その12「タクミと変化」
翌朝。
アマノ家のマンション。
ユニコはアマノ一家と共に、朝食をとっていた。
素朴な和食が、卓上に並べられていた。
ユニコ
(美男美女が、みそ汁を啜っている……)
ユニコ
(何なのでしょうか? この空間は)
ヤーコフ
「ヒメ。ユーリ」
ヤーコフが、子供たちに声をかけた。
ユーリ
「何?」
ヤーコフ
「今日は俺が、二人を学校まで送っていくからな」
アキヒメ
「えっ? 嫌だけど」
ヤーコフ
「ワガママ言うな。お前まだ、拳銃の弾とか防げないだろ?」
アキヒメ
「普通は防げないと思うけど……」
ヤーコフ
「とにかく、決定事項だから」
ユーリ
「はーい」
渋るアキヒメとは違い、ユーリは素直に快諾した。
アキヒメ
「待って。帰りは?」
ヤーコフ
「当然、帰りも迎えに行くぞ」
アキヒメ
「うげぇ……」
ユーリ
「とーちゃん、仕事は良いの?」
ヤーコフ
「職場に事情を話して、しばらくは在宅ワークにしてもらった」
ユニコ
「……すいません。私のせいで」
ヤーコフ
「気にすんな」
ヤーコフ
「おかげでナツキと、イチャイチャ出来るしな」
ナツキ
「うふふ」
イツキ
「暑苦しい……」
イツキ
「って言うか、俺はいつも通りなのか?」
ヤーコフ
「送って欲しいのか? 良いぞ。パーパが送り迎えしてやろう」
イツキ
「……いらねえ」
ヤーコフ
「そうか」
ヤーコフ
「コカゲを、持っていって良いぞ」
イツキ
「良いのかよ?」
コカゲは真剣だ。
当然、夢魔だけでは無く、人も斬れる。
平時に町中で、持ち歩くような物では無かった。
ヤーコフ
「一応。念のためな」
イツキ
「……分かった」
ヤーコフ
「金欠児童に、見せびらかすなよ」
オリハルコンは、高価だ。
しかるべき場所で、コカゲを売れば、家の1軒や2軒は、余裕で建つだろう。
迂闊に人に見せれば、欲望を刺激してしまう筈だった。
イツキ
「分かってるよ」
ヤーコフ
「良し」
……。
イツキたちは、朝食を終えた。
それぞれが、通学の用意を整えた。
用意が終わると、イツキたちは玄関へ向かった。
イツキは肩にスクールバッグをひっかけ、背にはコカゲを背負っていた。
ナツキ
「行ってらっしゃい。皆」
家を出ようとするイツキたちを、ナツキが見送った。
ヤーコフ+イツキ+アキヒメ+ユーリ
「「「「行ってきます」」」」
アマノ一家が、ナツキに答えた。
ノリが分からないユニコは、ナツキの後ろから、それを黙って見ていた。
ユニコ
「…………」
ナツキ
「ユニコちゃんも」
ユニコ
「ええと……」
ユニコ
「……行ってらっしゃい」
ヤーコフ+イツキ+アキヒメ+ユーリ
「「「「行ってきます」」」」
イツキたちは、同時にユニコに答えた。
息が合っていた。
家族であれば、これくらいは当然なのだろうか。
記憶の無いユニコには、分からなかった。
ユニコ
「…………」
イツキは、ユニコに背を向けた。
ユニコはイツキの背に、声をかけた。
ユニコ
「アマノさん」
イツキ
「ん?」
ユニコ
「あまり、自分を卑下しないで下さい」
イツキ
「いきなり何?」
ユニコ
「アマノさんは、負け犬じゃ無いですから」
イツキ
「俺は……」
ユニコ
「胸を張って。ファイトです」
ユニコはイツキに向かって、右拳を伸ばした。
イツキ
「ん……」
イツキには、ユニコの意図が読めなかった。
だが、嫌な気分では無かった。
心が暖かくなるような気がした。
イツキ
「ファイトな」
イツキはユニコに、拳を伸ばした。
そして、照れくさそうに、微笑んだ。
イツキ
「んじゃ」
イツキは、笑みを消せないままに、再びユニコに背を向けた。
アキヒメ
「…………」
イツキは最初に、玄関を出た。
その後に、アキヒメとユーリが続いた。
ヤーコフは、ナツキにお出かけのキスをして、最後に玄関を出た。
一行は、同じエレベーターに乗り、オートロックを抜けた。
マンションを出ると、イツキは、ヤーコフたち3人と別れた。
ヤーコフたちは、マンションの駐車場に向かった。
イツキは徒歩で、歩道を歩いた。
