艦内工廠
「詳しい説明は明日行いましょう。今日はお休みください」
「どこで寝るか。五番機にしようかな」
「センター横に仮眠室のベッドがありますよ。ヒトがいなかったのでシーツとかないのですが……」
「ああ、そこでいい。案内してくれ」
コウは仮眠室を確認したあと、三人に解散を命じ、部屋を出た。
「あれ? どこへ行かれるのですか?」
「せっかくだから艦内を見て回ろうと思ってね。一人でのんびり行くから気にしないでくれ」
「わかりました」
そしてコウは後悔する。
巨大な空母型施設を歩く、という行為を。
艦内は一層が航空機関連の格納庫跡地らしい痕跡が窺えた。
二層目はビレットと呼ばれる居住区域と工作施設や修理施設、動力施設。
三層目が地上展開する部隊用の格納庫だ。
二層目は様々な施設の跡地があった。
一つの街の廃墟、そんな印象を受ける。かつて多くの人間がここで生活していたのだろう。
コウはそれぞれの場所で、小声で呟いていた。
一層目で目に付いた停止している機械に向かい、
「俺、航空機のことよくわからないけど、よろしくな」
三層目では、様々な車両や機械に対し、
「忙しくなったらすまないな」
彼の目的は二層目。工作層である艦内工廠だ。
廃墟といえば廃墟なのだろうか。
だが、それは見慣れた光景。人のいない工場そのものだ。
保全のために停止している工場に似ているのだ。
「おお、この大きな箱はマシニングかな。これはわかる。お前もよろしくな」
マシニングの作業中でも呟かない独り言。会社では独り言や鼻歌は厳禁だ。
それでも、機械の調子の良さはあるし、話しかけながら修理している場合は多い。
設備や保全のおっちゃんたちが、駄々っ子に接するように悪戦苦闘しているのを何度も見てきた。
その延長上で機械たちに話しかけていたのだ。この時代の工作機械たちは、本当の意味で自律機械だ。
意思あるものなら話しかけるぐらいしないといけないだろう。
知った機械もあれば見慣れない機械もある。
「やっぱり工場だなあ」
地球にいた職場をしみじみと思い出していた。
「こんばんは。コウ」
突如、頭上から声をかけられる。頭上を見上げる。
シルエットサイズの機械の巨人。モノアイ形状だ。
単眼がじっとコウを見詰めている。
「こんばんは。君がヴォイのいっていた大型工作機械か」
ヴォイがシルエットサイズの大型機械がいるといっていたのを思い出し、微笑んだ。
もう彼のことを知っているらしい。
「そうだ。私は主に鍛造を中心に様々な金属加工を担当している」
「鍛造! ここでするのか」
「君のいた時代の空母も小さな鍛冶場はあったんだよ。ましてここは工廠。自由鍛造、型鍛造、ダイカスト、他にも色々できる。シルエットサイズの部品なら対応できるだろう」
「心強い。よろしくな。なんて呼べば良い?」
「一つ目だからキュクロプス型と呼ばれていたよ。鍛冶が得意な一つ目巨人のことだな」
「英語読みならサイクロプスって奴か。なら名前はアルゲースでいいかな?」
ゲームでみたサイクロプスの名前を思い出し、告げた。
「神話のアルゲースか。良い名をありがとう。工廠をみて回っているのだね」
「なんていうか。挨拶しておこうと思ってさ。俺が責任者になっちゃったみたいだし」
「命じればよい。コウは変な奴だ。だが、その気持ちは皆を代表して感謝しよう」
「感謝とか。むしろ俺はやってもらう方だからな。設備とか保全の知識がなくて申し訳ないぐらいだ」
「専門の機械があるから安心しろ」
「そうだよな。素人が口出ししてもろくなことにならない。また明日くるよ、アルゲース。思ったより広くて」
コウはまた別室の工作室に移動していった。
アルゲースはコウの移動した扉をじっと見詰めていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
コウは知らない。
彼の行動が逐一注視されていたことを。
ものいわぬ意思ある機械たちが、その行動を好ましく感じていたことを。
『アストライアより告ぐ。各端末意思。今艦内を見回っている者がコウ。彼が機械に対しシンパシーを感じている人間なのはわかっただろう』
アストライアは各端末の返答をすべて確認する。
『アシアによって最大権限を付与された彼に、当艦及びアストライア管理区域全域の権限を付与することになった。異議あるものは連絡せよ』
各地より一斉に返信が入る。
『賛成99%。反対0%。疑問1%。疑問への回答。彼の故郷ではモノに意思や神が宿る信仰が存在しており、なおかつAIさえ積まぬ道具や乗り物を擬人化してパートナーとして接する風土があった。意思があり、行動する我らを擬人化するのは当然とさえいえる』
再び、各端末より様々な回答がアストライアに送られる。
『賛成100%。当艦及び当施設初の賛成率を達成いたしました。当施設はこれよりモズヤ・コウの管理下に入ります』
アストライアは彼らの答えに満足したようだ。
それは人間の時間にしてほんの数秒にさえ満たぬ時間。
コウのしらぬ間に、必要な手続きは全て完了していたのだった。




