エピローグ
数百年、或いは千年以上の後世に置いて。
漢王朝──“後漢”の衰退から滅亡までの歴史的な流れを繙けば、“黄巾の乱”が大きな転機であり、霊帝崩御後の後継者争い、李彦の暗躍、次の時代の為の生け贄とされた董卓、諸侯による反董卓連合。
そして、群雄割拠を制した曹魏が新時代を拓く。
その様に記されるし、伝えられるのだが。
その真実が、一人の男を巡る女の闘いであった事は決して、語られる事は無かった。
「いや、語れる訳が無いだろう…」とは、件の男に命を救われ、生涯を共にし十三人の子を産み育て、曹魏を支える周家の大祖となる周瑜の愚痴である。
──とまあ、そんな事は兎も角として。
霊帝の崩御から丸一年と掛からず、世は平定され、曹操を新たな皇帝──史上初の女性皇帝の誕生から魏王朝の時代が始まる事となった。
曹操の統治方法とは、急激な変化ではなかったが、民の生活を根本的に見直し基盤から改革を始める。
その先駆けとなるのが、曹操が統治してきた陳留や許昌といった新王朝の見本となる地方の拠都。
また、袁紹・袁術の様に軽い御輿を担いでいた地、并州・青州・徐州・益州の様に長く治安が悪かった場所は思い切った政策転換として民の移住を行い、それが治安の向上と改善に繋がる。
そういった曹操の政策を影で支えるのが──朱荒。
公的には独身のまま生涯を終える事になる曹操だが実質的に夫として愛を育み、支えたのが彼。
ただ、二人の間に誕生した子供達にさえ公言は禁じ二人が亡くなるまでは秘され続けた。
──とは言え、夫婦として、親子としての関係には一切含む所も、隠す事も無かった。
飽く迄も、歴史上ではという話。
所謂、公然の秘密、という訳である。
その理由は諸説有るとされるが…真実は時の中。
過去に埋もれ、闇に葬り去られてしまった。
それ故に、人々は様々な憶測を立て、想像を重ね、少しでも真相に近付こうとするのだが。
結局は意外な程に単純な理由だったりもする。
「偉大な皇帝の、秘された真意とはっ?!」と。
声を上げようとも、それ自体が勝手な思い込みで。
偉大な皇帝も、所詮は人に過ぎない、という事。
そんな有り触れた事実すら見えなくしてしまうのが歴史という物の落とし穴であり。
施政者達の狙いだったりもするのだろう。
──尤も、今はまだ、その様な意図は無いのだが。
「…ンッ……チヂュッ…ちゅっ…んっ…ぢゅっ…」
望み続けた温もりを貪る様に曹操は求める。
十年振りに味わう幸福感と充足感。
何よりも、女としての本能が満たされ、刺激され、過剰と言える程に反応している。
一度も離さず、続けられている生命の育み。
食べ過ぎたかの様に、御腹が膨らもうと。
曹操の中で「取り敢えず今日は、これ位かしら」と一段落する気配は微塵も無かった。
──が、それでも限界は有る。
渋々だが…本当に渋々だが、曹操は小休止。
ただ、決して離しはしない。
「いや、逃げはしないが…」と朱荒も言いたくなる気持ちは有るが、それは決して口にはしない。
この十年、何れ程に曹操が自分を求めていたのか。
それが伝わらない程、弱くも判り難い事も無く。
朱荒自身も決して鈍くはないのだから。
繋がったまま、横になり、向き合う様に。
然り気無く、腕枕をする辺りに経験の豊富さを窺い知る事が出来るが、曹操も今更なので言わない。
ただ、思う所が無い訳ではない。
だから、見えない部分で締めて意思を示す。
唇を離し、久し振りに普通の呼吸を思い出す。
初めてからは会話らしい会話もしていない。
それ以上に雄弁に想いを伝えてはいたが。
やはり、ゆっくりと話したいという思いも有る。
「正直な所、雪蓮を皇帝にする気は有ったの?」
「…雪蓮というよりは、蓮華を、だろうな
大陸統一を成し、新体制の基盤を築く事までなら、雪蓮でも構わないが、その先は不向きだからな…
その辺りは雪蓮自身も冥琳達も同じ考えだ
…まあ、蓮華には話してはいなかったがな」
「まあ、そうする方が安定するでしょうしね」
蓮華には可哀想だけれど、民を、国を思えばこそ雪蓮よりも彼女を皇帝に据えた方が懸命。
雪蓮は戦時でこそ輝くのだから。
まあ、それはそれとして。
気になるのは、その先見の明の程度よね。
何だかんだで、私を含め、全てを繋いだのは彼。
彼という一人の存在──たった一本の縁絲により、群雄割拠で舞い合う筈の私達は結い逢わされて。
到底、尋常とは思えない早さで世を平定させた。
彼の存在無くして、今の世は存在し得無い。
そう言い切れるのは、私だけではないのだから。
「…貴男自身は、何処まで見ていたの?」
「…物事には必ず起因が有り、結果が有る
ただ、その起因を何時の、何処の、何とするのか…
また、その結果も何処から何処までとするのか…
それは自他各々の勝手であり、気紛れだ
