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ネメシス戦域の強襲巨兵  作者: 夜切 怜
南極決戦

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夜警国家

 スフェーン大陸のA001要塞エリアでは、大改革が施行されていた。


 文化の振興。

 公共風俗の規則緩和。

 自由恋愛の推奨。


 意志を奪い人間をロボットにしていたストーンズ路線とは180度の転換であり、人々は与えられた自由に戸惑った。

 A001要塞エリアの総司令官として赴任したジョセフ・クライマーは宣言する。


「俺は【アカケトス】のジョセフ! ヘルメス様のお達しだ! 金を稼げ! 好きに酒も飲んで良い。犯罪しないなら男女の仲だって深めてもいいんだ!」


 アカケトスのジョセフは、ヘルメス付きのドラマーで最近名を挙げた男だ。

 彼の声に大歓声があがる。


「文化の振興だっていうがな。この惑星にゃ娯楽が少ない! 俺達はこれから自由なんだ!」


 自由という聞き慣れない単語に、一瞬静寂が訪れる。ストーンズ支配下の領域においては禁句に近いものだった。


「俺はドラムをやっている。音楽だ! ロックはいいぞ。お前らは絵を書いても良いし楽器を弾いても、歌ってもいい。それが自慢できるようなものならヘルメス様から賞金だって出るんだ!」


 大歓声がうねりのようになる。音楽、絵画は禁止事項だったのだ。


「しかしだ! 世の中には遊びにも金がいる! 金をもってる奴が自由になれる! ネメシス星系は全自動で人力の仕事なんてほとんどありゃしねえ! だがな! そんななかでも金を稼いで出世できる仕組みがある。それが傭兵だ! 金が欲しいか!」


 ジョセフのあおりに欲しいコールが鳴り響く。


「アルゴナウタイのアレオパゴス評議会連中はてめえらを無理矢理働かせた。ヘルメス様が残党まで始末した。お前らは自由だ。傭兵になるのもならないもの、だ!」


 どうやらジョセフはヘルメスがアレオパゴス評議会を倒して圧政から解放したというストーリーを作ったようだ。

 ヘルメスが倒したのではなく、残党まで始末というところがジョセフの話術だ。トライレームがアレオパゴス評議会を全滅させたからだ。意図的に誤認させたが嘘はついていない。


「ここで俺と一緒になりあがろうぜ! うまくいけば建国だぁ! 俺達の自由の国を作るぞ!」


 バンドをやっていたというだけあり、マイクパフォーマンスはお手の物。

 ライブと変わらない煽りで民衆を熱狂させたジョセフだった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 演説から戻ったジョセフをヘルメスとヴァーシャが出迎える。

 二人とも拍手を送っていた。


「見事なものだ。私ではとてもではないがあのような演説は不可能だっただろう」


 自由の国という言葉にはいささか抵抗があるヴァーシャだったが、その手腕は認めざるを得ない。


「本当にね。さすがはボクが見込んだ人間だけのことはある」


 ヘルメスは自慢気だ。


「ストーンズと半神半人は人の使い方がドヘタクソだったんでさぁ。金があればどんな職にだって需要は生まれますぜ。男娼さえ需要はあるってもんです」

「古代ギリシャにだって男娼はいたさ。半神半人の平等は恋愛さえ否定するものだったからね」


 半神半人の行きすぎた完全平等は、恋愛さえ管理していた。

 容姿や才能ある男女をかけあわせ、次世代の半神半人の肉体にするためだ。

 アシア侵攻から三十年少し。道半ばにしてこの計画はアレオパゴス評議会が全滅したため中止となった。


「ところで国を興すなんて言っちまって良かったんですかい。とくにヴァーシャ。あんたはいいのか。俺は新参だぜ」

「構わない。むしろ国を興す過程で私が構築したシルエットを存分に活躍させてくれたまえ」

「へへ。そういってもらえるとやりがいがあるぜ」

「私は半神半人たちと思想的には近い国にいた。平等を目指した社会主義というものだが、呆気なく崩壊した。理想とは裏腹に歪なピラミッド構造をこの目でみている。あのシステムでは人は育たない。君のように目標を設けるほうが指揮官は育つだろう」

