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十八話 わがままは一時中断

 出窓に身を乗り出して、フェリシアは開け放った窓から柔らかな日差しを浴びて咲いている庭の花を眺める。

 吹いてきた暖かな風がふわふわの髪を揺らす長閑で和やかな時間の筈だが、フェリシアの心中は穏やかではない。


「どうしよう……全部上手くいかない。それどころか私、今までよりアルベルト様のこと……」


 フェリシアはそう口にして、かぁっと頬を赤く染めた。

 

 以前はもっと漠然と好きだった気がするが、今は何だかよりはっきりとアルベルトを好きな気がする。違いを説明するのは難しいが、会えて嬉しいだけだったものがもっと具体性を持ってしまった様に感じられた。

 奮闘した結果思いがけず接近した事で、あの骨張った手の力強さと、フェリシアを包んでしまえるほど大きな身体に改めて気付いて強く男性性を感じてしまったし、アルベルトへの気持ちを忘れようとしたり言葉にした事でより意識してしまったのだった。


 はぁ、とフェリシアは頭を窓枠にもたせかけて目を閉じた。


「……あとは何だったかしら。わがまま? わがままは得意だけど、今アルベルト様にわがままを言うとしたら私きっと……」


 フェリシアは碧色の瞳を開いて、いつもアルベルトがやって来る庭を見た。


「……その方の事は忘れてって。代わりに私の事を好きになってって、きっと言ってしまう」


 だがそれではダメだ、とフェリシアはまた目を閉じる。そんなわがままを口にした所で目指す婚約解消には至らないだろうし、叶うわけでもないのだから意味もない。

 わがまま作戦を取るならばもっと強力なわがままを考えなくては、とフェリシアは頭を働かせるが脳裏にアルベルトが浮かぶとすぐに思考が止まって、代わりに想い人の事を考えてしまう。


 顔も知らないアルベルトの想い人に今の時点で嫉妬している自分がいる。

 やはりこのまま婚約式を迎えて当人を前にしたら凄惨な事態を引き起こしてしまうのだろう。

 そう思っているのに、何処かでまだ婚約式とその先の結婚を夢見てしまう。


 そう思ってフェリシアは昨日アルベルトに抱かれた肩を撫でた。


「……自分がこんなに諦めの悪い人間だなんて知らなかった。皆不幸になるって分かっててまだ結婚したいだなんて、なんてわがまま……」


 落ち込んでいるとドアがノックされてロドニーがやって来た。


「おはようフェリシア。今日は天気が良いから一緒に……どうしたの? 元気ないね」

「おはようロドニー……。自分のわがままさ加減に嫌気がさしている所なの」


「君がわがまま? だとしたらまだまだ可愛い部類だから落ち込む程じゃないと思うけどな」

 ロドニーはベッドサイドの椅子を持って来て、フェリシアが凭れたままの出窓近くに座った。


「どんなわがまま?」

「……アルベルト様に幸せになって欲しいって思ってるのに、それでもやっぱり結婚したいって思ってしまうの。そんな事したらみんな不幸になるし、私投獄されちゃうって知ってるのに」


 自嘲したフェリシアにロドニーは困った表情を浮かべた。


「頑張って振られなくちゃいけないのに、何処かで振られたくないって思ってしまうの。そういう気持ちが消えないから、色々上手くいかないのかしら」


 柔らかな光に包まれた明るい世界を碧色に写して、フェリシアは独り言の様に言った。


「どうしたら消えると思う? この好きって気持ち。どうして消えないんだろう」


 ロドニーはぼんやりと庭を眺めるフェリシアを一度見てから、同じ様に窓の外へ目を向けた。


「……どうだろう。嫌いになれば消えるだろうけど、そう簡単に嫌いにはならないだろうし……。ただ、フェリシアの場合はさ、まだアルベルト卿に好きな人がいるって頭では分かってても、本当の意味では認めてないからじゃないかな。だから、諦めがつかないんじゃないかな」


「……認めてない?」

 フェリシアがロドニーへ顔を向けた。


「そうだと思うよ。いるとは知ってても誰だかも、顔すらも知らないから、いないものと思っちゃうんだよきっと。だから期待しちゃうんだ、振り向いてくれるんじゃないかって」


 ロドニーの言葉を頭の中で反芻してからフェリシアはぽつりと言った。


「……そうね、そうかも知れない。アルベルト様の想い人がどんな方かを知れば諦められるかも。そうしたら好きって気持ちも消えて、振って頂く為にもっと頑張れるんじゃないかしら。それに今の時点で知っておけば、もし上手く行かなくて婚約式を迎えてしまっても冷静でいられるかも。ロドニー名案よ!」


 フェリシアは急に元気を取り戻して立ち上がると、ロドニーの手をぎゅっと握って笑顔を見せた。


「ありがとうロドニー! 私早速偵察に行って来るわ! 作戦は一時中断よ。振られる為には、まず私の気持ちを変えなくちゃ!」


「え⁈ 待って待って今すぐ行くの⁈ だって何処の誰かも分からないのにどうやって——」


 驚くロドニーを置き去りにしてメアリーを呼びに走って行ってしまったフェリシアの背に、手を伸ばしたままのロドニーは足音が遠のいてからポソッと呟いた。


「……それを目の前にしてたって諦められない事もあるけどね」


 ふぅと一つ息を吐いて、ロドニーは立ち上がるとフェリシアの後をゆっくり追いかけた。

お読みいただきありがとうございます

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