例え、現状に俺の存在が少なからず影響していても俺一人に因って成された訳ではない
だから、その質問への答えは無意味だな
…ただまあ、その都度、最善を選んだだけだが…
やはり、月を守る為に動いた事が一つの要だろう
翠達からも聞いてはいるのだろう?」
「ええ、貴男らしい選択だとは思うわ
洛陽では貴男を獲り損ねたけれど」
ええそうね、物事の起因や結果なんて不確かな事。
「やはり、あの時の…」なんて考えている事自体、後悔や未練、或いは現状への不満や不安が有るから生じる悲観的・否定的な思考でしかないもの。
“たられば”の話は時に成長の糧に為るけれど。
それに囚われてしまっては意味が無い。
過去は消せない、変えられない。
遣り直しも、巻き戻しも、選び替えも出来無い。
だからこそ、失敗や後悔が糧に成るのよ。
物語を読む様に捲り戻って読み直す事は出来ても、物語その物を書き換えるという事は出来無い。
何故なら書き換えてしまえば、それは別物だから。
そして、本の少しでも変わってしまったなら。
その物語の結末は白紙となり、不確定となる。
良いと思って一部だけを書き換えても、その選択が元々の結末よりも良い結果に繋がるとは限らない。
だって、人は意思を持ち、生きているから。
物語の中の登場人物の様に、定められてはいない。
その事を、勘違いしてしまうと──囚われる。
“最高”の結果ばかりを追い求め続けてね。
それが解っているから、目の前の最善を選ぶ。
その選択が、未来に繋がると信じて…ね。
「…ただ、そういう意味でなら、今に至る事自体、あの時の選択が全ての起因なんだろうがな
本当に…御前の執念には畏れ入ったよ」
「あら、そこまで私にさせた貴男が言うの?」
そう切り返せば苦笑を浮かべるだけ。
決して、それが自分の責任だとは認めない。
勿論、そうさせるつもりは私達には無いわ。
だって、これは私達自身が選択し、決めた人生。
誰かに強制されたり、唆された訳ではないもの。
……まあ、誰かさんに誑かされはしたけれど。
それも含めての、私達自身の意志だもの。
誰にも文句は言わせないし、言われる理由も無い。
「…けど、まさか…まだ持っていたとはな…」
「当然でしょう、アレを貴男に突き返して遣る事も私には重要な目的だったもの」
それは勝負を決めた短刀の事。
あの短刀は絶の石突き側に仕込んで置いた物。
勿論、それだけに拘りはしないけれど。
最後の最後、真の奥の手として仕込んだ切り札。
そして、その準備の為の一ヶ月間。
楽に勝てる相手だなんて思ってはいなかったもの。
そういう備えが、明暗を分けるのが勝負の常よ。
──で、その短刀なのだけれど。
私達の縁絲の証であり──私自身の後悔の象徴。
曾て、この馬鹿が私を護る為に迷わず手離した物。
それが亡くなった母の形見だというのに。
それで「俺に惚れるな」と言うのは無茶な話。
忘れる事も、他を選ぶ事も、出来る訳が無いわ。
その大事な短刀は元々は小太刀で。
その刃だけを取り外して短刀に拵え直している。
勿論、本来の拵え──外装は大切に保管してある。
返す時には元に戻さないといけないもの。
ただ、勝負を決めるなら、これ以上の物は無い。
そういう想いが──いいえ、予感が有ったのよ。
それはまるで、「宅の馬鹿息子を宜しくね」と。
優しい声と、暖かな苦笑の、義母の想いの様に。
私に語り掛けられた様な気がしたから。
私には、雪蓮や春蘭、恋の様な野性的な“直感”は無いけれど…それは不思議と信じられたから。
実際、こうして最大の勝因として結果に至った。
だから、そういう事も有るのでしょうね。
尤も、その話をするのは当分は先になるでしょう。
今はまだ、感傷に浸っている余裕は無いもの。
「──ああ、それから一応言って置くけれど…
もしも、避妊をしたら出来るまで搾り続けるから、そのつもりで頑張って頂戴ね」
「………………」
ふふっ…流石に驚いたみたいね。
だけど、それだけ皆としているのに誰も妊娠しない事を考えると明らかに不自然なのよ。
貴男が“種無し”なら話は別でしょうけど。
その場合、その事実を貴男が話さない訳が無いわ。
だから、妊娠しない理由──原因が必ず有る。
そう前提条件を置いて考えれば、意外と単純よ。
氣の技法、薬術・医術の知識、天賦の武才。
これらを加味すれば、その答えに辿り着く事はね。
そして、情報収集の為に私は皆から話を聞いて。
当然ながら、皆も各々に話をしている訳で。
その答えに辿り着いたのは、私だけではないわ。
「だから、他の娘達も待っているわよ」
「…………………あー……それは、つまり…」
「何だかんだで放って置いた罰ね、自業自得よ
だからほら、さっさと続きをするわよ
こんなんじゃ、まだまだ足りないわよ?
