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その10「致命打とイツキの体質」




ユニコ

「そんなこと言ってる場合じゃ……」


イツキ

「良いから黙って見てろ。出来ないなら帰れ」



 イツキはきつい口調で言った。


 ……これまでは優しかったのに。


 ユニコは少し、腹を立てた。



ユニコ

「~~っ! 好きにして下さい!」


イツキ

「そうするさ」



 そう言って、イツキは戦闘を継続した。


 ひたすらの攻め。


 それがイツキの戦闘スタイルだった。


 前へ、前へ。


 刀の鋭利さを活かし、もう1本の前脚も切断した。



夢魔

「…………!」



 前脚を2本とも失い、夢魔の体が崩れた。


 夢魔の腹が、地面についた。



イツキ

(今だ……!)



 隙を見て、イツキは一気に距離を詰めた。


 夢魔は、鋭い口で、イツキを突こうとした。


 イツキはそれを、刀で受け流した。


 夢魔の口が、地面に突き刺さった。


 隙が生まれた。


 致命の隙だ。


 イツキの刀が、夢魔の首に伸びた。


 クリティカルヒット。


 葉茎菜類を断つような容易さで、夢魔の頭部が切り離された。


 夢魔の頭が、ダンジョン頂上に転がった。



イツキ

「ふぅ……」



 イツキは、大きく息を吐いた。


 マインドボディに、呼吸は必要ない。


 現実の習慣を、なぞっただけだった。


 イツキはちらりと、ユニコを見た。


 彼女の視線は、ずっとイツキに向けられていた。



イツキ

(どうして見る? 見たら何だ? つまらんだろうに)


イツキ

(なんか、気が休まらんな)



 イツキは観戦者の存在に、気恥ずかしさを感じていた。


 そのとき……。



夢魔

「…………」



 ぎろり。


 転がった夢魔の頭部が、イツキの方を向いた。


 頭部は、イツキの側方に有った。


 イツキにとっての死角だった。



ユニコ

「アマノさん! まだ生きてます!」



 ユニコは慌てて叫んだ。



イツキ

「…………!」



 普段なら、気付けていたはずだ。


 夢魔が攻撃する時は、必ず殺気が生じる。


 精神を研ぎ澄ませていれば、それを感じ取れたはず。


 だが、気が抜けていて、殺気を探知出来なかった。


 イツキは1拍遅れ、夢魔の頭部へ向き直った。


 達人の動きでは無い。


 凡愚の反応だった。



夢魔

「ギシュッ!」



 蚊にそっくりの口から、黒い体液が噴き出された。


 イツキの回避は間に合わなかった。


 防御も。


 投げ槍のように伸びたそれは、イツキの腹部を直撃した。


 イツキの体が、高く宙を舞った。



イツキ

(残心を怠った……!)


イツキ

(バカヤロウが……!)



