13.囮のデータマイナー
時空密度はこの物語の根幹をなす設定なんですけど、
iフライトとは逆に密度を上げていくと、その時空間内では事象が進まなくなります。
冷凍するよりも品物の長期保存に向いてますよね。
費用対効果は?ですけど。
ラーグリフを含むと四隻となる船団は、ヤシマへの最短ルートを設定し、貨物船に合わせた加速度でペースを上げていった。そして、追跡者などのないことを確認した後のチェックポイントで、iフライトアウトした際にレオンとアリスはプロミオンに移乗した。
懇親会の件はリサが快く引き受けてくれたので、その時点でもううまく行ったも同然だった。大掛かりにはせず、その代わり週一程度、みんなが協力する形で行ってみてはどうか、とのメルファリアからの提案に皆にこやかに賛意を示して一致を見た。もうそれだけで十分だったが、ミッカだけはあとからレオンに直接謝意を伝えてきたので、それは嬉しかった。
「もう俺は、ケガをする予定はないからな」
なんて照れ隠しの強がりを言ってみたりした。
そうしてめでたく一週間後にはささやかなパーティーが開かれて、ちょっとしたご馳走と酒が振舞われ、プロミオンのディープフリーザーからはアリスの作品の幾つかが(保管された期間の長い方から順に)提供された。
先入先出は在庫管理の基本です。
まあ人間ですらコールドスリープできるのだから、チーズケーキやシュークリームなんてわけもなく、出来たてそのままのおいしさで皆に振る舞われた。
そうして和やかな時間が過ぎて料理もスイーツももきれいに平らげられて、皆で後片付けまで行った次の日、やっとスピンクスからの連絡を受け取った。
連絡を受け取ったと思ったら、それはこちらへすぐにでも合流したいとの申し出だった。更には、申し出に対しこちらで検討するまでもなく、スピンクスは姿を現した。十万キロメートル以上離れた宙域から通信を送ってきて、急ぎ伝えたいことがあるとの事なので、メルファリアにもブリッジへとお越し頂いた。
スピンクスのクライアントはメルファリアなので、基本的にエマリー女史は直接メルファリアに話を伝える。そしてエマリーさんはいつもの通り、なんてことなさそうに危機的な状況を伝えてきた。
「同盟側は、どうやらヤル気みたいだよ。姫さんにも気を付けて欲しいからサ、言いに来たんだ」
メルファリアからの依頼を受けて、スピンクスは同盟各国の動向を探っていた。
データマイナー”スピンクス”はメルファリアから格安で提供された船をそのまま、外観に殆ど手を加えることなく使用しているが、それが裏目に出たものかどうか、ランツフォート家の船と誤認識されたようだ。
違法な活動や危険な行為に及んでいた訳ではないが、同盟側に属する国のひとつ、ビョンデム民主主義人民共和国の軍用艦艇が接触してきたのだという。
「あいつら、アタシらが単独でいたから目を付けたんだろうね」
スピンクスからは、遭遇した軍用艦艇の観測データが送られてきたが、シルエットや通信波などのプロファイルから、それはビョンデム宇宙軍の駆逐艦のひとつと判別された。
「当家のことで御迷惑をおかけして、申し訳ありません」
「そんなことないよ。姫さんはちっとも悪くない」
うむ、と一緒に聞いていたみんなが頷く。
「けど、どこへ行くのか、誰が乗っているのか、って回答を要求してきたんだよ。ずいぶんと偉そうにね。誰かを探しているんじゃないかな」
それで、問いかけは無視して速やかにその場から離脱してきたのだそうだ。
ランツフォートの船と認識した上で探ってくるというなら、それは確かに怪しい。
が、それよりもまず聞いておきたいことがレオンにはあった。
「ところでエマリーさん? よく俺たちの位置が正確にわかりましたね?」
「え、……うん、まあ、そりゃあほら、職業柄、ね?」
わざとらしくウインクするあたり、なにか言いにくいことがありそうだ。
少し詳しく聞いてみようかと思ったが、横合いからアリスが、歓迎されざる訪問者の出現を伝えてきた。