寄り道はせず、学校へ向かった。
そして、何事も無く、トウケン高校へとたどり着いた。
下駄箱で、上履きに履きかえ、1年5組の教室へ向かった。
教室前に来ると、扉を開き、中へと入った。
「…………」
教室内には既に、クラスメイトの半数が、登校して来ていた。
ダンジョン科に通うため、電車通学している者も少なくない。
そういう生徒は、徒歩の生徒よりも、早く通学する傾向が有った。
クラスメイトは、一瞬だけイツキを見て、すぐに視線を逸らした。
イツキ
「おはよう」
イツキは、クラスメイトたちに挨拶をした。
イツキにとって、挨拶したくなるような連中では、無い。
だが、アイサツを怠るようなシツレイはするなと、ヤーコフから強く言われていた。
気にくわない連中が相手でも、一応は挨拶をすることに決めていた。
「……………………」
返答は無かった。
いつものことだ。
イツキは無表情で、自分の席へ向かった。
最後列。
左から2列目。
それがイツキの席だった。
イツキの席の、左側は、空きスペースになっていた。
隣接しているのは、前方と右側の席だけ。
嫌われ者のイツキにとっては、気楽な部類の席だった。
イツキはカバンを、机の右側のフックに、ひっかけた。
そして、コカゲが入った袋を、左側にかけた。
袋の下側が地面についたが、仕方がないと諦めることにした。
タクミ
「おはよう」
イツキから少し遅れて、タクミが教室に入ってきた。
「「「おはよう」」」
タクミに対して、いくつもの返事が有った。
タクミは、教室最前列の、自分の席に向かった。
そしてカバンを、机の隣にかけた。
カバンを置いたタクミは、イツキの方を向いた。
2人の目が合った。
偶然だろうか。
最初、イツキはそう思った。
だが、タクミは大股で、イツキの方へと歩いてきた。
タクミ
「アマノ」
タクミがイツキに、声をかけてきた。
それに気付いたクラスメイトが、意外そうにタクミを見た。
イツキ
「おはよう。ノガミ」
タクミ
「……おはよう」
イツキ
「何の用だ?」
タクミ
「それは……」
タクミが何かを、言いかけたとき……。
タクミの視線が、コカゲの包みに向いた。
タクミ
「お前……その長い包みは何だ?」
イツキ
「木刀だ。護身用のな」
イツキは嘘をついた。
貴重品を持ち歩いていることを、クラスメイトに知らせるつもりは無かった。
それに、学校に刀など、物騒だとも思った。
タクミ
「護身用?」
イツキ
「知らないのか? 昨日この辺で、発砲事件が有ったんだぞ」
タクミ
「ああ。ニュースで言ってたな」
タクミ
「けど、犯人は捕まったんだろ?」
イツキ
「まあな」
タクミ
「…………?」
イツキ
「そんなことが聞きたかったのか?」
タクミ
「いや……」
タクミ
「実はな。アマノ……」
イチロー
「タクミ」
クラスメイトの、マツイ=イチローが、タクミに声をかけてきた。
タクミ
「イチロー……」
イツキ
(マツイ……)
イツキ
(マツイは確か、ノガミとパーティを組んでたな)
イチロー
「ダン無しなんかと、何話してるんだよ」
イチローは、イツキと話すタクミを、咎めに来たらしかった。
タクミ
「丁度良い。聞いてくれ」
イツキ
「…………?」
タクミ
「今度のダンジョン実習……」
タクミ
「俺はアマノと、パーティを組む」
イチロー
「えっ?」
「何?」
「どういうこと?」
「ナンデ?」
その言葉は、皆の想像を超えていた。
教室内は、騒然となった。
タクミはそれを気にせず、イツキに笑みを向けた。
タクミ
「そういうわけだ。頼んだぜ。アマノ」
イツキ
「えっ? 嫌だけど」
タクミ
「えっ?」
イツキ
「何を意外そうな顔してんだ?」
イツキ
「今まで散々、無視だの、陰口だのとされてきて……」
イツキ
「いまさら楽しく、パーティを組みましょうねなんて、なるワケ無いだろ?」
イチロー
「何だその態度は!」
イツキ
「こっちのセリフだ」
イツキ
「ダンジョン無し相手になら、何をしても良いって思ってるのか?」
イツキ
