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二十五話 それでも言えない

「こっちは兵舎になってる。君はあまり来ることがないだろう」


 差し出された腕に控えめに手を置いて、フェリシアは敷地内を案内するアルベルトについて行く。

 さっきから丁寧に説明してもらっているが全く頭に入って来ず、上の空でガートルードの事ばかり考えてしまう。


 サラサラの黒髪に意志の強そうな目、口許のほくろは色っぽく、妖艶さを纏った女性。

 白に近いブロンドの髪はウェーブがかかってふわふわだし、色気とは縁遠い自覚がある自分とは正反対だとフェリシアは感じる。


 アルベルトが好きなのはそんな自分とは真逆の女性なのだと思うとまた胸が苦しくなって来て、フェリシアは静かに一つ溜め息を吐いた。


「……どうした? 疲れたか?」


 それを耳聡く聞きつけたアルベルトに問われ、フェリシアは慌てて笑顔を作る。


「い、いいえ、大丈夫です」

「無理するな、ここまで移動が大変だっただろう?」

「そこまでは……乗り降りが少し忙しかっただけで……」

「散策はここまでにしよう。おいで、座れる場所まで戻ろう」


 アルベルトはそう言って館の方までフェリシアを連れて行くと、庭の一角にあるガゼボに設けられた長椅子に座らせた。

 全体的に華やかというよりはさっぱりと整えられているカーライル邸の庭において、柱に絡んだツタが桃色の花を咲かせているこのガゼボ周辺だけが乙女チックだ。


「悪かった、移動で疲れている所を連れ回して」


 アルベルトもフェリシアの隣に座ると謝った。フェリシアは亡き母同様あまり身体が丈夫ではないのでアルベルト自身も常に心配しているし、無理はさせるなとフェリシアの父から厳命されてもいる。


「そんな、謝って頂くなんて本当に大丈夫ですから。あれは、その……こちらに伺うのも久しぶりだと思って、当時を思い出したりしていただけで……」


 弁解するフェリシアに、大丈夫そうだと安心したアルベルトが笑った。


「確かに久しぶりだな。直近では戦争が終わって、私が引き上げて来た時か」

「そうでしたね。あの時は無事にお帰りになって安心しましたけど……」


 フェリシアはそう言って並んで座るアルベルトを見上げた。

 

 左顔面に縦に走った深い傷跡。大きく裂けた部分を縫い合わせた為、縫い目に少し引き連れた箇所もある消えない傷跡。

 戦争も終わり、無事に帰ったと聞いて父と共に会いに行った三年半前、アルベルトの左顔面を覆う包帯姿に驚駭した事を憶えている。


「……あの時、君は泣いてたね」

「とても驚いたので。酷いお怪我で、目もダメにされてしまったかと思って心配で……でも、傷跡は残りましたけど、目もお身体もご無事で良かった」


 無事だった左目の鳶色は陽の光を浴びて角度によっては赤く透き通って見える。たまに見えるこの色合いが宝石の様に綺麗でフェリシアはとても好きだったが、暫くしたらこの瞳には自分は映らなくなるのだと、また彼女を思い出してすぐに俯いた。


「もう泣かさないと誓ったのに泣かせてしまって、あの時は凄くへこんだ。包帯が取れてもこの傷跡だから、怖がらせてしまうのではと危惧もしたし」

「怖いだなんて思ったことは」


 痛そうと思う事はあったが、怖いと思った事はなかった。何故ならアルベルトは傷があろうとなかろうと、変わらず優しく微笑んでくれていたから。


「君が寛容で良かった。よく言われるんだ怖いと。ニコルなんか露骨に……ああ、ニコルと言うのはガートルードの兄で——」


 ガートルード。

 アルベルトの口からその名が呼ばれて、フェリシアは身を固くした。


「ニコルには近づくな、あれは頭がイカれているから君には害しかない。今日出掛けているのは幸いだった。ふらふらするばかりでガーダの方が余程領主に向いて——」


 アルベルトが彼女を愛称で呼ぶ。

 普通の事だがフェリシアは過剰に反応してしまって、膝に置いた両手に力が入る。


「そういえば昼食を外でと言う話だったが、どうするのか。ガーダに聞くのを——」


 ガーダと何度も彼女の名を口にする。

 これから先アルベルトの唇も鳶色の瞳も、彼女の名を呼び姿を映す為にあるのだと強く認識させられて、フェリシアはこれ以上聞きたくないとアルベルトを遮った。


「あの!」


「——どうした?」


 言わなくては、と思う。

 

 こうもはっきりと、アルベルトの心が向かう先が見えているのだから、もう振られたいなどと言っていないで今ここで自分の方から身を引く旨を伝えるべきだ、と。

 言え、という様に緊張で心音が速くなり、急かす様なドクンドクン言う音に頭の中が支配される。

 頭の中に響くその音に従い口を開いて、喉を通ってきた空気が婚約解消を願い出る言葉となって音を発するその時を待つ。


 けれどフェリシアは言えなかった。

 赤味の強い茶色い瞳がまだフェリシアを映していて、優しく笑みを浮かべる唇もまだフェリシアの名を呼んでくれるから。


「フェリシア?」


 自分から断ち切る勇気が持てない。

 この期に及んでなんて浅ましい執着心だろうと己を蔑んで、フェリシアは話を遮った手前、別の話題を探した。


「あ……あの異国の小さな兵士は、男の子……なんですか? とても可愛らしかったから、女の子かと思って驚いて……」


 訓練場の裏で他国の言語を喋って糾弾してきた少年を思い出したので、フェリシアはその子を話題にしてみた。


「ああ、カミルは男の子だ。戦争が再開した当初に巻き込まれた流浪の民の生き残りで、身寄りを無くした所を父が引き取った」

「そうだったんですね」

「顔は可愛いが生意気なんだ。口の聞き方も知らないし、よく喧嘩になる」

「喧嘩? アルベルト様と? 想像できない……あ、もしかして訓練場でも喧嘩されてました?」


 フェリシアは訓練場での、アルベルトの見た事の無い顔を思い出す。戯れている様に見えたがあの怖い顔は本当に怒っていたのかもしれない。


「いつから見ていたんだ……。そうだな、あれは喧嘩だったな。あいつが大人をからかうから、躾直していた」

「とても自然体で楽しそうに見えましたけど、怒ってらしたんですね。一体何が原因で?」


 無垢な瞳で見上げそう聞いて来たフェリシアに、アルベルトは答えに窮した。

ガゼボって最初に出会うボス感ある


お読みいただきありがとうございます。



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