エピソード3
明人を部屋に招き入れた美歩は、明人の体験と自分の体験がだぶって見えた。
忘れていた思い出が美歩に迫る。
その時好きだった男は勉強ができ優しく、明るい性格の人物だった。
クラスのちょっとした人気もので、その男の周りには常に3~5人
の男友達がいた。美歩と付き合いだしたのは、夏のお祭りに6人の男女で出かけた時だった。
買い物をし、花火を見終えるとその男は美歩に一緒に帰ろうと誘いだした。
美歩はその男に好意を持っていたので断る理由がなかった。そして、帰り道に男から告白をされ
それを受けたのだった。
付き合いが始まり、男は美歩の教室まで授業が終わるたび来た。
帰りは必ず一緒に帰った。
友達と約束があっても、美歩が少しでも不満を口にすれば男は二人の時間をつくった。
男はどんな時も笑顔で美歩に接してくれた。どんな時も美歩に対する不満を言わなかった。
美歩はその男のことを心から信頼するようになった。
美歩が右といえば左すら右と言うような男だった。
そんな男の口から急に飛び出してきたのは他の女への好意だった。
美歩はそのことを聞いた瞬間、徹底的に打ちのめされた気がした。
クラクラとめまいがおこりそうになった。
自分のなにがいけなかったのか。まるで見当がつかない。
男の優しさが、あの時の笑顔がぐるぐると変速しながら頭を駆け巡る。
もう気持わるい。
ぜんぶ嘘だった。
そう思った。
そう思った瞬間、美歩はなにも聞かずに頷いていた。
それを確認した男は美歩を背にし帰っていく。
それを見ていると、その先にその男の寵愛をこれから受けるであろう女が浮かぶようだった。
見てられなかった。ただそれだけで涙が出てきた。
アスファルトに落ちた涙が一滴、また一滴と染み込んでいく。
せめてこの涙が、悔しくて辛いもので出来たこの涙が
天に昇り自分だけに降り注いでくれないだろうか。
そしたら泣こう。もう一生分泣こう。
そんな、美歩の気持と呼応するかのように、雨雲が空を覆う。
やがて雨が降り落ち、町に降りそそぐ。
その様子はまるで、無数の糸が天から地上に垂れ下がっているかのようだ。
体をとおし流れ落ちる、無数の糸の感覚に、がんじがらめになりそうな美歩は
わずかな隙間からこぼれ落ちる感情を殺し、遠くなっていく体温をわずかに
両眼に感じつつ、それが自分の唯一すがるものだと、決して放そうとはしなかった。
八月の終わりのことだった。