「そういう意味で建国はいい手だね。なにより参加する者たちの利益と達成感があるし、ボクの手の内にあるのだから」


 ヴァーシャが気になることをジョセフに確認する。


「具体的な建国とは何をするんだ?」

「要塞エリアや防衛ドームを手当たり次第襲うんですぜ」


 ジョセフは下卑た笑みを浮かべる。


「そこでようやく税収が発生します。そいつを再分配すりゃ、国の形となっていきます。そこらへんはできそうな奴に投げますんで」

「ふむ。悪くはないな」

「ネメシス星系では税って奴は発生してませんから抵抗も激しいですぜ。Taxation is theft(税金は窃盗)とはよくいったもんで。その居住コロニーの二割程度ってところで。配下になれば襲わないということです」


 地球、主に米国で税金は窃盗と自由経済主義者や無政府資本主義者が好む言動であった。


「ヘルメス様。この社会制度はヘスティアの?」

「そうだね。ヘスティアの目指したカウンターエコノミクスに似ている。ジョセフが興そうとする国家は夜警国家――いわば最小国家主義に近い。軍事、警察、司法以外国家の役割を極限にまで抑え個人の自由を尊重する思想だね」

「無政府主義者(アナーキスト)とも違い、国家の役割は必要最低限必要ということなのですね」

「ネメシス星系は超AIが管理していた、ある種の無政府だったけどね。転移者が大量にいるんだ。そんなことも言ってられないだろう」


 無政府の理想郷を破壊した張本人は悪びれていない。


「ジョセフ。襲撃した居住コロニーが抵抗すれば?」

「適当に戦って引き返します。嫌がらせでたびたび略奪しましょう。根絶やしにしちまうと取れるもんも取れませんからな」

「いいね!」


 ヘルメスはその案に賛成のようであった。世界的にも珍しい悪党に信仰された神を模しているだけはあった。


「俺の目的はヘルメス様の帰還までに戦闘力を確保した地盤を作ることですぜ。トライレームともやりあえるぐらいの指揮官を育てるには実戦に放り出すしかねえ」


 現在ヘルメスは惑星エウロパの管理をしている。負荷も大きく、トライレームと戦うどころではないのが実情だ。


「君の言う通りだ。ヘルメス様が万全に戦えるよう下準備しなければ」

「それにスフェーン大陸だけじゃねえ。パイロクロア大陸にも紛争の火は絶やしちゃいけねえ。幸いトライレームはシェーライト大陸で精一杯だ。他所の援助をしている予定はない。俺達もだ」

「ならどうする?」

「簡単だ。巻き上げた金を遠くにばらまいてテロやゲリラ組織を起こさせるのさ。国家を作れと煽り続ける。ちゃんとした形になっているならこっちから支援してやればいい。選定はヴァーシャ。あんたに任せるぜ」

「まさに適材適所だ。良かろう。アルゴナウタイが援助するにその組織が相応しいかは私が見極めよう」

「おかげでボクも楽ができるというものだ」


 実際のところ、ヘルメス自身は大方針を決めて細かい方針に口を出したことはない。

 半神半人自体の動きは彼等の意向が中心だったといってもいい。


「ストーンズの最大拠点はA001要塞エリア。軌道エレベーターがあるからな。金属水素生成炉はこのルートでないと入手できねえ。次にかつて最大の工業力を誇ったA051要塞エリアだ。この二つがある限り、スフェーン大陸は盤石だが…… それだけで満足しちゃいけない」

「そうだね。せっかくの工業拠点だ。有効に使わないといけない」


 ヘルメスが我が意を得たりとばかりに大きく首肯する。


「ストーンズがスフェーン大陸、トライレームはシェーライト大陸を抑えている。実質的な二大勢力だ。共産陥落ならぬ赤化陥落を防ぐための紛争地帯がパイロクロア大陸ともいえる」