(人以下かよ。俺は)
イチロー
「悪いかよ……!」
イツキ
「お前らが、俺を嫌いなのは分かるさ」
イツキ
「俺はダンジョン無しだし、お前たちとは、目指してるところが違う」
イツキ
「お前たちは、上位クラスを目指してて、俺は中央に行きたいだけ」
イツキ
「必死でやってるお前たちに対して、無気力な俺は、さぞかし目障りに映るんだろう」
イツキ
「好きなだけ嫌えば良い。陰口くらいは放っといてやる。けど……」
イツキ
「俺のやり方に干渉するってんなら、それなりの対応はさせてもらう」
イチロー
「やってみろよ……!」
ダンジョン無しにだけは、舐められるわけにはいかない。
そんな風に考える者は、少なくは無い。
イチローは、イツキに詰め寄ろうとした。
だが、タクミの腕が、イチローを止めた。
タクミ
「止めろ」
イチロー
「タクミ……!」
タクミ
「もし、暴力事件でも起こしてみろ……」
タクミ
「評価に傷がついたら、4組に行くなんて、夢のまた夢だぞ」
トウケン高校には、ダンジョン科のクラスが、2つ有る。
4組と5組。
4組は、成績優秀な者たちが集められる、上級クラスと言われていた。
同じダンジョン科でも、4組と5組では、待遇が違う。
4組はエリートで、5組は凡人。
それが皆の、共通認識だった。
5組で、優秀な成績をおさめた者は、4組に行くチャンスが得られる。
5組のほとんどの生徒が、4組行きを望んでいた。
だが、そうそう上手くは行かない。
それが現実だった。
イチロー
「ッ……」
イチローの戦意がひいた。
タクミはイツキに向き直った。
タクミ
「アマノ……」
タクミ
「今まで悪かった。この通りだ」
タクミは深く、頭を下げた。
タクミ
「どうか、俺とパーティを組んで欲しい」
イツキ
「悪いが、嫌だ」
頭を下げられようが、イツキの意見は変わらなかった。
イツキが受けてきた扱いは、この程度で許せるようなものでは無い。
そして、何よりも、イツキはタクミに興味が無かった。
眼前のコイツがどうなろうが、何の関心もない。
そう思っていた。
タクミ
「……そうか」
タクミは頭を上げた。
ダンジョン無しに、媚びを売るタクミを、イチローは呆然と見た。
イチロー
「どうしちまったんだよタクミ……」
タクミ
「…………」
タクミ
「俺は4組に行きたい。それだけだ」
そう言い残して、タクミは、自分の席に戻っていった。
教室に、気まずい空気が残った。
……。
教室の空気など関係無く、授業は進んだ。
そして、ダンジョン実習の時間がやって来た。
特別教育に、イツキたち、1年5組の姿が有った。
アンコ
「それじゃ、パーティを組んでくれ」
いつものように、アンコはそう言った。
そして……。
アンコ
「それとアマノは、ノガミとパーティを組むように」
突然に、そう付け加えた。
イツキ
「えっ!?」
イチロー
「…………!」
イツキの表情が驚きに、イチローの表情が怒りに染まった。
タクミ
「っし!」
タクミは小さくガッツポーズをした。
イツキ
「嫌ですけど?」
イツキはすぐにそう言った。
アンコ
「悪いが、却下は認めない」
アンコ
「お前に、私のダンジョンを使わせたのは、お前と組みたがる者が、居なかったからだ」
アンコ
「無理に、嫌がる者同士で組ませれば、連携を損なうからな」
アンコ
「志望者が出たからには、特例を認めるわけにはいかない」
イツキ
「いやいや。ダンジョン攻略は、3人以上がセオリーです」
イツキ
「2人パーティとか、有り得ないでしょう?」
イツキ
「ノガミくんが、カワイソーだと思いますけど?」
アンコ
「1人で潜ってたお前は、カワイソーじゃ無いのか?」
イツキ
「む……」
イツキ
「俺は、好きでやってますから」
アンコ
「ノガミも、好きでお前と潜りたいそうだ。良かったな」
女子の中に、キャーと声を上げる者が居た。
イツキ
(キャーって何だ?)
イツキには分からなかった。
イツキ
「…………」
タクミ
「悪いな。アマノ」
タクミは微笑みながら、イツキの肩をポンと叩いた。