エピソード1
なんで泣いているの?
全身に受ける大粒の雨が、頬をつたう涙の感触を消し去る。
それでもミホは泣いていると自覚している様だった。
この日の為に時間をかけた化粧が落ちていく。
マスカラが溶け涙のあとを黒く染める。
こぶしは目いっぱい力をいれて握りしめられているが
足はただ立つのがやっとといったように、膝が折れたり伸びたりを繰り返す。
降りしきる雨にミホから発せられる嗚咽の声はかき消される。
ミホ自身そのことなど頭にない。ミホの耳に残っているのは大好きだった男の
別れのセリフだった。
大塚美歩17歳。夏の終わりのことだった。
美歩は高校を卒業後、とある会社に事務員として勤め始めていた。
その日も仕事を終えた美歩は帰路につくためバス停へと足を向けていた。
地元をはなれ一人暮らしの美歩にとって、その道のりは自分を前進させるための
道に思えた。
バスが到着する。美歩はそれに乗り込み座席に目をやった。
座れるとこはなさそうだ。
美歩の一人暮らしするアパートの最寄りのバス停まであともう少し
というときだった。突然、天気が崩れ始めみるみるまに灰色の雲に空は覆われた。
バスを降りたころにはすっかり雨が降りしきっていた。
これはしばらくやみそうにないと判断したのか、近くのハンバーガーショップに
美歩は入ることにした。
注文した飲み物とポテトを受け取り、二階の窓際の空いた席へと
腰かけた。ジュースを口に運びながら、バッグから携帯電話をとりだしゲームを
始めようとした時、知らないアドレスからのメールが届いていた。
疑問になりつつ、美歩はそのメールを開いてみることにした。
「なにこれ?読めない。」
文字化けしてしまっているのか、そのメールはとても読めたものじゃない。
すっかりゲームのやる気をそがれてしまったため、美歩は携帯電話を再びバッグへと
しまいこみ、空を眺めていた。
あの日もこんな雨だったなあ。美歩は、ふと17歳のころを思いだしていた。
よせよせ、とよぎるイメージを振り払おうと頭を左右に振り
ふと町に目を落とした時だった。
だれか泣いてる?
40メートルほど直進した道路の真ん中で、傘をさす通行人が真ん中を避けて
通っている。その障害物になっているのは人で明らかに様子が変だ。
雨なのに動かずじっとその場を離れないのだから。
美歩は泣いていると直感で感じた。そう感じた時には席をたち
その人物のもとへと向かっていた。
30メートル・・・
15メートル・・・
着いた・・・
「大丈夫??」美歩がそう呼びかけると、その人物はゆっくり美歩へと
目線を向ける。
潤んだ瞳がとても大きく、あどけない顔。下がった眉毛がどことなく
頼りなさを強調しているようだった。
明人。21歳。これが美歩と明人、二人の出会いだった。