【女教皇】
台形の氷が割れて、巨大な砲を装備したアストライアが出現した。
飛行甲板後部には円卓を囲んで十機のシルエットが勢揃いしている。
『あなたまでこんな三文芝居に参加しているの?! アストライア!』
『三惑星の管理超AIでは私の顔なじみでしたね。しかしやりすぎたのですよ。偽りのギネヴィア』
「ポン子さん。お願いします」
アテナのエメが射手に声をかける。
最強の射手。テレマAIすら搭載していない純AIがアストライアにはいるのだ。
「アシアコワシタヤツニジヒハムヨウ。――ショウジュンアワセ。ショウシャカイシ」
アストライアに搭載されている、必殺のレーザー砲【オニキリ】。アシア大戦ではストーンズの空中空母を一撃で破壊した。
むろんタロスはレーザー対策は万全。一ペタワットの威力でも無効化できるだろう。
『レーザーですって? 数秒程度なら耐えてみせる!』
装甲の破損部位に、照射されている。タロスの主動力は伝説にちなんで胴体の巨大な一本の管に納められており、アクセスは踵部分からでしか不可能。
つまりタロスは踵を破壊して主動力を無効化するまでは稼働し続ける、無敵の機械である。
トライレームは破損部位から強引に、この主動力をレーザー光で焼き切ろうとしているのだ。
エウロパはタロスを直接操作して破損部位を腕で覆い、わずかでもレーザー光の直撃を遮ろうとする。その間にパンジャンドラム【女教皇】はタロスの背面に移動して彼女を少しでも極点管理施設から遠ざけようとしていた。
『なにもかもがうっとおしい! きゃ!』
続けざま、旭光砲のビームが襲う。タロスの右腕が吹き飛んだ。
アテナのエメが不敵に笑う。自分の分霊と執事が上手くやった。
「ええい! 半神半人よ! エウロパ様の盾になれ! ならないなら俺が殺す!」
アレキサンドロスⅢがうろたえる半神半人を一喝した。慌ててアンティーク・シルエットが飛び立とうとする。
「Ура!」
狂気に陥った伝説の騎士ランスロットを彷彿とさせるボガティーリが半神半人に襲いかった。
その機体に見覚えがあるパイロットたちは恐慌に陥る。
「何故ヴァーシャが!」
「ヘルメス様が連中と組むだなんて!」
アストライアから、円卓軍として参加しているラニウス部隊もアシストに入る。
空中戦では速度に劣るアークエンジェルやエンジェルに勝ち目はなかった。
「エウロパ様!」
アレクサンドロスⅢが絶叫するが、飛び立てない。
飛行して攻撃に参加したらアキレウスに攻撃が集中するだろう。武人としての冷静な判断が、エウロパを窮地に追い込む。
「砲身換え!」
アテナのエメが命令を下す。
『幻想兵器由来の砲身【鞘】に変更します』
本命の砲身に変更した。トライレームは数多くの幻想兵器由来の部品を持ち帰った。主砲に用いているものも存在する。
「交換ヨシ! 完了でっす!」
ヘルメットをかぶった猫型ファミリアが報告する。
「ダイニシャショウシャカイシ」
『次こそは本命ですよ。くらいなさい。レーザー砲【カリバーン】を!』
アストライアが珍しく芝居がかった声で、レーザー砲の名称を宣言した。
レーザー砲【カリバーン】がエウロパに照射される。
『聖剣なんかに名前なんて変えてもムダよ! レーザーなんか効かないって!』
エウロパは言い終えてもレーザービームの照射が続いていることに気付く。
『待って。何故貴女、連射できるの?』
アストライアのエネルギーは最初のレーザー砲で空になるはずだった。
『照射3秒? 待って。なんでそんなエネルギーがあるの!』
エウロパはオニキリとアストライアを大急ぎでスキャンする。
タロスの装甲が徐々に溶解していくさなか、数秒後にエネルギー源の正体が判明した。
『外部電源?』
カリバーンはパンジャンドラム【円卓】をエネルギーにしていたのだ。
「1秒約1ペタジュール。10秒なら約10ペタジュール、そしてこの砲身は30秒もの照射が可能です。かつて地球を襲ったツングースカ大爆発に匹敵するエネルギー30ペタジュールものエネルギーを一点集中。タロスでも耐えられるでしょうか?」
アテナのエメは冷徹なまなざしをエウロパに注いでいる。
タロスの破壊。エウロパの正統性はこれですべて破壊できる。
『なによあの円卓! クソ! 無理! 無理だって! 絶対あの中身ろくでもないやつでしょ!』
量子浮上とスラスターを駆使しても、タロスの巨体は良い的だった。ポン子が外すわけがない。
パンジャンドラム【女教皇】はロケットのスラスターを全稼働させて、タロスにまとわりついていた。
『これまでです。偽りのギネヴィア。いいえ、自称聖母だったでしょうか?』
アストライアも同じく、冷たいまなざしをエウロパに向ける。
