みんな、待ってろよ
大量の荷を積んだ馬車が正門前の広場に列をなしていた。
王都ゼルンから辺境都市レニゴールへ向かう予定の隊商である。
両都市を結ぶ街道には道中に多数のモンスターが生息しているため、大規模な隊商を組織しないと安全に行き来ができない。
隊商は月に一、二度の頻度で両都市間を往復し、毎回二十台以上の馬車に三十名近くの護衛がつく。便乗する旅人も含めれば、百人を超える大所帯となる。
ゴウテン商会の現商会長であるトクゲンは、大規模隊商を安定的に組織、運営することで、王国内の物流を一手に担うまでに商会を成長させたのだという。
出発を目前に控え、馬車の周囲では商会員と思しき人たちがせわしなく動き回っている。
少し離れた場所でその様子を眺めていたライザールは、ふいに冷たいものが鼻に触れ、思わず空を見上げた。
風の中に白いものがちらついている。手を伸ばすと、それはすぐに溶けて小さな染みを手袋に作った。
「初雪、今年は早いね」
隣にいる少女――マイラが同じように空を見上げながら言った。
「そうだっけ? 去年の初雪がいつだったかなんて覚えてないや」
言いながら、ライザールは手袋をズボンにこすりつける。
「私はちゃんと覚えてるわ。去年は十二月の頭だったから、一月近く早いわね」
「さすが行商人の娘」
マイラの父親は行商人で、彼女も幼いころから各地を旅しながら育ったため、天気の良し悪しに敏感なのだ。
「この感じだと、北はもっと降ってるかも」
「うへぇ……」
「ひょっとして、早まったかもって思ってない?」
「別に思ってないよ」ライザールは苦笑する。「これから冒険者としてやっていくんだから雪くらいで萎えてられないって」
ライザールの言葉に、マイラは少し寂しそうに目を伏せた。
「ねぇ、せめて春まで待っても良かったんじゃない? こんな急になんて……」
「俺も最初はそうするつもりだったんだけど、気が変わった」
「どうして?」
「なんていうか、じっとしていられなくなったんだ」
ライザールは言いながら、レニゴールの街がある北東の空を見つめる。
想いを馳せるのは、二年前に共に戦った冒険者達のこと。
カイル、リアム、ダイアナ、ヨネサン、シェルファ……。
彼らと共に過ごした時間はとても短いものだったが、今でも心の中で鮮烈な記憶として輝きを放ち続けている。
あれからカイル達とは会っていない。
ただ、近況についてはマイラがダイアナと手紙のやり取りをしていることもあって、よく話を聞かされていた。というよりも、カイルのパーティ――『レニゴールの絶対守護者』は、今や王国屈指の冒険者パーティとなっていて、その活躍ぶりを耳にしない日はないくらいだった。
……冒険者になると決めたあの日、ライザールは魔法学校を辞めて、すぐにでも冒険者になろうとした。実際、別れ際にカイルに「パーティに正式に加入したい」と申し出たくらいである。
むろん、カイルは首を縦には振らなかった。パーティ加入は一時的なものであって、ライザールはあくまでも保護対象なのだから当然の反応だろう。
なおも食い下がろうとするライザールに向かって、カイルは言った。
「焦って決める必要はないさ。俺が冒険者になったのは十五の時だしね。その年齢になってもまだ冒険者になりたいと思ったなら、その時にあらためて言ってくればいい」
「そしたらパーティに入れてくれる?」
「ああ。ただし、ひとつだけ条件がある」
「条件?」
「ラスティン氏の言うことを聞いて、ちゃんと魔法学校を卒業するんだ。それがパーティ加入の必須条件だ。一時の情熱だけで続けられるほど冒険者は甘くない。本気でなりたいなら、それくらいはできるはずだ」
ライザールはその条件を受け入れ、ラスティンのもとへ戻った。
本気で冒険者を目指すため、それまで以上に魔法の習得や勉学に励んだ。
そして入学からわずか三年足らずで、卒業に必要な単位と技能をすべて取得し終えた。魔法学校史上最速だという。生まれ持った才能に加え、七歳の頃からラスティンに厳しく鍛えられてきたのだから順当な結果ではあった。
王立魔法学校は卒業に必要な単位さえ取得していれば、いつでも好きな時に卒業できる。多くの生徒が春に卒業するのは、王宮魔法士の採用に合わせることが慣例となっているからだ。
ライザールもその慣例に倣って、卒業までの時間をさらなる実力向上に当てるつもりだった。
事情が変わったのは数か月前のことだ。