 転移者はしばしば地球の東西冷戦に倣い、falling to communismではなくfalling to stoneと呼んでいる。陥落(falling)と呼称されている時点で、忌避されていることもわかる。

 半神半人の完全平等主義が共産主義や社会主義を彷彿させたからだ。


「今じゃ俺達のほうが自由だがな!」

「ヘスティアの聖域にしてやられたよ。第一だな。なんでボクがいちいち半神半人のご注進を受けねばならなかったんだ……」


 半神半人たちの振る舞いは自由奔放なヘルメスへの不満とともに、ヘルメスからの半神半人への不満となった。

 半神半人はヘルメスにこう訴えた。


「ヘルメス様。音楽などおやめ下さい。あれこそは個性が出る諸悪の根源。絵画とともに才能の不平等を示す最たる概念なのです」


 ヘルメスはこたえず、手をひらひらして追い返したが、内心かなり怒りを覚えていた。


「聖域でコンサートを開いた時、閃いたね! これこそがボクの求める街であり、民衆だと!」

「そうですよヘルメス様。俺たちはアルゴナウタイやストーンズではなく、人気バンドグループ【アカケトス】でいいんです」


 バンドに巻き込まれることを嫌がるヴァーシャは会話に参加しないが、もうヴァーシャが誘われることもなくなりつつある。

 すべてはジョセフがめぼしい才能を持つ者を見つけてくるからだ。音楽の方向性が違うことによって大げんかすることもあったが、ジョセフとヘルメスはそれすらも好ましいと思っているようだ。


「これからはA001要塞エリアでアカケトスのコンサートは開かれる! 期待しているよ、ジョセフ。金も兵器も好きなだけ用意してやる」

「私も協力しよう。後進の育成は苦手でね。自分の鍛錬は構わないのだが」


 ヴァーシャは技術者であり、凝り性な自分を知っている。偏執狂ともいえるシルエットの情熱もそうだ。一度始まったら止まらない。

 そんな人間に人を教える才能などあるはずがない。

 そういう意味でも生粋のレンジャーであるジョセフなら良い教官になりそうだ。厳しい訓練で死者がでるかもしれないが、ヘルメスが罰することは決してない。


「そうですなあ。まず手始めに少し厄介なものが欲しいんです。それは――」


 ジョセフはヘルメスに希望の品を要求し、ヘルメスは喜んで受け入れた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 とある物体がA001要塞エリアに運びこまれた。

 見慣れぬ巨大な代物に、人々が注目している。


 ジョセフは少年を連れている。いかつい顔の傭兵に、喰われやしないか心配する人々。


「さあ。教えた通りにやるんだ」

「はい……」


 緊張した面持ちで、少年が物体に向かう。

 鍵盤が並んでいる。グランドピアノだった。


 ヴァーシャがコウを通じてTAKABA製のグランドピアノを購入したのだ。

 トライレームでも販売するかどうか協議されたが、ピアノなど新傭兵管理機構を通して購入すればよいだけの話であり、ヴァーシャなりの筋を通したかったという結論に達した。

 ただのピアノに兵器転用はあり得ない。プロパガンダに使われる可能性も低いだろうとフユキが判断し、最終的には兵衛が何かあったら責任を取ると決断した。


「ピアノで何かできるならむしろやって欲しいがな。シルエットでドンパチよりよっぽどましだろうが」


 兵衛はドリオスなら音楽も嗜むだろうと断じた。TAKABAの楽器は闇市場で高騰しているらしい。

 それに音楽兵器が有効なら竪琴の名手を模したオルフェウスが何かしていただろう。


「それもそうですね」

 

