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あめつち  作者: きまぐれ猫


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知識

どんな知識であれ、以前には無かった知識が増えているということは、自分が成長している証のようで少し嬉しい。

知識欲が満たされることに喜びを見出すのは、人間の特性だろう。


知識と似た言葉に、情報がある。

両者の違いは、大まかに言えば価値判断を含むか含まないか、だと思う。


同じ情報を与えられても、受け取る人によってそこから得る知識は違ってくる。

あるいは、知識を得る以前に無価値と判断される場合もあるだろう。

それは、元から持っている情報や知識、経験によって、新しく得た情報の意味が変わってくるからだ。


「寒気がする」と聞いたら、風邪かもしれない、これから熱が上がるかもしれないと判断するのが普通だろう。

けれど、私にとっては違う。

家族がその言葉の後に倒れるという経験を経た今となっては、もしかしたら心筋梗塞の前兆かもしれないと疑う。

これは個人的な一例に過ぎないけれど、全く同じ経験でなくても、誰しも経験に基づいた主観的な情報の受け止めをしていることに思い当たるはずだ。


「情報」を「知識」にして自分のものにするということは、誰かに与えられたり強要されたりして出来ることではない。

情報を鵜吞みにしてもそれは知識ではないし、有用な情報でもない。

様々なメディアを通して発信される情報に溢れた今の世の中では、それに振り回されないためにも「知識にする」という過程を経ることがとても大切なのだと思う。


あの人がこう言っていた、みんながそう言っている。それは果たして信じるに足る情報なのだろうか。

例え専門家という肩書を持っている人だとしても、たった一人が言う検証されていない言葉を鵜呑みにしてはいけないのが情報というもの。

情報に触れた人が何を根拠に信じれば良いかを明確にすることは、情報を伝える上で重要だし、発信者が負うべき責任の一つだ。


人は自分の信じたいことを信じる。積極的にそれを強化するための情報を集め、否定する情報を排除しようとする。

それはネット上のレコメンドアルゴリズムに限らず、個人単位でも、組織単位でも起こり得ることだ。

このところ続いている再審による冤罪確定のニュースは、警察や検察といった事件当時の捜査機関による身勝手な情報選別の結果を表した一端だと言える。


得た情報を自分の都合に合わせて選別することは、身近なところで常に起きている。

例えば視界や聴覚で捉えている全ての情報を認識することが出来ないように、無意識下でも絶えず起きている情報の選別を、正確性や真実性を完璧に見極めて知識にしようというのは難しい。

それでも、まず必要なのは、自分が持っている情報は無意識に都合よく選別しているかもしれない、偏っているかもしれないと気付くことだ。


知識と情報は等号で結べない。

だからこそ、沢山の情報に触れ、より多くの人の意見を聞くこと、沢山の知識を身に付けることが、単に知識欲を満たすだけでなく、自分や周りの人を守ることにも繋がるだろう。



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