カイルのパーティが、霜の巨人ガジールを撃退したというニュースが王都で話題になったのである。
ライザールは当初こそ彼らの活躍を喜んだ。
だが、その喜びはすぐに悔しさに取って代わった。
もし自分がその場にいたら『撃退』ではなく『討伐』になっていたはずだ。
そう考えたら、とても春までなんて待っていられなかった。
だからマイラに頼んで、急遽レニゴール行きの隊商に同行させてもらうことになったのである。
「――ところで、ラスティンおじさまは? やっぱり見送りには来られないの?」
マイラの問いかけに、ライザールは肩をすくめた。
「あの人はいつも忙しいから。でも挨拶ならちゃんとしてきたよ」
「なにか言われた?」
「えっと、身体に気を付けよ、あまり無茶をしないように、だったかな」
「それだけ?」
「うん」
「そっか……」
気を使ってくれたのか、マイラもそれ以上は深掘りしてこしなかった。
冒険者になりたいと初めて告げた時、ラスティンからは当然のように難色を示された。
ところが、ある日を境にラスティンは急に態度を軟化させ、最終的には冒険者になることを認めてくれた。ライザールのしつこさに根負けしたのか、それとも何か思うことでもあったのか。
八年間も一緒に過ごしたのに、ラスティンとの関係は最後まで一定に保たれたまま変わらなかった。
ただ、彼が向けてくる眼差しは、決して冷たいだけではない、むしろ何かを必死に押さえつけているような、そんな苦しさが含まれていることにライザールは気付いた。
きっとラスティンにはラスティンの事情があるのだ。父親代わりにはなってくれなかったが、ここまで大切に育ててくれたことに変わりはない。
そう思えるようになったのも、カイルたちと出会ったおかげだと、ライザールは思っていた。
――と、正門の方から銅鑼が鳴り響く音が聞こえてきた。
ゆっくりと門が開かれ、にわかに周辺が騒がしくなる。
出発の時間が来たのだ。
「さてと……」
ライザールは背負い袋を担ぎ直すと、マイラと向かい合った。
「それじゃあ行ってくる」
「うん。……しばらくはお別れだね」
マイラが寂しげな笑顔を浮かべる。
彼女は春から親元を離れ、南の交易都市にあるゴウテン商会の支店で修行することが決まっている。物理的な距離を考えれば、当面は会えなくなるだろう。
「またすぐに会えるさ」
ライザールはあえてそう言った。
マイラも小さく笑う。
「そうね。あなたには優秀な手駒になってもらうって約束もあるし」
「その約束、まだ有効だったんだ」
出会った当初こそよく言われたが、最近はまったく耳にしなくなっていた。むしろ、ライザールが冒険者になると伝えた時の彼女の反応は「いいんじゃない?」とあっさりとしたものだった。あえて昔の約束を口にしたのは、彼女なりの激励のつもりなのだろう。
そう思うと胸の内に温かいものが広がっていく。
「俺は商人にはならないよ。でも――」
ライザールは真っ直ぐにマイラの瞳を見つめる。
「マイラが困ってたら、どこにいたって絶対に駆けつけるから」
「うん」
「マイラがどこにいても俺の活躍を耳にするくらいすごい冒険者になるから」
「うん」
「有名になったらマイラの商会を宣伝してやるよ」
「そんなのはいいから、無茶して大怪我しないようにね。あと、期限切れのポーション飲んだらダメだからね?」
「そんなことしないってば」
「嘘ばっかり。前にそれで下痢になったの、私知ってるんだから」
事実だったので、ライザールは頭を掻いて誤魔化した。
「それと、わがままばかり言ってダイアナお姉ちゃんを困らせちゃ駄目よ?」
「大丈夫だってば」
すると、おもむろにマイラが両腕を首に回して抱き着いてきた。
「……頑張ってね」
ライザールも優しく抱きしめ返す。
「マイラもね」
ライザールはゆっくりと身体を離すと、指定された馬車の荷台に乗り込む。
馬車は待っていたかのように、すぐに動き出した。
振り返り、手を振る。
マイラは見えなくなるまでずっと手を振ってくれた。
必ず一流の冒険者になって、いつか彼女と胸を張って再会する。
ライザールはその決意を胸に、前を向いた。
「みんな、待ってろよ! 今から天才魔法士が行くからな!」
雪混じりの冷たい風が吹きつけてくる。
それでも心と身体はかつてないほどに熱く滾っていた。
了
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