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別冊†恋姫  作者: 桜惡夢
朱に交わば、赫く染む。
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五話


 唐突に吹いた少し強めの風が髪を掬う様に撫で、空へと拐い去る様に舞い上げる。

ふわりと広がった髪を右手で押さえる様に視界から退かしながら誘われる様に視線は空へ。

爽やかに澄んだ青い空、静かに流れ行く白い雲。

唐突に、それらが溶ける様に滲んでしまう。

思わず俯き、右手で鼻と口を被ってしまった。

滲んだ視界の中、乾いた土の上に零れ落ちた雨粒が染みて、地面に小さな痕跡を刻んでゆく。


胸の奥から零れ出る後悔と自責の念。

それは濁流の様に私自身を飲み込み、沈ませる。

視界が利かない程に濁り呼吸も出来無い泥水の中、深淵へと落ちて行くかの様に。

もがけど、足掻けど、浮かびか上がる事は無く。

ただただ、落ちて行く事しか出来無いまま。

もう、自分では、どうする事も出来無くて。

それでも、救いを求め、必死に手を伸ばす。

例え、掴んだ掌が冷たく凍てついていようとも。

決して、私は手を離しはしないでしょう。



「────────────お母ぁーさーんっ!!」


「────────っ!!、璃々っ!!」



深淵の闇の中の様な己の不安な心の裡に沈んでいた意識が聞こえてきた声により、現実へと戻る。

弾かれる様に私は顔を上げ、声の方へと振り向けば此方等を見ながら、元気に大きく右手を振っている愛娘の姿が確かに其処に有った。

その瞬間、考えるよりも早く愛娘──璃々の真名を呼びながら、私は駆け出していました。


草原の中を一目散に駆け寄り、地面へと下ろされて此方等に向かって走って来た璃々を抱き締める。

千切れた草葉の匂い混じりだけれど。

その匂いを、温もりを、感触を、鼓動を。

目一杯に感じながら、強く強く、抱き締めます。



「御免なさいっ、私の所為でっ…御免なさいっ…」


「…泣かないで、お母さん…

お母さんが悪い事なんて無いもんっ…」


「でも、貴女を危険な目に遭わせてしまったわ…

それに………恐かったでしょう?」


「………ぅん…凄く恐かった…

でも、それは私の所為で、お母さんが傷付く事で…私の所為で、お母さんが死ぬのが怖かったの…

だから、お母さんが無事で本当に良かったっ…」


「…璃々っ…」



そう、真っ直ぐに私の目を見詰めながら言う璃々。

その言葉に嘘は無いのでしょう。

本当に、自分よりも私の身を案じてくれている。

この娘は、とても優しい娘です。


ただ、だからこそ、私は自責の念を強める。

客観的に見れば、その姿勢や意志は「素晴らしい」と言えるのでしょうけれど。

我が娘、我が身の話としては、言えません。

寧ろ、そんな風に歪めてしまった(・・・・・・・)事に気付きます。


本当ならば、子供らしく恐怖に泣き叫ぶ場面。

気丈に振る舞っていたとしても、こうして再会し、気が緩めば泣き出してしまうのが普通です。

ですが、璃々は今も尚、私の事を心配していて。

自分の事よりも、私の事ばかり気にしている。

それは、明らかに私の親としての力不足。

そして、気付かぬ内に出来ていた娘への甘え。

それを理解してしまったからこそ、情けない。



「──璃々(・・)、こういう時は素直に甘えるものだ」


「…~~~っ……お母さんっ…お母さんっ!」


「璃々っ、御免なさいっ、無事で良かったわっ!

