その21「屋上とお昼ごはん」
ミカヅキ
「にんにん」
そう言って、ミカヅキは目を閉じた。
指を妙な形に組み合わせると、ミカヅキの体が輝いた。
そして、消えた。
タクミに続いて、ミカヅキも心層を離脱した。
ダンジョンのコアルームに、イツキとユニコの2人が残された。
イツキはユニコに声をかけた。
イツキ
「お前、こんなに強かったんだな」
ユニコ
「ほどほどには」
ユニコは謙遜した。
だが、彼女の身体能力は、イツキよりも明らかに高い。
イツキ
「あのときも、俺の助けなんか、要らなかったのかもな」
ユニコ
「まさか」
ユニコ
「マインドボディと現実の体は、違いますよ」
ディープシフターは、現実でも優れた膂力を発揮する。
だが、心層と同等というわけには、いかなかった。
たとえば現実では、心層よりも、マインドパワーの消費が大きい。
ダンジョンで行うような、長時間戦闘は、困難だった。
イツキ
「そうか?」
ユニコ
「はい」
ユニコ
「アマノさん。あなたは私の恩人です」
ユニコはにこりと笑い、イツキに背を向けた。
そして、心層を離脱していった。
イツキ
「……………………」
最後に残されたイツキも、心層を離脱した。
現実世界へと、イツキの意識が戻ってきた。
周囲を見ると、他のパーティの皆も、ダンジョンから戻って来ている様子だった。
それぞれが、ダンジョン攻略の、反省会をしていた。
アンコ
「アマノ。サボってんなよ」
アンコは、イツキの覚醒に気付き、彼に近付いてきた。
イツキ
「見てたんですか」
アンコ
「当たり前だろ? それが仕事だ」
教師のアンコは、現実世界のPCで、生徒の様子をモニター出来る。
アンコはイツキのことを、しっかりと監視していたらしかった。
イツキ
「ソウデスカ」
イツキ
「それじゃ、先生らしく、相談に乗ってもらって良いですか?」
アンコ
「何だ? 珍しいな」
イツキ
「出来れば、2人で話したいんですけど」
アンコ
「もうすぐ昼休みだ。放課後なら良いぞ」
イツキ
「分かりました」
アンコは、イツキから離れていった。
それからすぐに、チャイムが鳴った。
昼休みだ。
イツキたちはリンカーを返却し、特別教室を出た。
ニゾウ
「…………」
廊下には、ニゾウの姿が有った。
タクミ
「ニゾウさん」
タクミがニゾウに声をかけた。
タクミ
「お昼ご飯は、どうするんですか?」
ニゾウ
「お気遣いは無用」
そのとき……。
廊下を、もう一人のニゾウが、走ってきた。
タクミ
「えっ?」
ニゾウ
「…………」
ニゾウがニゾウに、コンビニの袋を2つ、手渡した。
すると……。
どろん。
袋を渡した方のニゾウは、煙と共に消滅した。
タクミ
「ニンj……」
タクミの言葉を、ニゾウが遮った。
ニゾウ
「スキルにござる」
さらに、ミカヅキも言葉を続けた。
ミカヅキ
「タクミどの。ニンジャなんて、この世に存在しないでござるよ」
タクミ
「アッハイ」
ニゾウ
「お前の分だ」
ニゾウは、コンビニの袋を1つ、ミカヅキに渡した。
その中には、食べ物が入っていた。
ミカヅキ
「にん」
イツキ
(2人はコンビニ飯か)
ユニコ
「便利なスキルですね」
ニゾウ
「ドーモでござる」
タクミ
「ニゾウさん、一緒に食べませんか?」
ニゾウ
「場所は、教室でござるか?」
タクミ
「そうですけど」
ニゾウ
「お気持ちだけ、頂いておくでござる」
ニゾウ
「拙者のような者が、教室に居ては、サツバツとしてしまうでござる」
ユニコ
「屋上なんてどうですか?」
イツキ
「屋上?」
ユニコ
「高校では、アウトローは、屋上でランチを取る」
ユニコ
「そう聞きました」
イツキ
「屋上は、鍵かかってるぞ」
ユニコ
「えっ…………」
ユニコの体が、ぴしりと固まった。
イツキ
「そんなにショックか」
ミカヅキ
「拙者に任せるでござる」
ミカヅキ
「拙者に開けられない鍵は、あんまり無いでござるよ」
イツキ
「ニンジャじゃなくて、泥棒だったか」
ミカヅキ
「失礼な! 拙者は立派なニン……」
ミカヅキ
「ボディガードでござる」
イツキ
(言いかけたな)
タクミ
(ニンジャって言おうとしたな?)
ユニコ
(やはりニンジャ?)
