最終話 巣立ち
季節はもうすぐ春。
試験の結果も出そろった一同は、お狸部屋に集まり、立食パーティーをすることになった。お別れ会と合格祝いを兼ねている。全員でここに集まるのは今日が最後になるだろう。
結局、委員会メンバーの中で本命に受かったのは志野ちゃんだけだった。
志野ちゃん自身はかなり驚いていたが、元から彼女の学力は高かったため、静夜はあまり驚きを感じなかった。試験前だろうがバイトを始めるという図太さが、彼女のメンタルにいい影響を与えたのかもしれない(良い子はまねしないように)。
「今日は無礼講だ、みんな騒いでくれ!」
乾杯のあと、おたぬき様がそう高らかに宣告する。
さっそくこすずちゃんがハリセンでおたぬき様のことを叩き倒した。無礼講とは暴力を振るってもいいという意味ではないんだろうが、静夜は深く気にしないことにした。
「それで、静夜くんはどうするか決めたかしら?」
真穂さんが声をかけてくる。静夜はゆっくりと頷く。
「受かった大学へ行くことにした。俺には、浪人生は向いてない」
静夜が苦笑すると、真穂さんは柔らかい笑みを浮かべた。
「そう。なら静夜くんはもうすぐ大学生になるのね」
「真穂さんはどうなったんだ?」
「わたしは海外へ留学することにしたの」
「留学!? え、ほんとか?」
てっきり冗談かと思ったが、真穂さんは笑みを浮かべたまましっかりと頷いた。
「しばらく海外で暮らしてくるわー」
「まさかバイトばかりしてたのも、その費用を貯めるためだったのか?」
その問いに真穂さんは答えなかったが、代わりにいつもの温かな笑みを投げかけてくる。
「以前のわたしは、勉強することって、参考書にかじりついて、おきまりの問題を解いていくことだと思っていたの。でも……そうじゃないって、ここで教わった気がするわ」
「いや、気のせいだろ」
「あら。なら、気のせいね」
二人で笑い合う。
と、おたぬき様を叩きのめして愉悦に浸っていたこすずちゃんが、留学と聞いて静夜たちの元へ駆け寄ってきた。
「真穂さん、高飛びするんですか?」
「それもいいわねー」
志野ちゃんも駆け寄ってくる。
「うう、真穂さん……!」
なぜか半泣きになっている志野ちゃんが真穂さんに抱きつく。よしよしと頭をなでながら、真穂さんがやさしく尋ねる。
「どうして泣いているのかしら?」
「だって、もう真穂さんに会えなくなるかと思うと……!」
「大丈夫よ。大学生になったら、浪人時代の友だちなんてすぐ忘れるわー」
「ばっさりだな」
静夜は苦笑いを浮かべるが、志野ちゃんは首を横に振りながら真穂さんに頭をすり寄せる。
「わたしは忘れませんから……!」
「冗談よ。ありがとう、志野ちゃん。またふらっと戻ってくると思うから、そのときに会いましょうー」
「絶対、会いましょうね!」
そんな二人のやり取りを見て、こすずちゃんがおどおどした様子で静夜に声をかけてくる。
「え、これって、あたしも静夜さんに泣きついて甘えた方がいい流れですか?」
「断る」
「ばっさりですね」
「いや、だって同じ所だろ?」
「それもそうですね。仕方ないですし、一緒に通いましょう」
こすずちゃんが楽しそうに笑う。本命を落ちたこすずちゃんは、浪人を続けることなく、滑り止めで受かった大学に進む道を選んだ。そこは静夜と同じ大学だった。
たまたま同じ所になったと静夜は思っていたが、こすずちゃんが静夜の出願先を確認してから、同じ大学に出願したことを静夜は知らなかった。
満身創痍のおたぬき様は、ゆっくり立ち上がったかと思うと、気を取り直してテーブルに並べられたピザを手に取って食べていく。
「飲むか?」
静夜がコーラのペットボトルを持って近寄ると、おたぬき様は礼を言って空のコップを差し出してきた。そこにコーラを注いでいく。
「来年度からは、やっと静かになるのう」
そう口にしながらも、おたぬき様はどこか寂しそうにしていた。
静夜は失笑を返す。
「どうせここのことだ。またすぐに、騒がしくなる」
「……それもそうか」
おたぬき様が静かに頷く。
ホワイトボードに目をやると、そこには大きな文字で
『祝・巣立ち!』
と書かれていた。
不意にパンッと大きな音があたりに鳴り響く。見るとこすずちゃんがクラッカーを鳴らしていた。
負けじとおたぬき様もクラッカーを何個も手に取り、次々と鳴らしていく。その音が静夜の心に心地よく響いていく。
「みんな、巣立っていくんだな」
静夜の口からぽつりと言葉が漏れる。
「わたし、やっぱり留学はやめて、来年もここに居ようかしらー」
真穂さんが何かほざいた気がしたが、静夜は何も聞かなかったことにした。
お狸部屋に、クラッカーの音が鳴り響く。
それぞれの巣立ちを、心から祝うように。
(終)




