労働から治安まですべて賄っている。
しかし多くがマーダーの侵攻で破壊され、人々は自ら働く必要に迫られていた。
「我々が教師であり警官であり行政の一種を担っていました。ですが同胞は失われ、自治は人間の手に委ねられました。いわばみんな行政一年生なのです」
「一年生であればいいが。幼少教育に等しいな」
自分たちを皮肉って、投げやりな惑星アシアの青年は自嘲した。
「……あなたがたが物騒な地球からきたことは知っています。地球を知りたいと思う者は少ないですが、私は幸い興味があったので学ぶことができました。認めます。あなたがたは聡い。ですがすべてが同じレベルではないでしょう?」
「それは認めよう。教育や環境の差は激しいね」
転移した人間は一定以上の学はある。
工場従事者なども多いが、場所的に重工業地帯から中心に転移しているのだろう。
「俺とジャックがいた国に似たようなSFがあったな。労働から解放された人類は宇宙探査にでるという大河SFだが、この世界も似たようなものなんだな」
「世界とはいわないでください。あなたたちの地球がルーツなので」
「そうだな。何より、英語がありふれた異世界などあるものか。しかも二十一世紀水準だぞ」
英語は中英語から大母音推移を通じて現代英語に変遷した。多くの単語は他の言語からの借用語も多く、都合良く二十一世紀で使っていた英語が会話できる異世界などあるわけがない。
もし異世界なら多くの単語の意味ですら変わっている可能性もあるが、だいたい通じる。
ファミリアたちは転移者用にナノマシンを用いた言語カプセルを作成中とのことだが、そんなものなくてもだいたい通じるのだ。英語が苦手な民族である日本人など特殊な例を除けば。
「英語はインターネットから共用語の地位を確固たるものとしました。多くのプログラミング言語は英語なのですからAIで成立したこの星系が英語であることなど当然でしょう?」
「そうだな」
他の惑星といわれてもイマイチぴんとはこないジャックではあったが、英語や地球由来の人類ということは紛れもない事実なのだろう。
ジャックがふと疑問を口にする。
「あのマーダー。とくに巨大マーダーはどこに隠してあったんだ。一元管理している超AIオケアノスとやらが気付かなかったのか?」
「超AIは神ではありませんからね。推測はされています。おそらく三箇所。一つはステルス型の人工惑星。これが一番有力です」
「先の惑星間戦争時代の産物だな」
「その通りです。次に大型天体は山のようにありますから。ネメシス星系にはグッドジュピターの役割を果たす木星型惑星が二箇所あり、その惑星には多くの衛星があります」
「巨大惑星の衛星か。それはさぞ数が多いだろうな。何せ地球型惑星が三つもある。ファインチューニングとしても論外だ」
「ありえないな。地球型惑星が存在し生命が生まれる確率だって極小。それが人間のような生命体になるまでの確率は限りなく0だ。それが三つもある」
「ソピアーがそのようにこの星系を作りましたからね。三十五世紀の科学水準で宇宙を作ることは不可能。であるならば初期宇宙から干渉しようという話です。我々は極めて強い人間原理と定義しています」
「人間が先にあって、宇宙はそのようにできている。ソピアーは二十五世紀中、人間たちによって建設された超AIで、演算のなかで三十五世紀水準まで達した。その超技術によって初期宇宙に介入して人間が居住可能な惑星が三つもあるネメシス星系を作った」
ジャックが首を横に振る。それは神ともいってもいい存在だが、超AIたちは神であることを否定するという。
「一日二十四時間。公転周期が370日とは雑な計算だがね。都合が良すぎるにもほどがある」
「いうなジャック」
ファミリアは耳をぴくぴくさせて二人の会話を聞いている。
少なくともこの二人はファミリアの知識を吸収できる基礎教養がある。
「赤色矮星ネメシスを巡る巨大な隕石群。かつて地球に降り注いだ天体衝突も関連があるという俗説はあった」
「それですよ。最後の隠し場所はネメシス星系を周回する隕石群に隠蔽した予測もあります。移動人工惑星を作っていた可能性はありますね」
「発展しすぎた文明を今度は制限しすぎたか。皮肉なものだ。極端な平和主義は二十一……いや二十世紀でも問題になっていた。国体を破壊したがる者の棍棒としてね」
「歴史は繰り返すものです。惑星間戦争時代、人類は栄え、滅亡寸前に陥り、その結果として超AIソピアーが自爆した程度には愚かです」
青年が哀しげに自分たちを皮肉る。
「だからこそ皆様がこの惑星に転移されたのだと思います」
ファミリアはそうとしかいえない。誰からも何も通知はないからだ。
「技術封印とやらのさなかに我々ができることがあればいいが」
「ともあれまずは皆さんの身分を確定しないといけません。数日中には皆さんに大きな要塞エリアに移動してもらい、ID登録をしてもらいます。通貨の概念はあるんですよ。ミナという単位ですが一元管理なので。指紋声紋、静脈や虹彩認証すべて対応しています。お財布は必要ありません」
