其の13 過去の記憶・2
すいません、二部構成の予定が長引きそうです。
もう少しお付き合い下さい。
_(._.)_
ではお楽しみ下さい。
張り詰めていた緊張が解けたのか少女は気持ち良さそうに彼にもたれ掛かりながら眠っていた。
正直、何日も飲食をしていないのだが不思議と空腹感を感じることなく、ただ優しく少女の頭を撫でていた。
(身内以外の者に優しくするなんて珍しいわね)
聞き慣れた声が意識に聞こえた。
何年も聞いていなかったような錯覚さえ憶えるほど彼女の声に懐かしさを感じ思わず苦笑する。
(…たまにはな。顕現せよ、イフリート)
その声の主は彼が主従契約を結んでいる火属性の中位精霊イフリートであり、興味深そうに少女を見つめる気配に彼女を顕現し呼び出してやった。
焔が産まれ、それらが集約し人の姿を形作る。
目の前に具現化されたイフリートの容姿は二十代半ばで落ち着いた雰囲気の中に意志の強さと知性を窺わせる瞳を伴っていた。
本人は意識していないが他者から見れば近寄りがたいらしく彼女はそれが悩みらしい。
それはともかく、長い紅蓮の髪を後ろで縛り、髪と同じ瞳は優しさに満ち溢れさせながら彼に身を委ねている少女を見つめていた。
「どことなく小さい頃のリアに似てるねぇ」
眠る少女のふっくらとした頬を指で触れてプ二プ二とした感触に微笑を浮かべながら彼の娘の名を口にする。
「……やめろ、起きるだろうが」
娘の名を口に出され少し不機嫌な口調になる。
「ふぅ~ん」
彼女は意外そうに瞳を大きくすると、悪戯っぽい笑みを浮かべ膨れっ面のシグルスの顔に近付く。
「…なんだよ、言いたいことでもあるのか?」
間近に顔を近づけられ警戒するシグルスに彼女は「ふふっ」と微かに笑うと少し距離を開け二人を見つめながら呟く。
「別にぃ~。ただアンタも、なんだかんだで親なんだなぁと思っただけよ。似合ってるわよ」
彼女の言葉に呆れた表情を浮かべてしまう。
「なんじゃそらぁ?」
そんなに普段は親らしく見えないだろうかと首を傾げながらシグルスは少女に視線を向ける。
確かに幼い頃のリアに似ている。
どこがと聞かれても困ってしまうのだが少女の雰囲気が重なる部分があるように感じてならない。
「まぁ、似てるかもしれんなぁ…それより聞きたいことがあるんだが…いいか?」
確認しなければならないことを思い出し彼女に問いかけけた。
「うんっ?なぁに~」
顔に似合わずのんびりとした口調で聞き返す。
その口調から分かるように主であるシグルスなど見ておらず、少女の可愛らしい寝姿に夢中なのは言うまでも無い。
「あの地下牢にいた俺はどんな感じだった?」
主である彼の問いかけに表情は険しくなり、眉間に皺を寄せながら視線を向け直した。
「控え目に言っても最低な状態だったわよ…こっちがいくら呼びかけても気付いてくれないし…そうねぇ、例えは変だけど別人にしか見えなかったわね。あんたの姿をした別人…そんな感じね」
思い出したくないのか少し刺のある口調だった。
「…そうか」
イフの感想に思案下な表情を浮かべる。
彼にはイフの声どころか気配すら感じ取ることが出来なかった。
けれど彼女の言葉が事実ならば、確かにあの場所に彼女は存在し語りかけていてくれていたのだ。
「…なぁ、存在しないモノを認識する事って可能なのか?この娘とお前の説明だと俺は存在しない龍珠なんて代物に束縛されてったことになるんだが……」
あり得ないとしか言いようが無かった。
けれど、気になることが一つだけある。
少女は「妾が想像した架空の代物」と彼を縛った龍珠のことをそう表現した。
彼女の頬がピクリと動く。
「……想像を具現化する力、私の知るかぎりそんな血脈を持つ者は一人しか知らないわね」
そう断言する彼女にシグルスは少女を見つめる。
「…贖罪の血脈だな」
年端もいかぬあどけなさの残る少女を哀しげな瞳で見つめながら呟く。
多重世界を生み出した原因、贖罪の血脈…。
信じたくはないが、この少女が生み出した世界がこの無益な戦を造りあげた事実にシグルスは困惑した。否、信じたくなかったのかもしれない。
