10 七日目。秋田・青森(8)
「どういうことでしょう?」
「その前に、もう一つ、質問させてください」
「どうぞ」
「これは昔むかし、兄に出された“引っかけ問題”です」
「出ましたね、お兄様!」
「ここに“メルカトル図法”の地図があったとします。いえ、当時、本当に兄は、テーブルに地図を広げたのですよ……」
「情景が目に浮かぶようです」
「そして兄は、こんな問題を出したのです。曰わく――
『東京からニューヨークへ行くのに、どう飛べば最短距離にて到着できるだろうか?』
――と、いうものでした」
「ナルホドね」蘭、ニヤニヤしています。
行は説明を続けます。
「ぼくも子供だったのですよ。単純に太平洋上に直線を引いて、兄の策略に嵌ってしまったというわけです」
「等角航路と大圏航路の違いというわけね」
「はい。東京からニューヨークへの最短航路は、大圏航路、すなわちアラスカ経由のコースになるのです。メルカトル地図にその航路を描くと、等角航路の横一線の直線に対し、スタートとゴールだけが一致した、山なりの曲線になるのです。
(図はイメージ。緑線:等角航路 赤線:大圏航路。最短コース)
子供の頃は、これが不思議でなりませんでした。アメリカに行くのですから、一刻も早く日本から離れなければいけないはずなのに、東京からずっと、日本列島に沿って北上する方が早い、というのですから!
後日に兄から地球儀をプレゼントされたのですが、それでようやく、ニューヨークの件は納得できたのです。が、さらに驚いたのです。
ハワイのことなんですよ。
ホノルルですが、東京から見ればこれ、真東にあるんです。ところがホノルルから東京を見れば、これが真西じゃなく西北の方角になるんです。
(図はイメージ。緑線:等角航路 赤線:大圏航路。最短コース)
あまりにも不思議すぎて、地球儀を手に取り、この目で見ながらにして、これ一体どんなトリックを使ってるのだろう、と唸ったりしたものです」
「微笑ましいエピソードです」
実際に口に手を当てて、クスクス笑っていたのでした。
以下、グエンを交えて――
等角航路とは、地球上の2点間を結ぶ航路のうち、進行方向と経線がなす角度(舵角)が、常に一定となるルートのことです。特に船で大洋を航海するときに便利で、自位置の測定が困難だった昔の時代においては、距離は多少長くなっても、舵角を保つだけで目的地へたどり着ける、この航路が多用されました。
対して大圏航路とは、地球上の2点間を大圏(大円)で結んだルートのことです。イメージの助けとして、たとえば経線は常に大圏です。他方、緯線は、赤道を除き大圏ではありません。(地球は回転楕円体に近い形状だから厳密には違う、という意見もありますが、今そこまでこだわる必要はないでしょう)
特徴としてルートは最短距離になるので、地球上の2点間を直線で結ぶと言ったらこちらになります。
メルカトル図法の短所ですが、高緯度になるほど陸地が大きく描かれてしまうことはよく知られています。それゆえ世界全体をいっぺんに、正しく表すことができません。
なのになぜG-MAPがメルカトル図なのかと言うと、地図の全体の中から、小さい区画を単品だけ、スクロールしながら見る分には、問題がないからです。逆にそのような利用方法ならば、地形は正確だし、データ伝送速度やコンピュータの処理能力といった技術的な面からも、他の図法地図よりも優位に立てる、と言われているようです。
「――と、いうことで、最初の質問の答に戻るのですが」
「わかったと思います」
行を制して、蘭が答えたのでした。
「コオの“まっすぐライン”は、わたしのラインから見て、北側にある、と言いたいのですね」