何しろ、私の餓えと渇きと疼きは十年分だもの
──言ったでしょう?、「覚悟しなさい」って」
そう言ってあげると、色々と納得した様で苦笑。
私を抱き寄せ、唇を重ね、体勢を変える。
仰向けになった私を見下ろす様に覆い被さる。
話している間も微塵も萎える事は無かった猛りが、一層硬く、更に猛り、熱を帯びる。
けれど、それは私にしても同じ事。
表面上は落ち着いて、和やかに話している様でも、実際に、ずっと誘い続け、催促し続けていた。
それは理性でもあり、本能でもある。
ただ少しばかり意地っ張りな自分が勝っていて。
それで自制心がギリギリで働いていただけ。
そうでなければ、止まりはしないもの。
だから、彼に求められ、貪られ、蹂躙される事を。
堪らなく嬉しく、幸せだと感じてしまう。
抑える必要は無いのだけれど。
無意識に抑えている箍が緩み始めるのが判る。
「──愛してるぞ、華琳」
「──っ!、~~~っ、私もよっ!
愛してるっ、愛してるわ!、赫也っ!」
それは何気無い、有り触れた言葉でしょう。
けれども、今、この瞬間だけは特別で。
私を見詰める眼差しが言外に物語っている。
「覚悟は良いんだな?、行くぞ?」と。
それが何を意味しているのか。
解らない程、私は初でも無知でもない。
両足を絡め、腰を密着させ、しっかりと応える。
命とは、愛を注ぎ、愛を交ぜ、愛を紡ぐ事で生ず。
そう、今は亡き、母が言っていた事を思い出す。
命を紡ぎ、血を繋ぎ、志を継ぐ。
それが私達、女に生まれた者の使命であり、特権。
男には与えられない、生命の神秘である、と。
私もまた、歓喜を以て、理解する。
此の掌に貴方を抱いて。
世界は緩やかに、けれど確実に変化する。
それでも、命は生まれ、死に、争い、交わり。
絶える事無く、繋ぎ続け、在り続ける。
其処に意味の有無は必要無い。
──はい、という訳で、完結となります。
御拝読頂いた皆様、本当に有難う御座いました。
本作品は【此の掌に貴方を】の没ネタをベースにし再構成したレストア作でした。
メイン七人で各四話、+プロローグ&エピローグで全三十話という構成にしています。
その為、省き方も荒いですし、雑ですが。
粗ヒロイン視点の作品の為、没にしていました。
主人公の筈の朱荒が謎過ぎますしね。
そして、兎に角「…え?、これ大丈夫?」な内容が多くなるという点が最大の没理由です。
それでも、楽しんで書き終えられたので満足です。
流石に本作品の後日談等は有りません。
本当に、これで御仕舞いですので御了承下さい。
尚、火種として登場した北郷一刀君ですが。
彼は劉備の後任として平原を治める事に。
その後、袁紹軍に素直に頭を下げ、曹操軍には直ぐ尻尾を振って揉み手でヨイショッ!。
現代人の社会性奴隷気質を活かし、生き延びます。
それなりに綺麗な、普通に家庭的な女性を妻とし、二男五女の子宝にも恵まれた平凡な生涯。
ただ、波瀾万丈な人生なんて望まない彼にとっては異世界に放り出された後の人生として十分。
身の丈に合った幸せを、彼は手にした訳です。
◆オリジナル設定◆
◎華雄 子道 涼 ◎馬騰 寿成 翡羽
◎顔良 子健 ◎文醜 仲醸 ◎厳顔 文伯
◎朱荒 士清 赫也
身長は190㎝程、深蒼の瞳。
謎多き主人公……主人公だよね?。
尚、転生者・転移者といった類いという設定では有りません。