少女は被害者なのだと思いたかった。
けれど、もしこの少女が贖罪の血脈であったのなら……。
「どうすればいい……」
彼は脳裏に浮かぶ解決策に戸惑いを隠せない。
彼の心の葛藤に気付いたイフは哀しげな表情を浮かべる。
主であるシグルスは表だってこの世界で自らの力を行使することは出来ない。
けれど、精霊の身であるイフリートはその限りではなく主の命であるならば、たとえ目の前の少女であろうとも手を汚すことも厭わないだろう。
「この娘を憎む者も多いわよ…それが無意識だとしても世界を混沌へと導いたことには変わりは無いわ。アンタが救いたいのなら私はあんたの味方をする…たとえ、全てを敵に回したとしても」
その瞳には並々ならぬ決意が込められていた。
だが、そんな決意に満ちた瞳に「…やれやれ、早合点だ」と苦笑いしながら呟く。
「…まぁ、それは最終手段だ。俺が考えてるのはそんな物騒なことだけじゃない……そうだな、この娘が危険じゃなくなればいいんだろ?」
何か考えがあるのか彼の口許がニヤリと笑みを浮かべる姿にイフは決めた覚悟を折られて、彼女にしては珍しく戸惑いを隠せない表情で彼を見つめる。
「何を考えてるの?」
嫌な予感が脳裏を駆け巡る。
「簡単だ。この娘が生み出した世界をあるべき姿に戻せば良いだけだろ?そうすれば、全て解決だ」
突拍子もない発言に呆れかえる。
「アンタ馬鹿でしょ?」
思わず、主従関係を忘れシグルスを馬鹿呼ばわりする。
「馬鹿はないだろ、馬鹿は。簡単な話だ、この娘の血脈の本流を辿れば良い……まぁ、大体は予想が付くんだが」
心当たりのある人物が脳裏に浮かぶ。
だが、可能かと問われれば不可能に近いだろう。
その持ち主はいまだに自らの力に目覚めていない。
「…帝の血脈ね。統治者達の本流とも言えるわね」
予想通りだった。
けれど……とイフは言い淀む。
あの人達がシグルスの思惑通りに動くとはとても思えなかった。
それぞれ個別の人格を持つ彼等、束ねる主人格ですら難があると言わざる負えない。
「どうする気なの?」
彼女の問いにその笑みをさらに歪める。
「簡単だろ?独立した個別の人格を封じて主人格に全てを決断させる」
気楽に言ってのけるシグルスに無謀という文字がないのかと主の神経を疑ってしまうイフであった。
「…分かってるの?アンタがやろうとしてることは神々の所行なんだって自覚ある?」
呆れた表情で主を見つめる。
だが、当の本人は呆れるほど簡潔に言い放つ。
「なら、神に成れば良いだけの話だ」
イフは訝しげに眉をひそめる。
「異世界の住人でも不可能なことはあるわ」
否定的な意見もどこ吹く風だった。
「やってダメなら、その時に考えればいい。なにもせずにこの娘を見捨てるのは論外だ」
どうやら、彼の意志は固いようだ。
「…仕方ないわね」
その意志を折ることを諦めたイフは、溜息混じりに同意するしか選択肢がなかった。
「決まりだな」
やる気に満ちたシグルスの瞳に苦笑する。
「…う、うぅ~ん」
二人の会話に意識を呼び覚まされた少女が眠たそうに眼を擦りながら目覚め、寝ぼけ眼で二人を見つめる。
「誰じゃ?この者は?」
イフを指差しながら彼に問う。
「うん?こいつか?火属性の中位精霊のイフリートだ。地下牢で俺に呼びかけ続けていた精霊だぞ」
シグルスの説明に合点がいったのか瞳を大きく見開き「おぉ、あの時の精霊か!」と手をポンッと叩きマジマジと彼女を見つめる。
「主を助けて頂きありがとう御座います」
少女に対して深々と頭を下げる姿に、はにかんだ笑顔で嬉しそうに頷くとイフを見つめながら感慨深げな表情を浮かべる。
「助けることが出来てよかったのじゃ!なにせ、妾が地下牢に行ったときにはお主の気配は今にも泣き出し……うっぐっ!?」
言葉を遮るようにイフは少女の口を塞ぐ。
「うんっ?どうした、そんな顔を真っ赤にして?」
鈍感な主が不思議そうにイフを見つめる。
「な、何でもないわよ!?あは、あはははっ」
乾いた笑いで誤魔化すイフに少女とシグルスは首をかしげる、その仕草が妙に息が合っていてまるで父娘のようだった。
*