本当にっ…戻ってきてくれて、有難うねっ…」



私達の傍に来た彼が璃々の頭を優しく撫でる。

そして、穏やかな声音の一言。

それが容易く璃々の固く閉じた心の蓋を砕いた。


紙や布を握り締めた様に、璃々の顔が歪む。

眦から溢れ出す大粒の滴が頬を伝い、濡らす。

声を上げ抱き付く璃々を、しっかりと抱き締めて。

私は色々な意味で、璃々に謝る。

けれど、それ以上に。

本当に、無事に戻って来てくれた事。

それが嬉しくて仕方が有りません。


そして、改めて自身の間違いに気付きます。

「璃々の為にも仕事をしなくては…」というのは、結局は自分自身の言い訳でしかなかった事に。

「貴女を育てる為なのよ」という建前で。

私は現実から逃げていただけだったのだと。

そして、その所為で璃々に我慢をさせていた事に。

まだ幼い、我が儘を言いたい筈の璃々が。

常に私を気遣ってくれていたのだと。

それを理解し、己を恥じるしか有りません。


そんな私達は暫くの間、抱き合って泣き続けて。

璃々の泣き声が途切れたのは、緊張の糸も切れて、泣き疲れて眠ってしまった為。

璃々を彼に預け、私は崩れた服装を直します。



「…その…御恥ずかしい所を御見せしました…」


「恥じる事など無い、美しい母娘の愛だ

寧ろ、丁度良い切っ掛けになっただろ?」


「──っ…そう、ですね…」



そう笑顔で言いながら然り気無く優しく左手で頬を撫でて親指の腹で目元に残った涙を拭い去る。

その仕草に、場違いにも胸が高鳴ってしまいます。

苦笑を浮かべ、璃々を見る事で誤魔化します。

安心し切っている寝顔を見て心を落ち着けます。

………と言いますか、璃々が此処まで心を許して、安心している姿を見るのは…何時以来でしょう。

ですが、そうなる気持ちは理解出来ます。

彼の傍は…とても居心地が好いので。



「さて、此処に留まる理由も無し、行くか」


「ええ、長居したくも有りませんから」



そう言って璃々を軽々と抱き抱えたまま歩き出した彼に並ぶ様に私も少しだけ足早に動きます。

しかし、それは本当に最初だけの事。

然り気無く、私の歩幅に合わせてくれていて。

その隣を歩いているだけなのに胸が高鳴ります。


でも、仕方が無いでしょう。

「惹かれるな」と言う方が無理です。


事の始まりは、私自身です。

私は幼少の頃からの努力により文武両道に。

特に弓術に関しては、「漢王朝でも五指に入る」と称賛された程で、字の漢升の漢の由来です。

その為、早くから要職に就き、今は亡き文官だった夫と知り合い、結婚して、一人娘の璃々を授かり、人生は順風満帆と言えました。

しかし、五年前の夫の事故死を境に私は心に余裕を持つ事が出来無くなっていました。

勿論、今は理解出来ていますが。

当時は色々と精一杯でした。

その所為で璃々には気を遣わせてしまいました。


私は荊州の州牧である劉表殿に使えていましたが、その部下の韓玄に疎まれていた様です。

その事を知ったのは、今回の事件が起きてから。

韓玄は璃々を誘拐させ、私に暇を申し出させる事で厄介払いしようとしました。

当然ですが、私には従う他有りませんでした。

劉表殿の下を去り、指定された場所に向かう途中、私は偶然にも賊徒に襲われました。

その際、焦りや憤怒から動きが悪くなり、利き腕を負傷してしまい絶体絶命──の所を彼に助けられ、治療して頂いた後、私は事情を話しました。

そして、彼が指定された場所に単独で璃々を助けに向かって下さり、こうして再会出来た訳です。


何故、単独でだったのか。

それは私が行けば警戒されますが、無関係の彼なら旅人と認識され、隙が出来る可能性が有る為。

また、仮に警戒されても追い払おうとする可能性が高いでしょうから、璃々に直ぐには危害が及ばない可能性が高い為、敵を倒し易い、と。

そう提案されたからです。

勿論、絶対の保証は有りませんが。

負傷している私が行っても、助け出す事は出来ずに母娘共々始末されてしまう可能性が高い。

それに…先程の璃々を見ていれば、逃がす事も多分不可能に近かったでしょう。

そう考えても、彼に託して良かったと思います。


…それと、今更ですが。

もしかしたら、夫の事故死にも韓玄が関わっていた可能性は有るのかもしれません。

今となっては、追及する事は難しいですが。

何と無く、そんな気がします。

ですから、もし再び璃々に手を出す様な事が有れば韓玄は必ず殺します。

どんな手段を用いてでも、必ずです。


