第二十戦「眠気の渦中」
夢の中で、僕はスクモと並んで立っていた。
橙色に染まった道路を、たくさんの自動車が走っている。
向かいの赤信号が点滅している。
――あれは誰だ?
スクモが指差した場所は、道路の真ん中だった。
女性が倒れていた。
スクモの質問に答えることを躊躇った。
そして、駆け出そうとした僕の肩を、スクモが掴んだ。
――何処へ行く、止めろ!
言い終えるより前に、眼前をトラックが行き過ぎた。
道路は赤く染まっていた。
僕はじっと肉塊を見詰めて、安堵した。
それをマンナに責められた――。
ふと目が覚めた。
魔晶は橙色の灯りが点いたままだ。
外は暗く、若干、藍色が混ざっている。
「うぅ、んぅ……ぅぁぁ」
隣のベッドで魘されるスクモを見て、こんな時間に起きた理由がわかった。
ベッドを降りて、スクモのベッドに移った。
「おい、スクモ」
「うぅん……ん、あさつき? なんだ」
「こっちが起きるくらい魘されていたから起こした」
「そうか、すまんな」
もぞもぞと掛け布を頭のてっぺんまで引っ張り、寝息を立て始める。
まあいいか、と僕もベッドに戻るが、またスクモが魘され始めた。
「スクモ、おい」
「……なんだ」
「まただよ」
「すまん」
「どんな夢を見てたの?」
「……知りたいか?」
「勿体ぶるのは癖なの?」
スクモは黙り込んだ。
沈黙の間にうとうとしていると、スクモが掛け布から顔を出した。
白い輪郭を、乱れた黒髪が縁取っている。
幾筋かが顔に流れていた。
「こっちに来てくれ」
言われて、スクモのベッドに移る。眠気が中途半端に飛んで辛い。
「もう寝ていいかな」
「ああ、いいぞ」
ならなんで移らせたんだ。という疑問も、融解していく。眠気が思考を奪う。
「昔の夢を見ていた」
スクモの、囁くようだが凛とした声に、頭を打たれた。眠気が少し飛んだ。
「今より、ほんのちょっと昔だ」
「それで?」
「魔導の実験をしていた」
「うん」
「たくさんの人に憎まれた」
「ふうん」
「その中には君もいたぞ」
「そうなの」
「まあ、夢の中だからな」
「へえ」
「今になって、実験された人の苦しさがわかった」
「……ふわぁ」
「そうしたら、急に怖くなった」
「…………」
「君といなかったら、今頃……」
「…………」
「……おい、アサツキ」
「ぅん!? ああ、なに」
「今から大事な話をするぞ、よく聞け」
「ああ、どうぞ」
「近いうち、私は死ぬ」
へえ、そうなの。と言い掛けて、「へ」まで口にした。
スクモの目は真剣で、寝惚けている様子でもない。
今度は眠気が吹き飛んだ。
「この体で生まれてくるとき、私が死にかけたのを覚えているか」
「そうだったっけ」
「ああ、そのときに、転生の魔法が不具合を生じたのだと思う。私が昼間、外に出ると体調を崩すのは、それが原因だ」
「どうすれば治るの?」
「治らん。この症状は、一つの体に二つの魂が入っていることに起因する」
「タマシイ、ってなに」
「人格を写した魔力の塊。人を人たらしめる、最重要の部分。この世界特有のものだ。君の世界にはない。魔力だからな」
「その魂が、普通は一人一つのところ、スクモは二つなのか」
「そうだ。魂が体の所有を奪い合っている」
魔導や魔力を浴びると、スクモの魂が体から剥がれそうになる、とスクモは付け足した。
「もう一つの魂って、なんなの。二重人格とか?」
「それは知らない方が君のためだと思う」
「そう」
会話に詰まって、お互いの顔を見合った。
スクモは視線を伏せて、僕の胸元に額を寄せた。
「……そういうわけで、私はいなくなる。知識や記憶は肉体に残るはずだから、いつか君を元の世界に帰すことはできる。安心してくれ」