「ラーグリフが、先ほど頂いたプロファイルデータに合致する戦闘艦艇の接近を確認しました」
ほぼ同時に、エマリーさんも同じ船を察知したようだ。
「あれ? どうやら追いかけてきたみたいだ。しつこいね」
先方が任務として誰かを探しているのなら、無視して逃げたスピンクスのことを、むしろ怪しんでいるのかもしれない。
メルファリアは心配してエマリーさんに声を掛けるが、
「アタシら逃げるのは得意だからね。なんとかするさ。そっちに迷惑かけないよう、なるべく連れ回してから何処かに逃げ込むよ」
ほぼリアルタイムで会話ができる程度の距離を保ってスピンクスが現れたのは、この状況を考えての事か。
今までやり取りを聞いていただけのデニス船長が、おもむろに口を開いた。
「レオン君、ビョンデムの軍艦が誰を探しているのか確かめたいが、如何か?」
「はい。彼らが何を狙って動いているのか、確かめるべきと思います」
手招きに応じてレオンはキャプテンシートに近づき、小声でいくつかの言葉を交わした。アリスにはすべて聞こえているとは思うけど。
レオンはメルファリアに向き直り、ブリッジのみんなに聞こえるように言った。
「じゃあ、スピンクスにちょっと協力してもらいましょう」
デニス船長からは、船内に戦闘態勢への速やかな移行が通知され、それに伴いノイズ源は動作変動を制限された。メルファリアとリサは自室へと移動して通知に従い、当面の間はシャワーも使用禁止となる。
よりステルス性の低いプロミオンは、アリスの指示でベクターコイルを全停止して、現状のまま慣性航行状態に入る。漂流している、という言い方が適切かもしれない。
「レオン君。ではあちらとのやり取りを頼むよ」
レオンはあてがわれている席のコンソールに手を伸ばし、スピンクスとの音声通信を確立した。
「エマリーさん、そこでそのまま、いわゆる囮になってもらえませんか?」
「あら、ずいぶんひどいことをさらりと言うね? ……いいよ、まさかアタシらを見捨てるなんてことはないんだろう?」
「まさか。そんなことをしたら、我が主に愛想を尽かされてしまいますよ」
「そーだよねー、ふふふ。 ……で、アタシはどうすればいい?」
§
スピンクスは加速も減速もしないまま、格納庫のハッチを開けて作業用アームローダーを繰り出した。何も持たずに船外へ出たアームローダーは、いかにも外装を点検していますというように、セーフティーテザーを曳きながら外殻すれすれにゆっくり動き出す。
演出過剰かとも思うが、接近してくる艦艇に対して油断していると印象付けることはできるだろう。
一方で、いざという時のための準備は粛々と進められた。
アストレイアはステルス状態を維持したまま、ゆっくりと舳先を巡らせて二門の長射程砲の照準を駆逐艦に合わせる。プロミオンは慣性状態のまま距離を取って静的観測だけを続け、ラーグリフと共に精密射撃の補助に回る。
スピンクスを追いかけてきたのはビョンデム宇宙軍の外宇宙航行型駆逐艦で、他には船影を確認できない。同艦艇周辺を精密走査するラーグリフからも、見えているのは一隻だけだ。
「スピンクスの船を単なる貨客船と見なしているでしょうね。あまり警戒せずに近づいてきます」
単独で行動していることから、ビョンデム軍は、艦艇を分散して何かを探している、ということだろう。
「アストレイアが射程内まで近づくには、あとどれ位かかる?」
「一時間程度かな。使わなくて済むならそれで良いけどな」
プロミオンとのデータリンクが問題ないことを確認しつつ、ミッカ・サロネンが答えた。
「緊張するだろうけど、エマリーさん達には我慢してもらおう」
レオンは再びスピンクスとの通信を繋ぎ、いくつかの指示を伝えた。
ビックバン直後の時期に渦巻銀河が形成されていた! とか驚いていますけど、
その渦巻銀河からの光が、途中で時空密度の濃いところを通過して来ただけかもしれませんよ?
と妄想するので、私はジェイムズウェッブ望遠鏡の観測結果に驚きません。
ワクワクしますね。