無気力系美少女がいる件について
さーて、魔導方程式の基礎も教えてもらえることになったことだし、後顧の憂いも消えたところで――
「……どうしよっかなー」
あたしは今、保険室の外を出て適当にプラプラと歩いている。ドアの空いている教室からは様々な授業が垣間見え、ルヴィが言っていた水流制御学では教壇で先生が実際に空中で水流を操っている姿を見ることができた。
「うーむ、やっぱりあの時から先輩に基礎を教えてもらうべきだったか……」
下手に男子寮に突っ込んで行ってアリスがいなかったら嫌だしなー。
それにしてもざっと黒板を覗くだけで大体何をしているのか理解できるってことは、あたしに振られた魔導方程式の才能が高いってことなのかな?
流石はあたし!
「…………」
っと、外へと続く渡り廊下を歩いているとなんか前方から男の人が歩いてきた。
男は何やら探し物をしているようできょろきょろと教室を一つ一つ見ているようだけど、何をしているんだろ。
「……ちっ、ここにもいない」
「何か探しものですかー?」
あたしは不用意にも、その男に声をかけてしまった。どうせ先生の一人だと思っていたからだ。
――しかしあたしはこの学校が安全だと、少し過信しすぎていたようだ。
「ッ! 丁度いい所にいた……!」
「ふぇっ!?」
有無を言わさず男の右手はあたしの腕をとらえ、離さない。
「ちょ、いきなり何よ!?」
「黙れ! 大人しくしろ!!」
そう言って男は左手の手袋に描かれた魔法陣をこちらに見せつけてくる。
「これって――」
「分かっているよな!? お前が下手に動けばこれが即、発動だ!!」
男はそう言って勝利宣言に等しいことを言っていたが――なんだ、ただの【火炎】=【直撃】の魔導方程式か。十階層でしかもそれぞれが第五階層程度しかないなら、丁度あたし流の鏡の秘術――違った、【魔導空洞化】(今命名しちゃった)を試すのにちょうどいいや。
「フハハハ! ルヴィお嬢様を見つけ出す手がかりが、わざわざ向こうから来るとはな!」
どうやらあの時の追手が来たようだ。それにしても、どうしてあたしだって知っていたの?
「何であたしが?」
「しらばっくれるな! 御庭番の下っ端から情報は既に仕入れている! 貴様がどうやって【雷光】=【絶撃】を撃てたのかまでは解明できなかったが、こんな至近距離で、しかも十分な時間も無しに式を解くなど――」
「そう思うなら撃てば?」
あたしは敢えて、この廊下にて男を挑発した。
理由は二つ。一つ目は、ここの廊下にいれば他の生徒なり何なりが騒ぎにしてくれるから(まあ下手したらあたしが吹っ飛ばされるフリをする瞬間を見せつけるだけになるかもしれないけど)。
二つ目は、実はこっちの方が大事でルヴィに追っ手が来たということを廊下の騒ぎによって間接的に知らせることが出来る。これでルヴィが逃げるチャンスを作り出せるってこと。
「ほら、撃ちなよ」
「ぐぐっ……いいだろう! 望みどおり焼き殺してやる!!」
焼き殺されるのはあんただと思うけどねー、というあたしの考えなど見抜ける筈もなく、男はそう言って左手の魔法陣を発動させようとしたが――
「そこまでにしておきなさい」
「ッ!? 誰だ!?」
「……すっげー巨乳」
――って率直な感想呟いちゃったけど、本当にすごい。何かパッと見ダウナー系の不愛想な少女が、自分の右腕を胸の支えにして立っているんですけど。
あたしの目の前に立っている少女は一応この学校の制服を着ていることから、学生だということが分かるが、それにしても――
「……なんであたし達と目を合わせようとしないの」
「だってそういう関係者だって思われたら恥ずかしいし……」
本来なら振りほどけるのに捕まっているあたしの方が恥ずかしいんだけどね……っと!
「けど今自分から声かけたよね?」
あたしのツッコミにため息をつくと、少女は右腕をそのままにして左手だけをこちらに向ける。
「……一応生徒会書記であるミクムの前で、そういうのは止めてよね」
自らをミクムと名乗る少女は、そう言った後にあたし達の目の前でため息をつく。
今名字は言わなかったってことは、平民出身なのかな?
「……はぁ、眠い……ヴィンセントはまだ授業中なの……?」
ミクムはそう言って目頭を擦りながら、この状況に対して悠長に構えている。
「てめぇふざけてんのか!? この状況が理解できないのか!?」
「理解できるよ。だけど解決するのがだるいと思っただけ……」
支えている右手で空いている左腕をつかみながら、ミクムは欠伸までし始める始末。
「ムムム……面倒だ!! てめぇから先に片を付けてやろう!!」
男はそう言って左手を手袋ごとミクムの方へと向けたが――
「――【烈風】」
ミクムは気怠そうに、左手に風を生み出し始める。
そして――
「=【斬撃】」
――ミクムが指を弾いた次の瞬間には、あたしを捕らえていたはずの男の右手が宙を舞っていた。
「ぐ、ぐああああぁあああっあああああ!?」
「ね? だから言ったでしょ? だるいから面倒事は止めてって……」
ミクムはそう言ってまたも【烈風】の呪文を左手に置いて、既に次の攻撃体勢に移っている。
「俺の、俺の腕がああぁああぁあああぁああぁあああっぁあ!?」
悲鳴が響き渡り、授業を受けていた生徒の中には廊下に出てくる野次馬まで現れる。
そんな注目が集まっていく中、ミクムは目立ちたくなかったといった様子で舌打ちをする。
「っ、うるさいよ……次は首を狙うけど――」
「止めろミクム!」
ミクムの左腕を取ったのは、先ほど別れたばかりのヴィンセント先輩だった。
「ヴィンセント……? 授業はどうしたの?」
「ったく、てめぇの前にロキの野郎が既にしでかしていたから、俺は既に授業を抜け出している」
「そうなんだ……あいつは、ミクムが殺すから見ていて――」
「今のところ殺す必要はない。捕まえて全て吐かせる。学校関連での襲撃は全て俺達が処理しなければならないからな」
流石は軍部ともつながりのある学校。話を聞く限り殺しはありってことなのかな?
「……物騒だにゃー」
「……む、またお前か」
「また……?」
ミクムの疑問をよそに、ヴィンセントはあたしに向かって首をゴキリと鳴らしながらため息をつく。
「……ハァ、問題事には巻き込まれる体質か?」
「それはー……あるかもしれないです」
なんてったって最初にいきなりルヴィが追われていたところに遭遇しちゃったからねー。