そんな決意をしていると、彼に話し掛けられます。



「怪我の方は?」


「まだ少し痛みは有りますが、問題は有りません」


「悪いな、丁寧に治療して遣れなくて」


「いいえ、傷も残りませんし、十分です

それよりも…何も御返しする事が出来ず──ぁ…」



そう言いながら顔を伏せていると左腕を腰に回され彼に抱き寄せられます。

少し重心は傾きますが、歩けない訳ではなく。

何方等かと言えば、寄り掛かりながら歩く様に。

そして、自分を抱く左腕の力強さに。

抑えられない程、期待(・・)が膨らみます。



「俺は自分が遣りたい様にしているだけだ

助けたいと思ったから助けた、それだけの事だ

だから、其処まで恩を感じる必要は無い」


「ですが、それでは…」


「それでも、納得が出来無いのなら…

その分を、璃々(この娘)の為に使って遣れ

まだまだ親に甘えたい年頃なんだ

子育ては大変だろうが…それは苦労なのか?」


「──っ!?……そうですね、それは苦労ではなく、楽しみであり、幸せな事ですね」



そう私が言うと、彼は笑みを浮かべる。

子供を育てる事を、義務や責任だと思うのか。

或いは、自分の望んだ幸福だと思うのか。

たったそれだけの事で、意識は違ってきます。

勿論、それは人各々でしょうが。

少なくとも、私は望んで璃々を授かりました。

夫の急死による孤独感・喪失感も原因でしょうが、私は自分一人が悲劇の中に居る気がしていて。

だから、色々と見えなくなっていた訳です。

父親を失った璃々の気持ちにも気付けずに。

無意識に自分勝手に決め付けて。

…本当に、不甲斐無いです。

でも、こうして気付けた。

気付かせて貰えた訳ですから。

それを無駄にはしません。



「…指定された場所に居た連中は始末しておいた

連中からの連絡が無い事を不審に思うまでに三日、確認させる為に人手を出し、報告が届くのに二日

最低でも五日は時間を稼げるだろう

その間に手を出せない場所に行けばいい訳だが…

何処か行き先に心当たりは有るか?」


「…旧友が益州に居ます

州牧の劉焉殿は同じ劉姓でも劉表殿とは無縁ですし隣同士という事で政敵として敵視している、と…

そう聞いた事が有りますから、恐らくは…」


「裏で繋がっている可能性は低い、か…

まあ、その辺りは簡単には見えないだろうが…

少なくとも、韓玄の立場では難しいだろうな」


「はい、そう思います」


「なら、其処までは俺も同行しよう」


「…宜しいのですか?」


「“旅は道連れ、世は情け”と言うからな

これも縁だし、何より、このまま別れて何か有れば悔いが残るからな、気にするな」


「…有難う御座います」



そう彼に御礼を言いながら私は微笑む。

「今は俺に寄り掛かれ」と言う様に。

ですから、その優しさに甘えさせて貰いますね。




それから日が暮れる前に街に着き、宿を取ります。

その頃には璃々も起きて、璃々の要望で(・・・・・・)同じ部屋で眠る事になりました。

そして、璃々が眠った後が私にとっての本番です。



「んっ、ぢゅっ、ぅむぅっ…んぢゅぢゅっ、ぅふ、んふぅ…ちゅっ、ぷぢゅっ…ちゅずっ…」



夫を亡くして以来、誰とも肌を重ねる事は無く。

けれど、それで困ったという事は無くて。

だけど、それは表層的な認識でしかなくて。

一度、火が点けば燻っていた奥に埋まった火種へと一斉に燃え広がり、激しく猛り狂う情炎。

自分でも信じられない程に。

自分では抑え切れない衝動が。

他の事など考えられない程に、溺れてしまう。



「…紫苑(・・)、少し落ち着け、璃々が起きる…」


「…ぅん、ちゅぷぁっ……わ、判って、います…

…でもっ……でもぉっ…」


「…夜は長いし、今夜限りでもない…

…だから少しだけ落ち着け、必ず満たして遣る…」


「…嗚呼っ…判りましたぁ…ぁむ…ぢゅぐっ…」



再び口に含めば広がる彼の味。

鼻腔を満たす彼の匂い。

次第に昂り火照る肌の熱。

それらが混ざり合い、私の意識を溶かしてゆく。


璃々には悪いのだけれど。

今は全く我慢が出来そうには有りません。

取り敢えず、今は余計な事は考えずに。

自分に素直になり、彼に甘えに甘えます。

言質は取りましたからね。

ですから、今夜は長くなりますよ?。

フフッ…覚悟しておいて下さい。




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