11.騎士の責務
AIは人に気づきを与える異質の知性である。
って、誰かが言っていました。
その知性は、知識欲を持つと思うんですよね。
だから、人類を根絶やしにしようとは思わない、んじゃないかな、と。
アルラト星系を離れる際には、先に情報収集を依頼していたスピンクスに、メルファリアを通して合流依頼を伝えた。ヤシマへの航程の早い段階でひとまず状況を整理したいと考えたわけだが、スピンクスからはなかなか返信が得られなかった。もともとスピンクスからメルファリアに対して伝えてあったフライトプランならば、速やかに合流できそうなものだったが、情報収集の都合などがあったのだろう。
今回は、ヤシマへの供与品を載せた貨物船を同行させているので、船団の船足はその貨物船次第となる。貨物船ラゴンダ087はプロミオンよりも小さくて小回りは効くが、加速力などはやはりそれなりのものでしかない。そういった事情からも最短となるルートを選択することになるわけだが、もしも同盟側による妨害などが予見できれば、ルートの調整などは早めに対策したいところだ。
「エマリーさん達からの情報に、有用なものがあるといいな」
レオンはプロミオンのブリッジで、キャプテンシートをリクライニングさせて目を閉じていた。寝ているわけではなくて、ナノマシンでアリスと繋がるレオンは、目を閉じて脳裏に様々な情報を映している。
「問題となりそうな事が何もないのが一番ですけどね」
隣に座るアリスは正面を見たまま(それは視線が前にあるというだけの事で)横にいるレオンに応えた。あわただしくなる前にと、レオンの体内バイオデータテレメトリーのチェックを行っているところだ。
「そのまま、あまり体を動かさないでいてください」
レオンの体内で稼働しているナノマシンの数は膨大だが、そのうち一定割合以上が正常であればよい。バイオデータテレメトリーを記録するようになって以来のレオンはいたって健康で、レベル6の高倍率フライトによる悪影響などはこれまでのところ全く見られない。アリスとしては、いよいよレベル7を目指してみたいところだが、今回のフライトでそんな機会が訪れるかどうかはまだわからない。
「ところで、あのヤシマに供与される予定のガンシップシステムは面白いですね。無人でも動かせそうなので、システムに少し手を加えたうえで、ラーグリフにも欲しいです」
ガンシップシステムは無人でも動かせる機能を内包しているが、そのモジュールを現時点では封止してあるようだ。
「なんだよ、もうアクセスしたのか? 覗き見は程々にしろよ」
「大丈夫です。バレないようにしますから」
アリス、というかMAYAなのだろうが、知性体の常として、様々な事をそれこそ何でも知りたがる。まるで、人であれば水や食料を欲するように、事実は事実として、そして虚構も虚構として、貪欲に知りたがる。
「バレないように、か……」
AIは、知るべきことがなくなってしまうと飢えるのかな、なんて妙なことを考えた。
「俺もバレないように覗き見したい」
「レオンの場合、非倫理的に聞こえるので止めてください」
非倫理的なところは即バレた。
「ところで、プロミオンの整備に際して、空っぽだったミサイルセルに規定数の実弾が充填されました」
「そうなんだ」
「そうなんだ、じゃありませんよ。報告書に目を通していないんですか?いざ戦闘となれば、メリットにもデメリットにもなります。そういったことはきちんと確認しておいて下さい」
「はいはい」
「はい、は一回」
いまプロミオンは、その分だけこれまでよりも重くなっている、ということだ。打撃力と戦術の選択肢は増えるだろうが、機動性はどれほど低下するものなのだろうか。ダメージコントロールも動作が変わってくることだろう。
「ですから、レオン? ミサイルはこのまま使用させてもらう、ということで良いですね?」
「いまさら返品するわけにもいかないしな。基本戦術パターンを組み替えておこう」
アリスから要確認データの塊がレオンに押し寄せる。さっき指摘されたばかりなので仕方なく一通り目を通してから、レオンはシートのリクライニングを戻した。ゆっくりとシートから降りて少し背伸びをした後で、まずはギャレーに向かうことにする。
「珈琲を淹れてくる」
「では、なにか茶請けを用意しましょう」