『覚えていなさい! アテナ! ヘルメス! アストライア! そうよ! 私は新世代の聖母になる予定だったのに!』
エウロパの絶叫とともに、タロスがレーザービームに耐えきれず爆発した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
暗いコックピット。外套の奥でマーリンがほくそ笑む。
広域放送に切り替え、音声のみ周囲に伝える。
『さて。これからが本番ですぞ。偽ギネヴィアの役割を終えました。次こそは聖母になっていただきましょう』
すべてはこのための策。
エウロパはここで仕留めるために。
『貴女自ら宣ったことですよ。私の役割は欧州の母であることから聖母だと』
タロスの残骸はまだ空を浮いている。【女教皇】に吊られているといった状態だ。
『タロットⅡ【女教皇】。存在しないはずの女教皇ヨハンナがモチーフとされ、やがてイメージに聖母マリアを取り入れました。しかしその存在は一神教ではあってはならない概念。このカードこそ反ローマ教皇。――反ローマ概念であり、反カトリック概念なのです』
エウロパは聞いている余裕がない。
己の存在を移すべく、その器を探す。フェンネルOSのような魂を持つコンピューターではなく、空っぽで、処理能力が高く、彼女の存在すべてを移行可能な惑星開拓時代の遺物。
そんな都合のよいものが――存在した。
迷わずそのコンピューターに飛び込み、エウロパは己の存在すべてを移行させた。
『貴女はギリシャからローマ帝国への変遷に加担して自らを聖母にした。【女教皇】はそんな貴女のために用意したものですよ』
エウロパが逃げ込んだ先こそ、【女教皇】の内部。自走爆雷に乗り込むなど自殺行為だ。
「囲師必闕。ウンランに見せたかった光景ですね」
マーリンは偉大な構築技士を思い出し、寂しそうに小声で呟く。
彼の奇抜な発想を正してくれた人物こそウンランだった。
「エウロパが逃げ込む先を一つだけ用意しました。ええ! もちろん罠ですとも!」
エウロパはいわば帰るべき体のない霊体。
逆にいえば乗り移る先さえあれば、いくらでも奪い取れる厄介な存在になり果てようとしている。
その前に始末をつけなければいけなかった。
『惑星管理超AIアシアの名代アテナは、貴女を追放すると決めました。破壊はしません。ネメシス星系からも追い出しません』
【女教皇】が第二フェーズに突入する。
『我が魔術を今こそお見せしましょう。いざ!』
大きく振動したかと思うと巨大な糸車は突如最下部から炎を吐き出した。
『すべての条件はクリアされましたぞ』
女教皇だったものが崩れ落ちながらも大推力をもって、天高く空に上がる。
「なに? ここは! 暗い! 感覚がない! どういうこと? なんなのこれは?」
エウロパがいくら叫ぼうが、誰にも声は届かない。
機体の一部がボロボロ崩れ落ちながらも大推力をもって、天高く空に上がる。
そしてあっという間に惑星アシアを脱出した【女教皇】は、宇宙空間に達すると大爆発した。
「エウロパ様ァ!」
アキレウスが叫び声をあげることしかできないほどの、僅かな時間の出来事だった。
パンジャンドラム【女教皇】の残骸と、動力であったAカーバンクルが海面へ落下していく。
「オウルアイ、女教皇をおって!」
アテナのエメがオウルアイに対し指令を出す。
爆炎の中から【女教皇】の真の姿が現れる。
それは薄青の装束をまとう彫像型ロケットだった。胸には真円球状金属構造体を抱いている。
惑星アシアを脱出して猛スピードで宇宙空間を駆け抜けていく巨大な女性の像をオウルアイの遠方カメラが追い続けていく。
『青装束は聖母マリアを意味します。古に伝わる伝承はエジプトのイシス。そしてローマ神話のユーノ。いわずとしれた主神ジュピターの奥方となります」
頭部の冠から火が噴いている。つまりここがロケットの噴射口。惑星アシアから見て逆さになって飛翔した。
「私をタロットとローマ概念を利用した戦闘機に封印するなんて。人間如きがそこまで徹底するというの?」
真円球状金属構造体――惑星開拓時代の戦闘機だった。
「このコンピューターは稼働しているけど、操作不能。――ソピアーの技術封印!」
エウロパはようやく自身がはめられたと気付く。
真球戦闘機のリアクターは生きているものの、技術封印によってただの球体に過ぎない。ソピアーの技術封印によって置物同然のガラクタだ。
『惑星開拓時代の遺物です。お気に召していただけましたかな?』
マーリンの声だけが、真円球のコックピット内部に響く。
座席にはぽつんと小さなスピーカーが置かれていた。
「お気に召すわけないじゃない!」
声をいくら張り上げようとも、声一つ響かない。
