12.グエン提督の決断
他の星系へと遠征する宇宙艦隊は、本国とのリアルタイムでの連携は取れないわけで、
独自に判断して動かなければなりません。
なので艦隊を率いる司令官には大きな権限があるのです。
いま、ランツフォート艦艇との小競り合いに端を発して、同盟に隣接する国家、エルブリカの近傍では双方とも百余隻の艦艇を揃えて大規模なにらみ合いが続いている。
自前で航路の安全確保がおぼつかぬエルブリカが、海賊対策にとランツフォートを引き入れたのが発端だが、エルブリカを勢力圏に取り込みたい同盟としては看過できず、むしろこれを好機として戦力を動かした。
ただし、ランツフォートとの間で堂々の艦隊決戦を行って雌雄を決するのが目的ではない。同盟にとってこの大げさな動員は演出に過ぎないが、ランツフォートがここまで都合よく動いてくれたのは、意外であった。穏便に事を運ぼうとするだろうとの予想は覆され、むしろこちらの主張を声高に叫ぶのに都合が良い。
つまり、ランツフォートがどう動こうが、同盟側の目的はエルブリカの取り込みでしかない。エルブリカはいま内乱状態に近いが、同国内の民主主義人民共和党を堂々と支援する同盟側がこれだけの大部隊を動員したことで、同国の世論には大きな圧力がかかり、いずれは決着がつくだろう。
だがまだ、こちらに有利なまま決着がつくまでは、いましばらく時間が必要だ。ドラマティックな革命的政変ではなく、プロパガンダの浸透を待ってからの、見かけ上は民主的な政権担当集団の移譲が望ましい。そのためには、この大げさな睨み合いがまだ続いてくれなくては困る。
そして、同盟の一翼たるビョンデムとしてもまた、このにらみ合いには意味がある。エルブリカを勢力下に収めたいとする同盟全体の思惑とは別に、ビョンデムにはもう一つの狙いがあった。
ビョンデム民主主義人民共和国は、同盟に属する五つの共和国のうちの一つだ。そのビョンデムの保持する宇宙軍において、自国の星系外へ遠征することを目的として編成された部隊はひとつだけ。
そもそも国家間の戦争などはしばらくなく、これまで明確な仮想敵国も設定してこなかったビョンデムだが、それでもその編成は戦艦4隻、巡航艦16隻ほか総勢三十余隻とそれなりの陣容ではある。そしてこれは長期間にわたる遠征能力を備え、同盟の総意に基づいた集団的自衛その他のために遣わされる実働部隊と位置づけられる。
そのビョンデム外征艦隊を率いるグエン・ドン・ズァン提督には、命令に諾々と従う真面目な職業軍人、という評がある。同盟という大きな勢力に属する国であり、実戦経験には乏しいものの演習やシミュレーションはそつなくこなすし、情報の収集・分析や外部との折衝などにも、その手腕は評価されている。だからこそ外征艦隊を任されており、同盟軍連合艦隊の一翼を担うに足るとされている。
しかし今、その彼の座乗する外征艦隊旗艦ティエンリーはエルブリカ近傍ではなく、他に幾つもの艦艇を従えて、とある宙域へと向かっていた。その動きは同盟側から伝わる報道内容とは異なっており、ランツフォート側で捉えている情報ともまた違っていた。
iフライト巡航中の司令官室で彼はひとり、自らのフライトプランをホログラム表示で眺めている。
「この現状を見通しておられたのはあのお方だけ。参謀本部も、もう認めざるを得んのではないかな」
独り言ちてゆっくり目を閉じ、膝の上で両手を組む。
「エルブリカを手に入れるため、同盟に対する貢献はできた。こちらとしても、得るべきものを受け取りにいかなくては」
彼は今、自らの得ている情報に従って、或るものの所在を確認しようとしているところだ。自らの指揮下にある艦艇のうちから幾つかを予め先行させてあり、いずれは更なる動きが掴めると思う。一方で、余計な口実さえ与えなければ、ランツフォートの艦隊は睨み合いのまま釘付けになるだろう。
「裏で、ランツフォートはどう動くのか。それもまた、あのお方の見通し通りなのか……」
同盟にとって今回の事態は、ランツフォートに責任を押し付けながらエルブリカへの干渉を強める良い機会となった。そしてビョンデムにとっては、自らの動きを隠す目くらましに丁度良い。
だが、ここで早々にヤシマが関与してくるとなれば、それはまことに都合が悪い。グエン提督自身にとっても、自身が手に入れるべきささやかなご褒美を取りこぼしたくはない。
「私が見立て通りに動ければ、あの方の予測は現実のものとなる。あれを確保するか、若しくはなんとしても先回りせねばならぬな」
可能な限り隠密に、そして迅速に。
§
やがて彼のもとに、先行した別動隊の艦から、確認対象である船のひとつを発見したとの報告がもたらされた。それは定期便ではない貨客船で、商用航路からはやや外れたところを、単独で航行していたようだ。
しかもその船は、こちらからの指示を無視して逃走を図ったとのこと。しかし貨客船であれば、その機動性はたかが知れている。見つけた以上、もはや取り逃がすこともあるまい。
座して続報を待つだけだ。
「逃げたとなると、やはりいたか。さすがあのお方の仰ることに間違いはない」
ランツフォートの動きを阻害できれば、同盟は遠からずエルブリカを勢力圏下に収めることが出来るだろうし、ビョンデムは平和主義のヤシマを出し抜いて係争を有利に進めることが出来よう。
提督はにやりと笑うと、クラシカルな設えのキャビネットに歩み寄り、真鍮製の取っ手に指を掛けた。
「平和主義とはなんとも甘美な言葉よ。戦いを避けるためなら、いくらでも譲歩してくれる。結果的に他国の言いなりであっても、『平和』の名のもとに、それを忘れさせてくれるのだからな」
ガラスの扉を開けて地球産のワインボトルを取り出すと、今となってはその品が特別な逸品であることを象徴するコルク栓を抜く。
「ランツフォートも、ヤシマに倣って平和主義でいてくれるとやりやすいのだがな」
発見の報告があった確認対象船舶のデータを机上に表示させ、その位置を確認する。こちらも急いだつもりだったが、危うく先行を許してしまうところだったかもしれない。であれば、この発見は先行を防ぐ大手柄となろう。
「ランツフォートのパトロール艦艇に手を出させた事からのこの展開といい、あのお方の先を見通す能力には恐れ入る」
先を見通す能力だけではない。世界中の様々な情報を知り、人類をより良き方向へと導いてくれる。
だからこそ、俺はあの方に力添えをさせて頂こうと決めたのだ。
そして、その使徒として役割を与えられたことの喜びは途轍もなく大きい。
「自分の差配で世界が大きく動く、この高揚感は何とも言えぬものだな……」
司令官室には自分一人しかおらぬが、ワイングラスを二個取り出してそれぞれに深紅を注ぐ。
「この私に、世界を揺るがす機会を与えて下さったこと、心より感謝申し上げます」
グラスのひとつを手に取り軽く澄んだ音を立てると、彼はまず香りを堪能してから一口を含む。めったに味わえぬ芳醇をしばし堪能してから名残惜しそうに嚥下すると、その口からは彼にとって言い慣れた言葉が、小さくしかしはっきりと発せられた。
「自然のままに」
ガラス瓶に詰めてコルクで栓をするなんて、地球産のワインぐらいしかやっていないのかもしれません。
輸出するには不都合ばかりなので、釣り合う程のステータス性などが必要になります。