プロミオンでは、コーヒーブレイクにはレオンが自ら珈琲豆を手回しのミルで挽き、カップに注ぐまでを自分でやる。アリスはその様子を眺めているか、でなければ自作のスイーツを用意してくる。茶請けのレパートリーは豊富で、それはそれで大変ありがたいのだが、様々な食材をレオンに与えてテレメトリーの変化を観察する、そういう実験的要素を含んでいるらしい。
レオンを飽きさせないようにと様々な料理を作ってくれるのかと思いきや、裏にはそれなりの理由もあったわけだ。
小休止のあとにアリスが自己メンテナンスに入り、その間にレオンはアームローダーの点検をひと通り済ませた。修理を行った部分を含め、プロミオンが問題なく稼働していることを確かめてから、レオンたちはアストレイアに移動するため連絡艇に乗り込んだ。
§
アストレイアは軌道ステーションからさほど離れない宙域で出発前の準備を整えていて、既に貨物船を受領して従えていた。当面は三隻でヤシマへと向かい、しかるべきタイミングでスピンクスと合流することになるだろう。
「レオン、ちょっといいか?」
アストレイアのブリッジへと着いたばかりのレオンに、ミッカ・サロネンが声をかけた。ヤシマへの供与品を載せた貨物船の船足が想定よりも遅いので、フライトプランを調整したいという相談だった。
比較的小型の貨物船ラゴンダ087にガンシップシステムは積載力上限に近い荷物で、「問題」とまでは言わないが、プロミオンやアストレイアの、文字通り足を引っ張りかねない機動性なのだった。
「じゃあ、テザーで連結して物理的に牽引するか?」
「うーん、連結するには少し重すぎるし、この積載状況では貨物船だけ止まれなくなるな」
ガンシップという軍事に関係する技術情報を含むために船ごとセキュリティが掛けられている関係上、ほかの船に積み替えるのは面倒だし時間もかかる。そもそも賑やかとは言えない惑星ノアのステーションに、載せ替えに適切な別の貨物船が暇を持て余している筈もない。
仕方がないので、フライトプランを調整して日数を追加することになった。メルファさんの意向に沿うには、やはり最短経路を行かざるを得まい。
「今回はどこにも立ち寄らないで行くことになりそうだ。レオンがケガをしてくれることだけが楽しみだよ」
「ふざけんな。ケガをするのは俺じゃなくたっていいじゃないか。っていうか、快気祝いじゃなくてもパーティー開けばいいじゃないか」
「うーん、俺からメルファリア様にパーティーの開催を提案するってのは、ハードルが高いな」
レオンには怪我をしろと言えても、メルファリアに何かをお願いするのは言いにくいらしい。
実のところ、レオンのように気軽にメルファリアに声をかけることができるのは、他にはリサくらいのもの。デニス船長ですら、メルファリアに声を掛けることは多くなく、ましてやパーティーの開催をお願いするなんて、想像できない。
「そうか。……わかった。折を見て俺からそれとなく提案してみるよ」
「おおっ、さっすが騎士様だぜ!」
ばんっと、とミッカが長身に見合う大きな掌でレオンの背中を叩いた。
「こんな時ばっかり様付けやがって」
とはいうものの職場の雰囲気って確かに重要だし、どこへも立ち寄らないということなら尚更、懇親会的なものは皆にも歓迎されると思う。
「そうだ、折角だからリサからメルファさんに具申してもらおう」
乗組員たちがみんな喜んでメルファさんに感謝すること請け合いだ、って言ってみよう。それに、俺から直接話をするよりも、そうしたほうがリサの協力も得られやすいだろう。
フライトプランの調整はミッカからデニス船長に伝えられ、最終的にメルファリアの承認を経て実行に移された。
アストレイアが貨物船ラゴンダ087を引き連れてiフライトへ移行すると、プロミオンに乗るレオンは他に追従する船舶等のないことを確認して、自らも光の先へと進む。さらに、その後を追いかけようとする存在のないことを確認してから、ラーグリフはプロミオンの航跡を辿りiフライトへと移行した。
宇宙船の機動性というか加速力を決めるのは、ベクターコイルの性能と船の質量です。
軍用艦艇は最大出力が大きくなおかつ立ち上がりの早いコイルを装備しています。
運搬船や客船などはやはり、リーズナブルなコイルを装備しているものです。