『退位の理由』
オフェーリアは考えを纏めるために高山に来ていた。
この高山は都の周りをぐるりと囲む山脈の、その一際高い霊峰にだ。
サラサラのパウダースノーを踏みしめ眼下に広がる都を見下ろしていた。
「マザーがお母さまだったなんて……」
ここ数年は数えるほどしか会っていない。
だがその慈愛を分け隔てなく与えてくれた、敬愛すべき統治者だった。
それでも今から考えてみると、魔法族の女子としてはかなり便宜をはかられていたと思う。
与えられた魔導具も最高級のものばかりだった。
それでも、普通は産みの母親を教えることはない。
今回はあくまでも特例で教えてくれたのだろう。
……でも情がないわけではないのだ。
「はあ、ぐずぐずしていてもしょうがないわね。
もう帰ろう」
サラサラのパウダースノーが舞う様子を見ていて、それが陽の光を受けてキラキラ輝くさまに見惚れていた。
普通なら凍えてしまう外気温のなか、身体強化を施して半日以上その場にいた。
キラキラサラサラの雪が降り積もる間もなく吹き飛ばされていく。
それが光を浴びてこの世のものとは思えないほど美しい。
「ちょっとショックだっただけ。
でも神殿に篭られる前に一度お会いしたいな」
改めて都に戻ってきたオフェーリアは、乳母がわりだった教官に此度の退位の真相を知らされた。
「マザーの伴侶様が?」
「ええ、先日お隠れになったの。
マザーはもう伴侶を持つのは嫌だと仰って、それで退位をして神殿に入られることを決心なされたのよ」
マザーの伴侶とはオフェーリアの父親だ。
だが意外なほどショックはない。
それは今まで、一切存在感がなかったからかもしれない。