「それは助かるな!」
二人はファミリアと青年に思い浮かんだ疑問をぶつけ続ける。
あまりの貪欲さに感嘆するファミリアだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
夜中になりジャックはファミリアの許可をもらい工場を散策する。
思わぬ人物に遭遇した。ドイツ人航空技術者のクルトが先にいたからだ。
「君も気になったのだね」
「ええ。このシルエットという乗り物が気になって」
「昔は戦闘用のシルエットもあったそうだ。現在は作業機しかないからワーカーだという」
「技術封印とやらですね」
「ああ。技術封印を解除するにも、惑星を運行する超AIが必要で、封じられていると。せめて工場が動かせたらな。あり合わせでなんでも作ってみせるんだが」
「ブリコラージュですか。良い素材はたくさんありますしね」
クルトが苦笑した。自分も同じような考えを持っていたからだ。
二人は不意に、声をかけられた。
空中に少女が浮かんでいるが、その姿は半透明で今にも消えそうだ。
褐色肌に銀発の少女だ。
――いいよ…… ありあわせたもので……たくさん作ってく……
途切れ途切れの言葉。雑音が入った通信のように聞き取れない。
「君は誰だ!」
ジャックにも察しはついていたがが、確証を得たかった。
――私はアシ…… 権限をあげ…… だからあなたたちを呼びまし…… この星の住人を助けて……
「どのような権限だろう?」
――ID…… |寄せ集めて何かを構築する《ブリコラージュ》なら…… あなたたちは構築技士で……」
少女はそこまでいって姿を消した。限界だったのだろう。
「なんだと思いますか? なんの権限なんだろう?」
クルトが首をひねる。
「この工場を動かす権限とか?」
「まさか? そうなればいいですが」
「ラインを組み替えるなら何をしたいですか?」
「手脚の生産を優先させたいですね。破損したワーカーは山ほどあるのに、ワーカーばっかり作っている。車輌も足りないのですから。装甲車ぐらい作れるだろうに」
「同感だよ」
思わぬ回答が、思わぬ場所から響いた。
『新称・【構築技士】の要請を受諾。ラインを組み替えワーカーの腕部と脚部の生産ラインに変更します。装甲車は図面を提示してください』
天井から声がした。
「君は誰だ!」
『この防衛ドームの管理AIです。生産ラインへの要請を取り消しますか?』
ジャックとクルトは顔を見合わせる。
「いいや。続けてくれ。図面はどうやって作ればいいのかな?」
クルトがAIに問いかける。
『制御室にきていただければどのようなものを構築するか提示はできます。あなたたちはその権限が付与されています。ただし図面作りからの設計は不可能です』
「十分だ。今すぐいきたい。どうすればいい?」
『最寄りのファミリアに聞いていただければ』
二人は顔を見合わせる。
「ジャック。一緒に制御室へきませんか?」
「無論だ。あの少女のことについて確認したいが、先に図面の提示が気になって仕方がない。いや制御室のAIから聞けるかもしれないな」
その時、遠くから太った男が全力で走ってくる。ケリーだ。
「待ってくれ! お前たちも何か見たのか?」
「はて? 銀色の髪をした少女の幽霊でも見たのかな」
「知ってるじゃねーか!」
「なんといわれましたか?」
とぼけてクルトも聞き返す。ケリーも同じものを聞いたと確信している。
「助けてくれってな! 助けを求める声が聞こえてしまったんだ。無視はできまい」
「同感です」
この時のクルトは、まさかこの呼びかけに応えるのに三十年も必要だとは思いもしない。
「工場を操作する権限が付与されただろ。少なくとも俺たち三人は、だ! この防衛ドームのAIもそういっているぞ」
「惑星アシアを管理する惑星管理超AIアシア。なぜだかわからないが私たちにだけは彼女の声が届いたと」
「声を聞いた者は少ない。助けを求める声が届いたからには助けないといけませんね」
「そうだな!」
三人は通りすがりの猫型ファミリアに話し掛ける。ファミリアもAIから話を聞いていたらしく三人を防衛ドームの制御室に案内した。
管理するAIと本格的な対話が始まった。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
アシア、構築技士。必要なキーワードが出そろいましたね!
いよいよ次回、惑星アシア初の構築がスタートです!
先に謝罪を。
長くなりそうですね。外伝枠にしておいて良かったです。幕間枠だと幕間とはいえない長さになりそうで。
何より今までの積み重ねたものの発端ともいうべき出来事なのですっ飛ばすわけにもいかず。今書かないと書く機会もなさそうで。
今回は六千文字を超えました!
クールタイム取るどころではなくなってきましたね。気合いをいれて書きます!
応援よろしくお願いします!