 最後の力を振り絞った夢魔は、光を放ち、消滅していく。



ユニコ

「アマノさん……!」



 弾き飛ばれたイツキは、ダンジョン頂上から押し出された。


 足場が消えた。


 マインドボディであっても、重力の影響は受ける。


 落ちていく。


 遥か地上へと。


 下へ、下へ。


 さらに下へ。


 そして……。



イツキ

「がっ!?」



 鈍い音と共に、イツキの体が地面を叩いた。



イツキ

「……………………」



 奈落の底で、イツキは沈黙した。



ユニコ

「…………!」



 ユニコはルーに、跳び乗った。


 ルーの体が、淡い光を放った。


 ルーは、ユニコを乗せたまま、浮かび上がった。


 そのまま、イツキの方へと舞い降りていった。


 ルーが地上に着地した。


 すぐさま、ユニコはルーから飛び降りた。


 ユニコは、イツキの隣へと駆けた。



イツキ

「……………………」


ユニコ

「アマノさん……」



 イツキは動かなかった。


 ユニコは愕然と、倒れたイツキを見下ろした。



ユニコ

「出会ったばかりなのに……こんな……」



 ユニコは悲嘆に暮れた。



イツキ

「あぁ……いてぇ……」



 突然に、イツキは口を開いた。



ユニコ

「アマノさん!?」



 ユニコは驚愕し、1歩跳び下がった。



イツキ

「油断した……」



 イツキはふらふらと立ち上がった。



ユニコ

「あの高さから落ちて、どうして生きているんですか!?」


ユニコ

「あっ、ひょっとして、リンカーが特別製なんですか?」


イツキ

「いや。リンカーは外してるし」


ユニコ

「えっ、何してはるんですかこの人……」


イツキ

「生まれつき、体が頑丈なんだよ。俺」


ユニコ

「そんなバカな……」


イツキ

「それより、その猫って、人を乗せて飛べるのか? 便利だな」


ユニコ

「そうですね。心層限定ですけど」


イツキ

「そうなのか?」


ユニコ

「現実だと、エネルギーが足りないみたいで」


イツキ

「ふ~ん?」


イツキ

「上に戻りたいんだが。頼めるか?」


ユニコ

「なんだか釈然としませんけど、分かりました」



 そう言うと、ユニコはルーに跨った。



ユニコ

「さあ、後ろにどうぞ」


イツキ

「どうも」



 イツキは、ユニコの後ろに跨った。



ルー

「みゃー」



 ルーの体が浮かび上がった。


 ルーは、ヤーコフのダンジョンの頂上まで、飛翔した。



イツキ

「助かった」



 ルーから降りると、イツキはユニコに礼を言った。



イツキ

(まあ、一回心層から離脱して、入りなおせば良かったんだが)


ユニコ

「どういたしまして」


イツキ

「猫も、ありがとな」


ルー

「みゃあ」


ユニコ

「猫では無くて、ルーですよ」


イツキ

「そうか。ルー」


ルー

「みゃ」


イツキ

「さて……」



 イツキは、再び手首を切った。


 そして、追加のマインドブラッドを、垂れ流した。



ユニコ

「またですか」



 ユニコは顔をしかめた。


 イツキはリストカットに慣れているらしい。


 死ぬような事は無いのだろう。


 だが、人の自傷行為など、見ていて楽しいものでは無かった。



イツキ

「マインドブラッドは、蒸発しやすいからな」


イツキ

「ちょくちょく追加しないと、すぐに無くなってしまう」


ユニコ

「……そもそも、どうしてこんな事をしてるんですか」


イツキ

「1つは、強くなるためだ」


ユニコ

「強く?」


イツキ

「心層の獣が死ぬとき、力が放出される」


イツキ

「その力を吸うと、マインドボディが強化されるんだ」


ユニコ

「知ってますけど、それって、ほんの少しですよね?」


ユニコ

「そんな回りくどいことをするより、ダンジョンに……」



 そう言いかけて、ユニコは自身の失言に気付いた。



ユニコ

「あっ……」



 イツキには、ダンジョンが無い。



イツキ

「ヒメから聞いたのか? 俺のこと」


ユニコ

「まあ」


ユニコ

「というか、有名人ですよね? アマノさん」


ユニコ

「世界でただ一人、ダンジョンを持たない少年」


ユニコ

「世界中で、ニュースになったらしいですね」


イツキ

「割と物知りだな? 記憶喪失のくせに」


ユニコ

「出自が分からないだけで、施設に居た頃の記憶は、有りますからね」


イツキ

「施設?」


ユニコ

「とある施設」


ユニコ

「私はそこで、実験体でした」


イツキ

「…………!」


イツキ

(亜人の人体実験……!?)



 イツキは内心でショックを受けながら、平静を装って会話を続けた。



イツキ

「お前、どこから来たんだ?」


ユニコ

「分かりません」


ユニコ

「今まで施設からは、1度も出して貰えませんでしたからね」


ユニコ

「移送のため、今日はじめて、施設から出ました」


ユニコ

「空気穴しか無い、輸送コンテナに入れられて」


ユニコ

「移動の隙に、コンテナを破壊して、脱出したというわけです」


イツキ

「……っ」


イツキ

「……守ってやる」


イツキ

「俺たちが、もう二度と、お前を実験体になんてさせない」


ユニコ

「あ……」


ユニコ

「ありがとうございます」


イツキ

「それはそれとして」


ユニコ

「はい」


イツキ

「お前、邪魔なんだが」


ユニコ

「えっ?」


イツキ

「ハーフシフトにしろって言ったのに、ノーマルで来やがって」


イツキ

「気が散る。戦いの邪魔でしか無い」


ユニコ

「…………」



 ユニコの表情が、一気にフキゲン色に染まった。



ユニコ

「邪魔で悪かったですね」


ユニコ

「さよなら」



 ユニコはイツキに背を向けた。


 そして、そのまま離脱していった。



ルー

「みゃあ」



 ユニコを傷つけたイツキを、ルーがジト目で見た。



イツキ

「いや……」


イツキ

「言葉キツかったけどさ、こっちも真面目にやってんだよ」


イツキ

「1体でも多く夢魔を倒す。そう決めてるんだ」


イツキ

「邪魔はしないでくれ。頼む」


ルー

「みゃあ」



 ルーは、頂上の端に移動した。



イツキ

「どうも」


イツキ

(気が散るってのは、半分は八つ当たりだけどな)


