第11話 受験生からの依頼その六 視力が悪い
さっきからおたぬき様が依頼書とにらめっこをしている。
お狸部屋には今日も授業後、いつものメンバーが集まっていた。
「ふーむ、よく分からん」
おたぬき様が依頼書を手放した。
興味を持ったこすずちゃんが依頼書を手に取って読み出す。
「ええっと、今回の依頼は――視力が悪くて困ってる?」
「のうこうすず、それは予備校と関係があることなのか?」
「ああ、なるほど。もちろん関係ありますよ。ですよね、静夜さん」
こすずちゃんが静夜に話を振る。静夜は少し考えてみたが、よく分からなかったために真穂さんに視線を向ける。彼女も小首をかしげていた。
ひらひらと依頼書を振りながらこすずちゃんが説明をしてくれる。
「ほかの予備校だと、教室での座席は早い者勝ちで好きに座っていいという所もあるんですけど、ここは座席が固定制ですよね。だから目が悪いのに後ろの方の席になっちゃて板書が見にくい人が出るんですよ」
「ほう、そういうものなのか」
このメンバーの中で誰よりもこの予備校にいるだろうおたぬき様が、今さら納得したのか頷いている。
「あたしも目が悪いから、気持ちはよく分かります」
「そうなのか?」
「普段はコンタクトなんですけど、メガネも持ってますよ」
興味を持った静夜は尋ねる。
「どんなメガネなんだ?」
「えっとですね、今は持ち歩いてないんですが、形は――」
静夜とこすずちゃんがメガネ談義をしていると、おたぬき様がホワイトボードに『目が悪い』とペンで書き残していく。
このホワイトボードは今日から登場した新兵器だ。
よく議題を見失うことがあるため、話をそらさないためにもホワイトボードを有効活用しようという、こすずちゃんの提案により導入されたものだった。
おたぬき様がホワイトボードをコンコンとノックして注意を集める。
「して、ほかに何かあるか?」
「うーん、そうねー。あとは視力が悪いとカンニングがしにくいわね」
ホワイトボードに『カンニング難しい』とおたぬき様が書いていく。ペンで書き慣れていないらしく、おたぬき様の字はかなり愛嬌のあるものだった。
「真穂、あと何かあるか?」
「そうねー、わたしはお腹が空いたわ。おたぬき様はどうかしら?」
おたぬき様がホワイトボードに『きつねうどんが食べたい』と書いていく。
「次、静夜ー」
「メガネはメガネ自体に価値があるんだろうか。それともはずしたときのギャップがいいのか。確かにギャップはいいが――」
静夜はまだこすずちゃんとメガネ談義をしていたが、そんなことにお構いなくおたぬき様はホワイトボードに『静夜はギャップ萌え』と書き記す。その横にメガネのイラストも描いていく。
「メガネといえば、静夜くんってサングラスを掛けたら似合いそうよねー」
「俺がかぁ?」
真穂さんが急にそんなことを言ってきたが、静夜はあまり共感できなかった。
「かっこいいと思うわよー」
「俺なら普段からかっこいいだろ」
「……」
「無言はやめてくれ、心が痛む」
ちらっとホワイトボードの方を見ると、おたぬき様が『静夜は普段からかっこいい(自称)』と書いていた。本当にやめていただきたい。
その横では真穂さんが青いペンで何かホワイトボードにイラストを描き始めた。おそらくたぬきを描いているんだろうが、なぜかしっぽが九本あった。
その様子を見たこすずちゃんも立ち上がり、ペンを手に取ってボードに落書きを始める。
「あ、待ておぬしら、私にも描かせろ!」
対抗心を燃やしたおたぬき様が『目が悪い』と書かれていた部分を消し、新しく絵を描き始める。
一人座ったままの静夜は、依頼書を手に取り、誰にも聞こえないよう小声で言った。
「こうしてホワイトボードの導入は成功に終わり、依頼は無事に解決したのだった」
依頼書を未解決ボックスにしまい、静夜は三人のお絵かきをほほえましく眺めることにした。