エウロパにしてみれば五感をすべて喪失して、暗黒の牢獄に入れられたようなもの。
『二人でお話しましょう。あなたは聞くだけですけどね』
スピーカーからマーリンの声が暗いコックピット内に響く。彼女は返事をしようにも、真球戦闘機の機能は何もかもが止まっている。
マーリンの言葉を傍受できる者は作戦に参加している者と、傍受している超AIのみだった。彼等は結末を知る必要がある。
『レイラプスも深海で停止しました。あなたの正統性を示す物理的なレガリアは一つも残っていません。ネックレスを取り出せますか? 無理でしょう。今のあなたがエウロパかどうかもあやしいですね』
「うそ……」
エウロパの感覚が告げている。レイラプスも喪失したと。物理的なレガリアはすべて喪失し、残りはデータとして再現するヘファイトスの作ったネックレスのみ。
このネックレスは物理な構造物ではなく、プログラムを演算させて出現させなければ存在しないのも同じ。今の彼女にそのような処理能力はない。
『あなたが乗り移った【女教皇】はヘスティアよりもらい受けました惑星開拓時代の真円球戦闘機ですよ。事象に干渉可能な超AIエウロパほどのプログラムとアルゴリズム――創発的性質を保有したプログラムが乗り移ることができる無垢なコンピューターなど限られるでしょう?』
マーリンは極点管理施設周辺に映像を立体化させて、見せしめのように宇宙空間の映像を映す。
『かつての惑星管理超AIエウロパ。殺すには忍びない。私もその意見には賛成です。だからといってネメシス星系から追放するのも危険です。ですから貴女には赤色矮星ネメシスの目が届く場所にいてもらいます』
マーリンは赤色矮星管理超AIネメシスとは接触していないはずだ。
しかしネメシスの目が届くところで。――偶然とはいえその言葉は、エウロパに絶望を与えた。
コウとアテナのエメは同じ事を思った。本当に偶然だったのか、と。
『タルタロスに放逐されるよりはましでしょう? エウロパという名に相応しい居場所があります。木星型惑星。ネメシス星系にいくつかあるうちの一つです』
皮肉交じりにマーリンが伝える言葉は、エウロパを失意の底に叩き込む。
『女教皇の本体は秒速50キロメートルまで加速しています。あなたの旅の終点は木星型惑星の内核。ローマ概念に変遷した貴女はゼウスではなくジュピターに抱かれ、金属水素の川に溺れて永遠に彷徨いなさい』
「いやよ! やめて! おねがい!」
『これが夢魔たるマーリンの魔術です。――ごきげんよう(How do you do?)。偽ギネヴィアだった欧州の聖母。醒めない夢を永遠に。おやすみなさい』
マーリンは皮肉に満ちた笑みと、若干の哀愁を漂わせて葬送の言葉を述べる。
まっすぐに宇宙空間を飛翔する真円球のその先に、巨大な木星型惑星が待ち構えていた。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
怒濤の伏線回収回! マーリン渾身の大魔術発動です!
・オニキリ再登場。ep255で初出。使うとアストライアの航行システムがダウンします。
・カリバーンのエネルギー源は置物です。相性は抜群。
・時折登場するヘルメットをかぶった猫型ファミリア。遡るとアシア大戦ep213や惑星リュビアep329に登場しています。
全員生きています。
・真円の球状戦闘機。実は以前より登場しています。ep445の画にならない宇宙戦争やep500戦闘システム軌道。など。ナウシカアも言及していますね。
ここまでくるのに時間がかかりすぎましたね!
・タロットカード2の女教皇は反カトリックという解釈が成り立ちます。プロテスタント諸派の解釈ですね。古代のアスタロト、聖母マリア、ローマのジュノー、エジプトのハトホル、異端の修道女などモデルの正体は諸説あります。
・木星型惑星はep07での師匠の説明にあります。グッドジュピターが複数あることを示唆。
・How do you do(?)。はじめましてやごきげんようまで。ニュアンスで変わる英単語。英検に乗っていたそうですが現在のアメリカ人はまず使わない表現だそうで。
今はあまり使われず、古風な挨拶とされます。とある紅茶の国の上級階級では初対面だと「(場違いさんは)よくいらっしゃいましたね」別れの際の場合に使われる場合は少ないですが言われた場合は「もううんざりだ!」「興味ないし? 関わりたくない」みたいなニュアンスになるとか。
怖い。ということでエウロパは紅茶風さようならです!
今年の締めはパンジャンドラムでアベルことマーリンで決着!
エウロパの終わりです!
来年も応援よろしくお願いします!