イツキ

(誰が隣に居ても、心が乱されないくらい、俺が強ければ良いんだ)


イツキ

(俺は……まだ弱い)



 イツキは空を見上げた。



イツキ

(次が来たな)



 新手の夢魔を、イツキの視界が捉えた。




 ……。




 それから40分が経過した。



ユニコ

「…………」


イツキ

「お……」



 ユニコが再び、心層に現れた。


 その姿は、半透明になっていた。


 ハーフシフトだった。


 普段着から着替え、パジャマ姿になっていた。



イツキ

「また来たのか」


イツキ

(怒らせたかと思ったが)


ユニコ

「文句有ります? ちゃんとハーフシフトにしてますけど」


イツキ

「……邪魔にならないなら、良い」


ユニコ

「はい」


イツキ

「……パジャマか?」


ユニコ

「はい。お風呂に入ったので、ママさんから借りました」


ユニコ

「妹さんのは、ちょっとむ……サイズが合わなかったので」



 ユニコはすらりとした四肢をしているが、胸は大きい。


 アキヒメの尊厳を守るため、ユニコは表現を言い換えた。



イツキ

(あいつ貧乳だからな)


イツキ

(いや……。ユニコが大きいだけか?)


ユニコ

「似合いますか?」



 そう言って、ユニコはくるくると回った。



イツキ

(知ってるぞ。『似合ってる』以外の選択肢がないヤツだろ)


イツキ

「そうだな。似合ってると思うぞ」


ユニコ

「ありがとうございます」



 ユニコはうれしそうに微笑んだ。




 ……。




 イツキは夢魔との戦闘を続けた。



夢魔

「グオオオオオォォッ!」



 雄叫び。


 ケンタウロスをおぞましくしたようなバケモノが、イツキの周囲を走り回っていた。



イツキ

「うるさい上に、ウロチョロしやがって……!」



 イツキは駆けた。


 強引に、夢魔の進路に走り込んだ。


 速度の乗った夢魔の体が、イツキにブチ当たった。



イツキ

「ぐっ……!」



 イツキは跳ね飛ばされ、地面に転がった。


 夢魔はそれを、好機と見たらしい。



夢魔

「グォゥ!」



 夢魔は、イツキに追撃をしかけた。


 夢魔の馬脚が、イツキを踏みつけた。


 2度、3度、4度。



ユニコ

「アマノさん……!」



 痛々しい光景に、ユニコは思わず声を上げた。



イツキ

「大丈夫だ」



 イツキは踏みつけられながら、刀を振った。


 刃が、夢魔の脚を撫でた。


 コカゲの切れ味なら、それだけでも、傷を負わせるのに十分だった。



夢魔

「グゥ!?」



 脚に傷を負わされ、夢魔は下がった。


 イツキは平然と立ち上がった。



イツキ

「俺は頑丈だからな……!」



 脚を負傷した夢魔に、怯みが見えた。


 好機と見て、イツキは斬りかかった。



夢魔

「…………!」



 夢魔は動けなかった。


 鋭利なオリハルコンが、夢魔の胴を裂いた。


 夢魔は絶命し、消滅していった。



イツキ

「ふぅ……」



 いつもの癖で、イツキは息を吐いた。



ユニコ

「アマノさん……」



 ユニコはイツキに駆け寄った。



ユニコ

「お体は大丈夫なのですか?」


イツキ

「見ての通りだ」



 イツキは無傷だった。


 手首の自傷痕すら、既に無くなっていた。



ユニコ

「その、異常に頑丈な体……」


ユニコ

「それがあなたの、マインドスキルというわけですか」


イツキ

「まあ、そうなんだろうさ」


イツキ

「常時発動型だから、あんまりスキルって実感も無いけどな」


ユニコ

「凄まじい力ですね」


イツキ

「んー。ありがと?」



 言いながら、イツキは手首を切った。


 そして、血をばらまいた。



ユニコ

「あれだけ頑丈なのに、オリハルコンだと傷を負うのですね」


イツキ

「まあ、オリハルコンだからな」


ユニコ

「ですね」



 オリハルコンであれば、何を出来てもおかしくはない。


 2人の間には、そういう共通認識が有った。

 


ユニコ

「いつまで続けるのですか?」


イツキ

「寝る時間まで」


ユニコ

「ずっとこのようなことを?」


イツキ

「ああ……」


イツキ

「5年くらい前から、ずっと」





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