「わかった」
スクモが抱き付いてきたので、抱き返す。
胸がじわりと、微かな湿り気を持って、熱くなった。
「ひどいと思わないか」
スクモが言った。
隠されもしない涙声に戸惑う。
こういうスクモには慣れていない。
「ずっと、ずっと、ずっと欲しかった物を手に入れたんだ。それなのに、これからなのに……なんで、どうして」
なにが手に入ったんだろうと考えて、ナムヂが置いていった、あの赤い石を思い出す。
「だが、仕方ないのかもしれない。私の手元にはあっても、私の物とは言えなかった」
スクモは顔を上げて、僕を見た。
泣いていたことを微塵も感じさせない。
前もだったが、どうやって目の充血を抑えているんだろう。
「実は魂を失わずに済む方法もある」
拍子抜けした。
「なんだよ、先に言ってよ」
なんだか嬉しそうに、スクモは笑った。
そして枕元から、例の赤い石を取り出した。
いつの間にやら、石には蛇のような模様が彫刻されていた。
「これは魔晶だ。これに私の魂を封じる」
「するとどうなる?」
「私の魂はこの魔晶に宿り、失われることはない。但し、体の支配は失う」
「寝たきりになるのか?」
「いや、もう一つの魂がこの体を使うようになる」
「中身が別人になるってこと?」
「そうだ」
スクモは石を握り締めた。
「もし新しい体を用意できれば、この魔晶を使って、また君と話をすることもできるだろう」
「方法はあるんだよね」
「ある、必ずある」
スクモは名残惜しそうに、僕の手に指を絡めた。
「手遅れにならんうち、私は眠る」
「わかった」
「約束してくれアサツキ。私を守ってくれ」
「約束する」
「封じた後、この石は君が預かってくれ。肌身離さず持っていてくれよ、なくしたら怒るからな」
「うん」
「ずっと一緒にいてくれ」
「いいよ」
そこまで言って、ようやっと安心したらしく、スクモは僕の手から指を離した。
そして目を閉じた。
「さようならだ、アサツキ」
石が赤く閃いた。
そのまま、スクモは寝息を立て始めた。
スクモの手から石を取って、自分のベッドに戻る。
眠気が戻ってきた。現実感が希薄だ。
気が付くより前に、眠っていた。
薄らと目を開ける。
部屋には既に、朝の光が満ちていた。
殆ど無意識に体を起こす。
隣にスクモが立っていた。
「おはよう、お兄ちゃん!」
「……おはよう」
満面の笑みで、活気に溢れた挨拶をするスクモ。
朝には弱いのに、珍しいこともある。
ふと手に違和感を感じる。
赤い石を握っていた。
夢じゃなかったのか。
しかしスクモは今ここにいるし、やっぱり夢かな。
夢と混同しているのかも知れない。
「ね、ね、お兄ちゃん、早く起きよ! 朝ごはん食べよ!」
「うん、わかった」
ぐいぐいと肩を引っ張るスクモをあしらいながら、取り敢えず食卓へ向かう。
「朝ごはん食べたらお遊戯しよう!」
「そうだね」
腕を掴んで離さないスクモに引っ張られ、食卓に辿り着く。
皆が揃っていた。
「おはよう、シュラ!」
ぴょんと椅子に飛び乗り、スクモはシュラを撫でた。
照れて顔を赤くしたシュラは、金髪をくしゃくしゃにされるがまま、延々撫でくりまわされている。
なにかに気付いたように、ぴたりと動きを止めたスクモは、シュウ父さんとアザミ母さんの方を向いた。
「おはよう、お父さん、お母さん!」
「おはよう」
「……お、おは、よう」
優雅に挨拶を返したアザミ母さんに対し、シュウ父さんはかなり面喰らっていた。
こんなに元気の良いスクモは初めてだから、気持ちはよくわかる。
そうして、各々の様子に差はあれど、いつものように食事が始まる。
今日は平和な一日になりそうだ、と僕は本気で考えていた。




