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97 公衆電話からの着信

 マナが白衣に着替えていると、

店の電話が鳴った。


受話器を取ると、

相手はオーナーの近田だった。

「マナちゃん……落ち着いて聞いて」

昨夜、松永が山道で事故を起こし、救急搬送されたこと。

頭を打ったが、命に別状はないこと。

「……事故……?」

言葉が、うまく出てこない。


松永のスマホは衝撃で壊れてしまい、

朝、目を覚ましたときに、看護師に近田の電話番号を伝えてもらったらしい。


「病院に……行けますか?」

震える声で尋ねると、

近田は少し間を置いて答えた。

「今はね……感染症の関係で、家族以外は面会できないみたいなんだ」

その後、電話は近田の妻に代わった。

「マナちゃん、びっくりしたわよね……」 「今日は無理しないで、お店も休んでいいのよ」

「……ありがとうございます」


そう答えながらも、

マナは首を横に振った。


電話を切ったあと、

静かな厨房で、一人作業を始める。


いつもと同じように。

いつもより、少しだけゆっくりと。

ケーキを仕上げ、

ショーケースに並べていく。


 ふと、作業台の端に置かれたパレットに目がいった。

マナはそれをそっと手に取り、

ぎゅっと握りしめる。

「……松永さん……」

小さくつぶやいた声は、

誰にも届かず、厨房に溶けていった。


──


夕方。

マナのスマホが震えた。

画面には、

【公衆電話】の文字。

「……え?」


一瞬、戸惑ってから、慌てて通話ボタンを押す。

「……もしもし?」

『マナ』

聞き慣れた声に、胸が跳ねた。

「……松永さん!」

「松永さん、大丈夫ですか?」

『すまなかったな……心配かけた……』

『大丈夫だ……』


少し間を置いて、続ける。

『足は骨折して、左手もヒビが入ったけどな』

「……まつ……なが、さん……」

声が震え、


視界がにじむ。

気づけば、涙がぽろぽろとこぼれていた。

『スマホが壊れて……なかなか連絡できなくて……すまない……』


『本当は……明日の大会も、一緒に行きたかったが……』

松永は、

ギプスで固められた自分の足に視線を落とす。

小さく、息を吐いた。

『……行けそうにない』


「……謝らないでください……」

マナは、嗚咽をこらえながら言った。

「松永さんが……無事でよかった……」

「それだけで……十分です……うぅ……」


電話越しに、

二人の沈黙が重なる。


言葉にできない想いが、静かに行き交っていた。




続く

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