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十六話 その言葉の威力たるや

 フェリシアと温室で会う少し前、アルベルトは自室で悩んでいた。


 自分ルールとはいえ、フェリシアの下へは概ね週に一度顔を出す事にしていたから、直近のペースで言ったら既に超過しているし、何より一昨日出向いたばかりだったからだ。

 体調を心配して、と言ったような言い訳も見つからず、そんなに頻繁に顔を出して良いものか、と悩んでいるのだった。


 ただ、そんな事を考えながら、既に外出着に着替えているのだが。


「最近、外出多い」


 考えていた事を見透かされたのかと思って、驚いたアルベルトはそう発言した着替えを手伝っているカミルを見た。


「アルベルト忙しい」


 黄味の強い大きな黄緑の瞳で異国の風貌をした少年はアルベルトをじっと見ている。


 カミルは元々何処の国にも属さない各地を血族毎に放浪する流浪の民だったが、放浪中に戦火に巻き込まれ身を寄せる先を失い、心を痛めた父が自邸に引き取ったのだった。

 以来言葉を教え小姓の様な扱いで置いていたが、旅する者の血か戦闘能力が高かった事もあって兵士としての訓練もしている。


「……そうだ、忙しいんだ。あちこち出向かなくてはならなくて」


「あちこち」

 含みのある笑みを浮かべてカミルが急に早口で言った。


『あちこちじゃなくて一箇所だろ? あのへらへらした貴族が言ってたぞ。大好きな婚約者ともうすぐ大手を振ってイチャこけるから浮かれまくってるって。その浮かれ気分で暴れられてこっちは痣だらけだ、たまったもんじゃないぜ』


『カミル! 早口で言ったら分からないとでも思ったのか、全部聞きとれてるぞ!』


 言葉を教えながら逆に覚えもしたのでアルベルトもカミルの使う言葉が分かる。

 怒った狼に威嚇する様に睨まれてヤバイと思ったのか、カミルは持っていた服を渡すとスーッと離れて、


『浮かれて下手打って振られちまえっ!』


 と捨て台詞を吐いて部屋から脱兎の如く逃げて行った。


 追い掛けてお喋りなニコルと共に一発殴ってやろうかとも思ったが、アルベルトは気を落ち着けて外出の支度を続けた。


 未だ浮かれているのは事実だし、それで訓練と称し発散したのは指摘された通りだから強く反論出来ない。今だって悩んでいるフリをしながら心は既に向かうと決めている。

 それだけフェリシアの口から出た「会いたい」は、強固であった自制のタガを緩め、予想以上に高揚させる威力を持っていた。


 そうして今日もやって来てしまったレイフォード邸だったが、いつもの様に庭から直接フェリシアの部屋に向かうも中には誰もいなかった。


 アルベルトがいつも館に入らないのはフェリシアにすぐに会いたいからだけではなく、レイフォード公爵に捕まりたくないからでもある。

 捕まってしまうと話は長いし、見習い時代を思い出して緊張するし、フェリシアに対しての探りが厳しいしであまり良い事が無いからだ。


 だから外にいる者がフェリシアの居場所を知らないかと見回した時、庭の奥の温室の屋根が目に入った。

 そこがレイフォード公にとってもフェリシアにとっても大切にしている場所だとアルベルトも知っていたので、なんとなく足を向けて見ると中でフェリシアが何やら栽培している植物を見て回っていた。


 アルベルトもすぐに中に入って声を掛けようとしたが、フェリシアがゆっくり移動しながら花占いでもしているのか、好きだ嫌いだと花や野菜を指差してクスクス笑っていて、それがあまりに楽しそうだったので後ろからつい眺めてしまった。


《女の子はすぐに訳分からない事言う生き物だろ? だけどそういう訳分からない所を可愛がってやるもんなんだ》


「……確かにな」


 良く言えば純粋無垢で悪く言えば世間知らずなフェリシアがたまに見せる、アルベルトには思考回路やロジックの見えない言動や行動は、ニコルの言う通りとても可愛らしく思えていた。


 暫く楽しそうな後ろ姿を眺めてそろそろ声を掛けようと近付いた時、急にフェリシアが振り向いてぶつかりかけ今に至ったのだった。



「アルベルト様……いつからいらしたんですか……」


「ほんの少し前に。随分楽しそうだったから、つい眺めて」


 野菜と話す所を見られたと知ってフェリシアは顔を赤くした。おまけに捻くれの練習内容まで知られてしまったかも知れないと少し焦りもする。


 一方アルベルトも倒れかけたフェリシアを咄嗟に抱き留めた為、思いがけずその華奢な身体を腕に抱く事となり笑顔がぎこちなくなるほど動揺した。

 細い肩を抱く手につい力が入りそうになるが、勢い余って砕いてしまいそうなので何とか抑える。


 約束の手前、しかも「八つ裂く」と宣言されている相手の陣地内で約束を破る勇気は無かったので、それ以上抱き寄せる事も出来ず不自然に斜めの体勢のままフェリシアを支え続けた。


「……あ、ごめんなさい、私ったらずっと……助けて頂いてありがとうございます」


 しばし近距離で見つめあってから、アルベルトの腕に身体を預けたままだと気付いたフェリシアがパッと離れて背を向けた。

 まだ顔の赤みは引かず、鼓動は早い。

 それは野菜とのお喋りに起因する物ではなくアルベルトに肩を抱かれた事にときめいたからだとフェリシアは自覚していた。


 肩をすっぽり包んでしまえる程大きな手、片腕でフェリシアを支えてしまえるほどの力強さ。

 知らないわけではなかった手の筈なのに、肩に残るグッと抱かれた初めての感触と熱に、アルベルトの知らなかった部分を感じた気がしてドキドキした。


 ただ、すぐに、しても仕方がない、とまたあの占いを思い出して身体が冷えていく。

 フェリシアは余韻の残る肩を抱いて、小さな声で自分に言い聞かせた。


「フェリシア、好きでいても仕方ないの。アルベルト様には好きな方がいるのだし、このまま進んでしまえば誰にとっても悲しい未来が待ってるわ。辛いけど諦めて振られなくちゃ」


 気持ちを切り替えたフェリシアがアルベルトに向き直ろうとすると、その前に背を向けたままでいたフェリシアを心配してアルベルトが尋ねた。 


「すまなかった、大丈夫か?」


「はい——」

 振り向きざまにそう答えかけたフェリシアはすぐに思いついて訂正した。


「——いいえ。いいえ大丈夫じゃないです」


 ここを捻くれを決行する好機と睨んで。

お読みいただきありがとうございます!


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