『トラブル、その1』
オフェーリアは彼女らから一番離れた座席に座って、関わりを全身で避けていた。
一番前の御者台の後ろで本を広げ、誰も話しかけるなといった雰囲気を醸して黙りを通していた。
「ねえ、なにを読んでいるの?
わたしにも読んで!」
最後部の座席で母親はうたた寝をしている。
退屈をつのらせた少女マリー(6才)は一番話しかけやすい同性であるオフェーリアのもとにやってきていた。
「……?」
マリーにとって本とは家にある、たった一冊の絵本を指す。
なのでオフェーリアが読んでいるものも絵本だと思い込んでいて、自分にも読み聞かせてもらおうと思ったようだ。
そしてたちが悪いことにそれが当然だと思っている。
「ねえねえどんなお話? 見せて!」
そして事もあろうに本に手をかけ引っ張ろうとした。
「汚い手で触らないで!」
すごい剣幕で怒鳴られてびっくりしたマリーだが、それでも離そうとはしない。
反対に他人に見せたくないほど面白い本なのかと余計に興味を引いたようだ。
それにオフェーリアが読んでいた本が薬学の学術書であったため、その挿絵などをチラリと見てしまったことがマリーの執着を生んだ。
「おい、一体何をしている?!」
騒ぎに気づいた、今日の客車内の当番護衛であるワランが近づいてくる。
そしてオフェーリアの表情を見てすぐに現状の問題を悟った。
「おまえ、この人が読んでいるのは貴重な本だ。
さっさと手を離せ。
フェリアも少しでいいから中を見せてやれ」
「まずは手を離して」
「言われた通りにしろ」
強面の蜥蜴に凄まれて、マリーはおずおずと手を離した。
そんな彼女を軽く睨みつけてからオフェーリアはわざわざ挿絵の付いたページを開き古代語で書かれたそれの一文を親切にも読んでやった。
「何言ってるのかわかんない〜
それになにこれ? こんなの本じゃない!」
ぷくりと頬を膨らませてマリーは自分の座席に戻っていった。
その時にはうたた寝をしていた母親も目を覚まして何事が起きたのか戸惑っている。
「もう近づいて欲しくないわね」
オフェーリアは心からそう思っていた。




