3.皇子との出逢い
事故から2ヶ月程経つと、このゲルゾナ大帝国の第二皇子が国境を視察の折に我が家を訪問するとの事で、屋敷は饗応の支度で大騒ぎであった。
ジョルジ皇子が到着すると、私も兄二人と父と母と並んで、玄関前で立ち出迎えをしていた。兄は18と14のハズだったが、私より母や兄達の背丈は12才の私よりもかなり小さかった。体重は私が家族の中では断トツに重い。この2ヶ月で、私の身体は痩せる所ではなく、更に太り、背も伸びていた。
皇子は14才との事で、馬車から降りて騎士を二人従えて近づいて来た。18才の本来の私から見れば幼くは見えてしまうが、それでも私がつい顔を赤くしてしまう程のイケメン。身体も父ほどではないが逞しく、ヒョロヒョロの長兄など、軽く殴り倒しそうだ。まぁ、私の腹に何発パンチを入れても少し痛い程度であろうが、皇子を私と比較しては可哀相だ。
皇子は私にまず近寄って来る。私達は頭を下げているが、皇子はまず父にでなく、私の目の前で立ち止まった。こんなにデカい女は見たことが無いのだろう。物珍しいに違いない。
「みな、面を上げよ」と言い「辺境泊よ、娘御はお幾つであるか」と尋ねた。父は「12才に相成りました」と答えると、「そうか、余より2つも年下の姫は余よりも頭2つ分近くも大きいのであるな。また、身体もかなりふっくらとされている。美姫よな。」との言葉を発した。
「大儀」と仰ると、父が屋敷の中に案内し、私達は一旦解放した。夕食は皇子と一緒だろう。こんな巨大デブ女に美姫、だなんて、第二皇子って、そんなに大貴族の機嫌を取らねばならないのだろうか、と思った。
夕食で皇子と私達家族が一緒にテーブルに着くと、次々と食事が運ばれて来るが、私に対して、全ての料理が皇子の5倍近くの量が運ばれてくる。恥ずかしさで顔が赤くなる。しかし、美味しくて食べるのが止められない。
皇子は食事をしながら、帝都のこと、国の現状、辺境の先の蛮族の動きなど、中学2年生程度の年とは思えない明晰な分析とジョークを交えて披露していた。ハンサムで格好が良く頭脳明晰、と巨漢デブ女の癖に皇子に惚れてしまっていた。精神年齢は4才も私の方が年上のはずなのに。
皇子は食事中に赤ワインを一杯だけ飲んで赤くなっていた。初めて年並に可愛い、と思った。
夕食が終わり、皆、父を残して退出した。やはり14才でも皇子ともなれば秘密の政事の話もあるのであろう(後でその時の話し合いの内容は政治とは全く違った内容だった事を知ったが)。
次の朝も同じように、皇子と家族の前で膨大な食事が私に運ばれた。普段は家族の前で普通にこの量を平気で平らげている。ダイエットどころでなく、食べ足りないくらいだった。チラリと皇子を見てしまったら目が合ってしまい、顔が真っ赤に燃えるように熱くなった。顔を下げながら恥ずかしくて仕方がなかった。この大食いの女は凄いな、と思っているのだろう。こんなに素敵な男性と会うのは苦痛だった。
食事の後、父は私にだけ食卓に残るように指示し、皇子を客間にお連れした。そして、戻って来るなり、とんでもない事を言い出した。「第二皇子がお前を帝都に連れて行って見物させてやりたい、と仰っている。もちろん、お前も嫁入り前の娘であるから、変な噂がたつと申し訳ないと、面会の時には執事と近衛騎士を必ず常に同席させ、ドアも当然常に開け放つ、との事だ。皇帝にも第一皇子にも紹介するという。
儂も一緒に行ってやりたいが、余りにも突然でのう。領内の視察と閲兵の準備が既にされていて、儂の予定が変えられぬ。独りで爺やとメイド達と北の帝都の見物に行って来てくれまいか?」と。私には「はい」という答えしか有り得なかった。
「それと、皇子が我が家の庭をお前に案内して欲しい、との事だ。頼む」と言うと、執務室に行ってしまった。
私も大公並みの扱いを受ける辺境伯の娘。皇子に自邸の案内位はできなくては、とメイド2人を従えて皇子の客間に参内した。「皇子さま、キャサリンでございまする。」と挨拶すると、すぐにドアが開き、「姫よ大儀である」と出てきた。「辺境伯が庭を自慢するのでな、折角であるので見物させてもらうことにした。案内を頼む。」と言い、私は庭にお連れした。
庭のアチコチで植物の由来などをご説明差し上げ、歩き続けると「姫は身体が大きいが健脚であるのぅ。少し休もうぞ」と言うので、近くの東屋に案内し、メイドに茶を入れさせた。屋敷の全ては丈夫に作ってはあるが、私が座ると木造の長いすが大きな音を立てた。デブは本当に恥ずかしい。
「姫よ、帝都には来てくれるのか?」との問いに「お供させて頂きます。」と答えた。「姫よ、余も紳士なれば、まだ12才の少女に無体な事はせぬゆえ、安心して欲しい。ただ余は、そなたのような美姫と旅を共にしたいのじゃ」と。予定では明日出発し、7日の旅の後、北の都の宮廷で夜会があるのだそうだ。帝国は広く、夏は北の都に遷都する。「姫を辺境伯の代わりに余が夜会でエスコートしたいのじゃ」と。
馬車には爺やが常に乗っていたが、常に私の尻に押し潰されながら、黙って窓の外を見ていた。皇子は話好きらしく、聞いたこともなうような世界の話を聞かせてくれ、たまに大笑いもさせられる退屈しない1週間であった。毎晩、最寄りの貴族の邸宅に泊まって、歓待を受ける。私の尋常ではない巨体のせいもあるであろうが、皇子が12才の私を伴っていることに興味深々の様である。私の食事量については既に街道沿いの宿泊先の貴族に触れが出ていているのだろう、毎朝昼晩と山の様な食事が出て来るのが恥ずかしい。
辺境伯は大公と同等の地位であるので、各貴族とも私も皇子と同じように歓待してくれた。「私は見た目とは異なり、まだ12才の子供ですし、父の名代でも無いのです。殿下とは異なり、皆様には私には普通の子供として接して頂けましたらありがたいのですが」と言ったのだが、「辺境伯のご令嬢に失礼がありましたら、末代までの屈辱でございます。また、キャサリン様がご一緒でなければ、皇子は我が家などに立ち寄りもしなかったでしょう。ありがたい事です」と。
皇子は北の国境沿いに長々と視察をする予定であったので、ほぼ全旅程を我が家での滞在を除いて野営で過ごす強行軍を予定していたらしい。