少女とイフが愉しそうに会話を始める様子を見つめながらシグルスは大事なことを聞くのを忘れていた。
「なあ?君のことはなんて呼べばいい?」
「ほぇ?名乗っておらんかったかの?」
瞳を瞬きながら少女は二人を見つめ考え込んだ。
「妾の名か……そうじゃのぅ、業罪の…なよたけのカグヤ…殺戮のシヴァ……破滅の巫女、う~ん、違うのぅ」
ブツブツと呟きながら名乗る名を幾つか思い出すが、直ぐに首を横に振り改めて考え直す。
ただ、自分の名を語るだけのはずなのに少女はウンウン呻りながら適した名前を捜している。
その様子に二人は眉を顰める。
「ねぇ、気のせいじゃなければ良いんだけど……」
物騒な名が幾つか出たことに一抹の不安を感じる。
「…あぁ、それ以上いうな。俺にも聞こえた」
少女の呟きに混じって聞こえてきた幾つかの名の中には誰もが知る名が混じっていたがシグルスはあえて聞かなかったことにする。
知ったところで碌な目に遭わない。
「…今の妾には名乗る名はない。だから好きなように呼ぶがよい…お主らが決めた名が妾の名じゃ」
少女は一つの結論に至った。
名乗る名を二人に丸投げしたのだ。
期待に満ちた瞳を輝かせながら二人を見つめる。
「ど、どうするのよ、シグルス?」
その純粋無垢な瞳で見つめてくる少女の姿に珍しく主の名を呼ぶイフの表情からはかなり動揺しているのが見てとれた。それは非常に珍しいことだった。
普段は「アンタ」とか「主」と呼ぶのだが、それは主従契約によって長き刻を共に過ごしているためであり、名前で呼ぶのは今更ながら恥ずかしいからである。
けれど、珍しく動揺するイフにシグルスの悪戯心が沸々と湧き上がり思わず口に出してしまった。
「そうだな、イフリート愛してるぜ」
ニヤリと笑みを浮かべてフルネームで愛を囁いてやると自分の失言に気付いたイフは顔を真っ赤にして視線を逸らす。
「なっ!?……はぁ、動揺しちゃった。馬鹿いってないでこの娘の名前をどうするのか考えなさいよ!」
頬を膨らませ視線を逸らす姿は、その容姿に似合わない子供じみた仕草に見えて苦笑しながら視線を少女に向ける。
少女の頭を優しく撫でてやると擽ったそうに身を捩りながらも嬉しそうに目を細める姿に今までこの娘はどれだけの時間を悩み苦しんできたのだろうかと思わず考えてしまう。
少女は笑顔を彼に向けた。
安心しきった表情だった。
「まったく、あんたのそれは卑怯よね」
シグルスの微笑に苦笑しながら項垂れる。
少し考え込めような表情で空を見つめながらも、その手は優しく少女の頭を撫でていた。
ふと、何かが浮かんだのか視線を二人に向けた。
「う~ん、サツキってのはどうだ?」
少女を覗き込みながら不安そうに尋ねた。
けれど、少女の反応が薄い。
気に入らなかっただろうか。
そんな考えに落ち着きない表情で助けを求めるようにシグルスはイフに視線を向けたのだが、その仕草があまりにも可笑しかったのか肩をプルプルと震わせながら笑いを必死に堪えている。
「気に入ったのじゃ!」
大きな声で少女は叫ぶと満面の笑顔を浮かべた。
「お、おぅ、気に入ったのか。じゃあ、これからヨロシクなサツキ」
その声に内心ビクッと反応したのだが顔には出さずシグルスは頷きながら頭を撫でる。けれど、イフにはバレバレだったらしくお腹を抱えて笑っていた。
「うん!」
キラキラとした笑顔で頷く少女、サツキは嬉しそうに何度もシグルスから与えられた名前を呟くのだった。
「ひ、ひぃ、もうだめ~!可笑しすぎるわ。あんた、どんだけビビってたのよ?あはは、リアの時と一緒じゃない」
涙目で笑うイフに膨れっ面の表情でぼやく。
「……しょうがねぇだろ?名前って大事だろ?」
自分の娘の名付けの際にもイフには笑われた。
言葉も発せない幼児の顔色を伺いながら名前を考えていたシグルスの姿に、あの嫁ですら呆れ顔であったのだ。
男親の性かもしれない。
けれど、自分の名を嬉しそうに連呼するサツキの姿にシグルスは優しげな微笑を浮かべるのだった。
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