 コウは興味がない。おそらくヴァーシャもだ。ヘルメスの関係なのだろうということは手にとるようにわかる。

 こうして売却されたグランドピアノはA001要塞エリアに運ばれたのだ。


 少年がおそるおそるピアノを弾いた。とても簡単な練習曲を弾いた。

 思わぬ音色に観衆がどよめく。

 ジョセフはにやりと笑った。背後にいるヘルメスが満足げに頷いている。


「これは?」


 意図がわからないヴァーシャが、ヘルメスに確認する。


「ほら。ボクたち【アカケトス】はロックだ。聴衆にはうるさいと感じるかもしれないし、激しい演奏に気圧されるかもしれない。ジョセフは自由になった象徴として、ピアノの音色を選んだんだ」

「ロックはよくわかりませんが、ピアノはいいものです。ジョセフにこんな才能もあったとは……」

「地球でのドラマーはピアノが得意なものも多かったと聞く。ジョセフもそうなんだろう」


 少年が弾き終えると、ジョセフは少年の頭をわしづかみにしてわしゃわしゃした。


「よくやった! いい演奏だったぜ!」

「できました! 先生!」


 群衆はドラムを叩いているジョセフしか知らない。


「よく練習したな。では次は俺が弾こう」


 ジョセフが指を走らせる。人々は知らなかったが、選曲はショパンの革命だ。

 一通り弾き終えると、万雷の拍手が鳴り響く。恐ろしいボスの、意外な一面だった。


「ヘルメス様はこのグランドピアノを俺に下賜してくださった! 音楽も自由! ロックだけじゃねえ。こういうピアノや他にも色んな楽器がある。学べる場も用意してやる! お前らはもっと色々と挑戦しろ!」


 ジョセフコールが鳴り響く。


「自分の顔とギャップを利用したね。上手いことやったもんだ」


 ヘルメスがしきりに感心する。凶相ともいえるジョセフだが、ピアノの音色には関係がない。


「自由意志を奪われた者たちは目標も生きがいもなかった。自由と音楽。これは良い活力になりそうですね」

「恐ろしい男だよ。使えるものはなんでも使う。ピアノもナイフもジョセフの手にかかれば同じなのさ」


 ジョセフがやろうとしていることはまさに革命だ。

 抑圧されていた人々を扇動し、手兵にする。どちらもトップは同じにも拘わらず、いつの間にか悪しき抑圧者は倒されたことになっている。

 このピアノはいわば前奏曲。


 ヘルメスは自由の旗頭という大きな大義名分も手に入れることになったのだ。


いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!


今回はストーンズ勢力の動向です。

A001要塞エリアには軌道エレベーターがあり、A051要塞エリアはかつてのジョン・アームズがあった場所です。EP51ですね!

ヘスティアとカウンターエコノミクスはep435。

アナーキストは以前のクトゥルフTRPGでも定番でしたね。懐かしい。今通じるのかな。


以前は石化と赤化をひっかけたことを一度した記憶があるのですが、赤化は実は日本独自の英単語。

欧米でも使われていません。びっくりです。いつか書きたいということで今回書きました。

共産圏化ですね。ニクソン・ドクトリンなどの共産圏化を防ぐ、を日本のマスコミが意訳して赤化を防ぐとしていたようです。


夜警国家と最小国家主義は微妙にニュアンスが違います。夜警国家が批判や皮肉を込めた語句なら最小限国家主義は理想や哲学的ともいうべきもの。

夜警国家は治安などの範囲で国の役割を担います。

最小国家主義は国家の機能を安全保障に限り、極力国家の存在自体を最小限に留めます。


ストーンズは組織としては180度の転換をしましたが、ボスは同一人物。ある種のマッチポンプです!


念のためご連絡。

8月1日にゲーム業界の情報交換会に出席するため上京します。

連載は予約しておきますので、問題はないと思いますが力尽きていたら申し訳ありません。

翌日にはゼノサーガシリーズやFM3のシナリオライター様に教えを色々と請うてきますので!


応援よろしくお願いします!


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― 新着の感想 ―
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