旭光砲
タロスの眼前で、ネットに絡め取られたレイラプスが、二隻の宇宙艦に拉致されるかの如く飛んでいく。
もがいて抵抗しているが、ネットが絡まるだけ。宇宙艦に向けてビームを撃とうにもお手玉のように揺らされ、射線も定まらない。
「は?」
あまりの事態にエウロパが呆気に取られる。
「網ですって? そんなので? レイラプス無力化できるの?」
レイラプスに指示を送っても、混乱の信号が返ってくるだけだった。
粘着質の蜘蛛の巣みたいな網に捕縛されている。
「散布ロケットや氷塊戦艦の分離は、どうやら我々の目を欺く詐術だったようで。油で摩擦係数を0に近づけ、レイラプスを移動させやすくしたのでしょう。管理施設の床に爪などは食い込めず、抵抗力も働きません」
「何が魔法よ。奇術の類いじゃない!」
「トリックの基本といえましょうか。まず油の雨という手段で我々の目を逸らさせるというものです。迂闊でした」
機械化したアレクサンドロスⅢでさえ、騙されたのだ。
マーリンが一枚上手だったといえよう。
「レイラプスが海のなかに?」
水平線の彼方で、宇宙艦二隻が海面に突入した。
「まずいですね。神代の兵器とはいえ、海中は想定されていないでしょう」
「どんどん深海に潜航中よ。まさかこんな手段でレイラプスを封じるなんて」
アレクサンドロスⅢが異変を察知する。
「エウロパ様! もう一隻の宇宙艦が降下してきます!」
「一隻? つまりさっきみたいな二隻によるネット攻撃ではないのね。でもどうすればいいの?」
タロスは棒立ちだ。少しでも動くと滑る。極点管理施設はレーザー対策で鏡面仕様だ。
油をこぼした鏡の上にいるようなもの。抵抗力は皆無だ。歩行とは転倒の連続なので、脚を上げた瞬間地面に突っ伏すことになるだろう。おそらく腕立てもできない。
地面は油まみれ。掴まる場所もない。
量子浮上したら接地部分を失い、なんらかの質量攻撃で簡単に弾き飛ばされる。
敵艦影に射線は通らない。
「うそ。私、詰んでる?」
そう呟いた瞬間、真上から飛来した物体がタロスに直撃した。激しい衝撃が走り極点施設の壁に叩き付けられた挙げ句、その反動で空中に弾け飛んでいた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アリステイデス級二隻に続き、キモン級キモンが大気圏再突入を開始した。
『全軍に告ぐ。これよりキモン級も惑星アシア大気圏に再突入する!』
バリーの司令席前には急造で作られたスイッチがある。
巨大な【P】と書かれたスイッチが、保護ケースに守られていた。
このボタンを押すためには、毎回保護ケースを叩き割らないといけない。
「俺も年貢の納め時か」
バリーが遠い目をしながら、拳を振り上げる。
なぜ叩き割る必要があるのか、コウに説明を求めたが回答はなかった。
『そのようですね。準備は万端ですよ。再突入開始。すぐに極点管理施設です』
ディケは心なしか楽しそうだ。アストライアより軽い性格なのだ。
「総司令の名によって承認! Pだ!」
やけくそになりながらバリーは掌底で保護ケースを叩き割り、Pボタンを押す。
キモンの背面に備えられた、巨大な球体状の自走爆雷が轟音を立てて投下された。当然太いケーブル付きだ。
『これは【吊られた男】や【星】に比べたら小型のパンジャンドラム。二十メートルサイズしかないパンジャンドラム【女教皇】です』
秒速十五キロメートルで加速するパンジャンドラムが、極点降下施設を山なりに飛び越えたあと、高速回転しながら真下に急降下する。
『事前申請で、極点管理施設に触れないようにオケアノスと調整しています』
「そうでなければこんな作戦取れないからな」
いくら【吊られた男】ほどの威力はないとはいえ、攻撃不可の極点管理施設真下に向かって質量兵器を投下するのだ。
事前の調整は細心の注意を行った。極点管理施設接地寸前と判断されたら逆噴射するようになっている。
果たして投下された【女教皇】は、数百トンあるタロスに衝突した。ヨーヨーのように接地寸前巻き上がる。
極点管理施設の床は油まみれであり、凹凸は一切ない鏡面仕様。
玉突きとはよくいったもので、弾かれたタロスは極点管理施設の壁に叩き付けられ、その勢いのまま油で滑り虚空を舞った。