イツキたちは、弁当を持って屋上へ向かった。
ミカヅキの宣言通り、鍵はあっさりと開いた。
5人は、青い天蓋の下に立った。
ユニコ
「こんなこともあろうかと、ビニールシートを用意していたのですよ」
そう言って、ユニコはシートを広げていった。
教室で食べるなら、シートなど必要が無い。
彼女は、登校の段階で、屋上のことが頭に有ったらしい。
イツキ
「屋上のこと、好きすぎるだろ」
ユニコ
「それはもう」
皆で、ビニールシートの上に座った。
エンマ兄妹以外の3人が、弁当箱の包みを解いた。
ユニコは楽しそうに、弁当箱の蓋に手をかけた。
ユニコ
「リバースお弁当オープン」
イツキ
「飯がリバースってつまり……」
ユニコ
「アマノさん。何を考えているのですか? 食事時ですよ?」
イツキ
「お前が振ったんだろ」
ユニコ
「冤罪です」
タクミ
「ん……? お前ら、弁当お揃いだな?」
タクミが、イツキたちの弁当を見て、言った。
イツキとユニコの弁当は、内容が一緒だった。
量も変わらない。
唯一の違いは、桜でんぶによるハートマークだった。
イツキ
「ああ。どっちも母さんが作ってるからな」
タクミ
「一緒に住んでるんだったか」
イツキ
「成り行きでな」
タクミ
「俺も成り行きで、女の子と住みてえよ」
イツキ
「羨ましいか?」
タクミ
「イラッ☆」
ミカヅキ
「イツキどののお弁当にだけ、ハートマークが書いてあるでござるな」
ユニコ
「あ……」
ユニコ
「それはその……トラップです」
イツキ
「はい?」
ユニコ
「アマノさんのお弁当に、ハートマークが有ったら、クラスの人たちに弄られるかなと」
ユニコ
「そういう話を、ママさんにしたのですが、実装されてしまったようですね」
イツキ
「お前の仕業だったか」
ユニコ
「下手人は、ママさんですから」
イツキ
「ふむ?」
イツキ
「けど、残念だったな」
イツキ
「弁当を弄られるどころか、俺はクラスでハブられてる」
イツキ
「俺の弁当を気にするクラスメイトなど、居ないということだ」
イツキ
「フフン」
イツキは勝ち誇ってみせた。
ユニコ
「ぼっち力の勝利ということですね」
ミカヅキ
「おいたわしや……」
ミカヅキ
「せっかくなので、拙者が弄ってあげるのでござる」
ミカヅキ
「ヒューヒュー。こいつカノジョに弁当作ってもらってるのでござる~」
ユニコ
「…………」
ユニコは俯いた。
頬が赤くなっていた。
イツキは、それに気付かなかった。
彼の視線は、ミカヅキに向けられていた。
イツキ
「人の弁当を馬鹿にすると、ノガミが怒るぞ」
ユニコ
「……そうなのですか?」
タクミ
「別に。俺の弁当じゃねえし」
イツキ
「ダブスタかよ」
楽しい昼食が終わった。
イツキたちは教室に戻り、午後の授業を受けた。
やがて、放課後になった。
タクミ
「イツキ。今日こそ一緒に帰るぞ」
イツキが帰り支度を整えると、タクミが声をかけてきた。
イツキ
「悪い。今日は掃除当番でな」
タクミ
「そんなもん、ウチにはねえよ」
トウケン高校の掃除は、業者が行っていた。
掃除当番という制度は、存在しなかった。
ユニコ
「えっ? ソウナンですか?」
ユニコはなぜか、残念そうに言った。
普通の学生らしい行為に、憧れていたのかもしれない。
タクミ
「良いから行くぞ」
イツキ
「今日は、職員室に用事が有るんだ。一人で帰れ」
タクミ
「ああ。アンコ先生と何か話してたな」
タクミ
「まあ、終わるまで待ってるよ」
イツキ
「お前、俺と一緒に帰らないと、死ぬのかよ?」
ユニコ
「アマノさん」
ユニコ
「私も、先に帰っていた方が、良いでしょうか……?」
イツキ
「いや。すぐに終わるから、待っててくれ」
タクミ
「ダブスタかよ」
イツキ
「ダブスタだよ」
イツキは席を立った。
そして廊下に出て、職員室へと向かった。
イツキ
「失礼します」
イツキは職員室へ、足を踏み入れた。
そして、アンコを探した。
職員室内には、教師用の机が、何列かに分けて、並べられていた。
廊下側の列に、アンコの姿が有った。
アンコは自分の机で、ノートPCと向き合っていた。
姿を発見すると、イツキはアンコへと近付いていった。
そして、すぐソバまで来ると、口を開いた。
イツキ
「先生」
イツキが声をかけると、アンコはイツキを見た。
アンコ
「ああ。来たかアマノ」
イツキ
「何やってるんですか?」
アンコ
「お仕事だよ」
アンコ
「毎週月曜日に、ダンジョンでの動きを評価したプリントを、配ってるだろ? あれだよ」
イツキ
「ああ……」
イツキ
「俺は、読まずに捨ててますけど」
アンコ
「読めよ!?」
イツキ
「劣等生で、ホントすいません」
アンコ
「けっこう頭使うんだからな?」
アンコ
「お前が私の生徒じゃなくて、命の恩人じゃなかったら、ブン殴ってるところだ」
イツキ
「良かった。分厚い2つの壁に守られてて」
アンコ
「それで、用ってのは?」
イツキ
「ノガミのことです」
アンコ
「へぇ……」
アンコは微笑んだ。
それを見て、イツキは少し、居心地が悪くなった。
イツキ
「……何ですか?」
アンコ
「あのアマノが、クラスメイトのために動くようになったか」