第10話 何の効果もないお守り
「ふむ。豊作!」
おたぬき様が嬉しそうにお狸部屋に戻ってきた。手には何通もの依頼書を持っている。
彼女は席に座ると、一通ずつじっくり目を通していく。
だがしばらくして、大きくため息をついた。
「どれもこれも、成績の話ばかりだのう」
「そりゃついこの前、模試の結果が出たからな」
静夜は読んでいた雑誌をわきに置き、依頼書の何枚かを手に取る。
確かにおたぬき様の言うとおり、成績を上げてほしいといった依頼ばかりだった。
「成績が大事なことくらい、私も薄々分かっておる。だが私に依頼されてもどうしろと」
「予備校の神様なんだろ? ちょっとくらい御利益はないのか?」
「神頼みなどしてる暇があるなら、参考書を読んでおけと言いたい」
「なんて頼りがいのない神様なんだ」
おたぬき様がぱたぱたと扇子で依頼書をあおぐ。風を浴びた依頼書たちはふわっと浮き上がり、どこかへと飛んでいってしまった。
「この予備校には変態的なまでに優秀な教師が何人もおる。成績ならそちらに相談するよう返答しておくかのう」
「予備校の教師って相談しにくいんだよな」
「そうなのか?」
静夜は何度も頷く。
人気のある教師ほど、何校もの授業を掛け持ちして各地を飛び回っており、なかなか声をかける隙さえない。それに高校のときに比べ、教師と生徒の間の距離のようなものを静夜は感じていた。
おたぬき様が不思議そうな顔になる。
「だがきちんと連絡を入れ、アポイントメントをとれば、教師も気まぐれで時間を確保してくれるだろうに」
「向こうに迷惑がかかるだろ」
「とか言いつつ、面倒くさいのか?」
「その通りだ」
静夜が胸を張ると、おたぬき様が扇子で静夜のおでこをべちっと軽く叩いてくる。
「聞くつもりはなかったがあえて聞こう、静夜よ。模試の結果はどうだった?」
「瀕死だ」
「……まだ息があるだけましかのう」
おたぬき様は立ち上がると、部屋の隅にあるおもちゃ箱の所へ移動した。そしてごそごそと中を漁り出す。
だがお目当てのものがなかなか見つからないのか、しばらく経っても彼女は漁り続けていた。
「捜し物か?」
「ふむ、確かにここに入れておいたはず――おお、あった!」
見ると彼女は何かお守りらしきものを持っていた。
おたぬき様がそれを静夜へ投げ渡してくる。
「静夜、もらっておけ。学業成就の貴重なお守りだ」
「そのわりには扱いが雑だな」
「私が作ったものだから構わないだろうに」
「自作なのか?」
大仰におたぬき様が頷く。
「毎年受験シーズンになるころに、私がここの生徒たち全員分のを作って配っておる! 何の効果もないただの気休めだがな!」
「いや、助かる。ありがとうな」
静夜は素直にお礼を言っておく。静夜がこの予備校に来たのは今年からだったため、お守りのことはまったく知らなかった。
こちらに戻ってきたおたぬき様が腰を下ろす。
「また時期になればおぬしにも渡すつもりだったが、何かと不安だかのう。先に渡しておく」
「こういうのに妖術で力を込めたりはできないのか?」
「うーむ、できなくはないだろうが、いきなり燃え出したり爆発したりしてもいいのなら」
「よし、何の効果もないお守りばんざい」
静夜はありがたくお守りを鞄にしまっておく。それを見ておたぬき様は満足そうに頷いた。