再び襲いかかる【女教皇】に、タロスは両腕でしがみつき衝撃を緩和する。
「ふざけんじゃないわ!」
エウロパともあろうものが自走爆雷の玉突きで弾き飛ばされるなど屈辱の極みといえる。
「エウロパ様! お戻りください!」
「大丈夫。こんなものではタロスは傷一つつかないから!」
アレクサンドロスⅢが叫んだ瞬間、タロスに巨大なビームが照射されていた。
タロスは直撃を受けて爆発を生じて装甲が破損する。機体の致命打には至らなかったが、タロスの装甲が破損するほどの威力を持つ攻撃ということ自体がありえなかった。
「今度は何?!」
思わずエウロパはタロスの頭部を動かし破損部位を凝視している。
視線の先には惑星間戦争時代の宇宙戦艦が空中で待ち構えていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
氷塊要塞キャメロットの頂点部分が崩れ落ちる。
巨大な艦影。宇宙航空戦艦アサヒが出現したのだ。トライレームを苦しめた宇宙戦艦メガレウスを賠償艦として引き取り、改装した。
最大の違いは巨大な艦首砲だ。
『マーリンの魔術が功を奏しています。千載一遇のチャンスですよ』
メインAIであるフリギアのアテナから生まれた分霊グラウコーピスが目を輝かせて宣言する。
幼少のアテナから生み出された少女は、アテナのエメほどの落ち着きはない。
『リアクター万全。いつでも発射可能です』
執事のメガレウスが恭しくエリ艦長に伝える。
「旭光砲用意!」
エリの号令が艦内に轟く。クルーたちが各配置についた。
『旭光砲――リチウム原子を物質第五の相ボース・アインシュタイン凝縮状態のエネルギーを利用した大口径のビームを放つ、プロメテウスとテュポーン設計による現行技術の最高峰です』
リチウム同位体であるリチウム6をボース・アインシュタイン凝縮状態まで極低温に冷却し、生成されたボース凝縮体をイオン化して高エネルギーの荷電粒子ビームを生成する兵器だ。イオン化されたリチウム凝縮体は、電磁場を用いた粒子加速器によって亜光速まで加速され、目標に向けて発射される。
目標に到達した荷電粒子ビームは、目標物質の原子核と衝突し、高エネルギー核反応を引き起こす。この核反応によって放出される莫大なエネルギーと高エネルギー粒子による直接的な衝撃波が、目標を徹底的に破壊する。
ボース・アインシュタイン凝縮は、リチウム6などのボース粒子が極低温で示す量子力学的な状態であり、パウリの排他原理が適用されるフェルミ粒子とは異なる原理に基づいている。ボース粒子は同じ量子状態を複数の粒子が占有できるため、非常に高いエネルギー密度を持つ凝縮体を形成する。この高エネルギー密度の状態での荷電粒子ビームが強力な破壊力を生み出す。ボース・アインシュタイン凝縮物質自体が直接目標を破壊するのではなく、この相によって生じる高エネルギー密度が、加速されたイオンビームと目標物質との核反応を通じて目標を破壊するのだ。
反物質砲に次ぐ威力を持つ、テュポーン設計と五行重工業の技術の粋を集結させた現行世代最強の艦砲を、アサヒにちなんで旭光砲と五行重工業は命名した。
『エネルギー充填完了』
メガレウスがクーゲルブリッツエンジンから必要なエネルギーを溜め込み、リチウムを冷却、ボース・アインシュタイン凝縮にまでさせている。
バリー総司令の通達通り、恐ろしい速さでキモンが大気圏再突入のさなか、自走爆雷【女教皇】を投下した。
壁に叩き付けられ、弾け飛び虚空を舞うタロス。足場は金属光沢の油まみれであり、量子浮遊ではこの衝撃を相殺するほどの力場は生まれない。
「極点管理施設から弾かれた今!」
エリがアサヒを操舵している。これから放つ攻撃は、惑星アシアがもつ戦力のなかでも最強の一画を担う。
「撃てー!」
引き金を絞り、空中にいるタロス目がけてリチウムイオンを縮退させたビーム砲を発射する。
レーザーと違い、一度発射すれば集中させ続けることはない。
衝撃が艦内を襲う。大気圏内で高速の縮退ビームを放ったことで、反作用の衝撃を吸収することができなかったのだ。
艦は大きく後退しつつも、縮退ビームを放ち続ける。
「きゃあ!」
エウロパが悲鳴をあげる。
タロスに異変が起きていた。装甲の接触面から細かい粒子が砂のように崩れ落ち始めた。それは、BECビームが装甲の原子結合を量子レベルで侵食している証拠。侵食は徐々に進行し、ほどなくタロスの装甲には巨大な穴が開き、内部構造が剥き出しになっている。
「やったか?」
思わず呟いた一言に、冷や汗をかくエリ。フラグを立ててしまったと気付いたのだ。
タロスは胴体中央に風穴が開きながらも、いまだ健在だった。
『エリ! プランBです。あなたの書いた脚本ですからね!』
「わかっています!」
エリはとても嫌そうな顔をしながらも、脚本を書いた責任をまっとうするために広域放送でエウロパに呼びかける。
『偽りのギネヴィア! まだ生きていますか。このエレインの魔術でも倒せないとは、やりますね』
何が哀しくてアラサーの自分が湖の乙女などと名乗らなければいけないのか。これでは過労死して異世界転生したOLがましだとさえ思う。
『何がエレインの魔術よ! どんなトリックを使ったらこんな攻撃ができるっていうの!』
もはやタロスに潜伏していることを隠す理由もなくなったエウロパが、ビジョンで出現して毒を吐く。
『テュポーンからの技術提供ですがなにか?』
嘯くエリ。
超AI破壊機構の名はエウロパやサバジオスにとっては効果的だった。
『なんですって! 嘘よ! あり得ない!』
「嘘だろ。なんであいつが人間に協力するんだ。思わず吐きそうになったぞ」
エウロパが喚き、サバジオスが青ざめた。MCS内ではヘルメスも冷や汗をかいている。
「エウロパ様! 嘘では無さそうです! お戻りくださいませ!」
アレクサンドロスⅢが必死な顔をして叫ぶ。
惑星間戦争でもあれほどの威力を持つビーム攻撃は少ない。
『まずはこの変な質量兵器を全力で押し返すから!』
タロスはスラスターを最大加速させて【女教皇】に対抗する。
自走爆雷は異様な粘りを見せてタロスの後退を遅らせている。
「切断開始」
『切断完了』
バリーの命令をディケが復唱する。
キモンから【女教皇】のケーブルが切断された。キモンは再び宇宙目指して上昇する。彼等を追うようにビームが飛んでくるが、有効打は皆無だった。
タロスは自走爆雷を抱えながら、自らの推力によって極点管理施設に激突する。
タイヤの弾力のせいか、再びタロスは壁に弾かれて虚空を舞った。
『宇宙艦から切り離したら、簡単に破壊……できない? 嘘!』
『その自走爆雷こそ【女教皇】です。Aカーバンクル搭載型ですよ。マーリンがあなたのために構築したのです』
アサヒ艦内からエリが申し訳なさそうに、エウロパに伝える。
キモン級に繋げていたこと自体がブラフだったのだ。
繊細なAIでも搭載していれば支配される可能性はあるが、自走爆雷に与えられた命令はただ一つ。
被弾を避けてタロスにまとわりつくというコマンドだけ。
『マーリン! またマーリン! 忌まわしい!』
そのマーリンは暗いコックピットのなかから、杖を肩に載せてフードの向こう側から冷徹にエウロパの動向を観察している。
『偽ギネヴィア。最後は私が――このモーガンが伝承通り貴女を殺しましょう』
モーガンに扮したアストライアが出現する。衣装は惑星リュビアのモーガンをそのまま真似ただけの雑な偽装だった。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
テュポーンとプロメテウス共同の悪巧み、戦艦アサヒの主砲が明らかになりました。
旭光砲は物質第五の相ボース=アインシュタイン凝縮(BEC)を利用した。原子核反応を引き起こすタイプの荷電粒子砲です。
陽電子よりも複雑な工程ですが、BECは21世紀の科学でも手に届くもの。
200ナノケルビンもの極低温状態なので、絶対零度に近い状態。もう敵を凍らせてしまえとふと思ったのですが、フェンリルはバステトにやられたので。
物理的に間違っていないか色々駆使したので多分原理はあってるはず。BEC自体のエネルギーはそう多くありません。
Pボタンの保護ケースは今なお健在。
毎回叩き割る必要があります。
エリ艦長のネタは、女性向けは階段転落死の異世界転生が多いなあというイメージで! 個人の感想です! 男性向けはやはりトラック?
そして次回、マーリンが生み出した恐るべき厄災【女教皇】(おそらく逆位置)が真の姿を現します!
応援よろしくお願いします!




