7 四日目。福島・山形(3)
「第一に。ストレートに、ブラジルとはあの、サッカーが強いブラジル連邦共和国のことだとする説明です。
第二に。ブラジルとは、空のどこかにある、何物かの名称だとする説明です。
最後、第三は。『ブラジルは見えるか?』は、この世界において、何らかの意味を持つ挨拶だとする説明です」
蘭が整理します。
山道の下り坂でした。話題はあの“ブラジル”。慎重に大ギツネを走らせながら、行は確認します。
「念のため。本当に“ブラジル”と発音しているつもりなのでしょうか?」
ある意味、行らしい質問でした。
「言いたいことは分かります。
前に訊かれたとき、ブラジルって、あの南米のブラジルのことか、と逆に問い返したことがあるの」
「それはそれは……。で?」
「そう聞き返したことによって、わたしが見えない、ということを悟ったんでしょうね。それで満足されてしまって、もう回答はもらえなかったのです」
「状況が目に浮かぶようです」
ここの住人は、何か訊いても、まず、まともに回答してくれません。
「でも、このやりとりから、ブラジルはブラジルという“文字”で間違いないと、考えます」
「賛同しましょう」
「まだ何かありますか?」
少し考えた後、
「念のため」
「どうぞ(続けて)」
「富士山のことじゃ、ないよね?」
二人は視線を上空に飛ばしました。実は峠を越したこんな場所からも、天頂に視線を向けるだけで、それは見えるのです――
スタートしてからこれまで、二人はたった三百km弱移動したにすぎません。対する相手は、高度宇宙km。もしかして月軌道(38万4千km)に迫るか(?)という高さ(長さ)です。だから――
ここ平面世界では、垂直に立ち上がるその山は、見ようと思えばいつでもどこでも、天頂に見えていたのでした。
「……わたしたちは北に顔を向けて旅していたせいか、正直、富士山の事は念頭から消えていました。ですが、思い出すに、指さした人たちは、その指先を、無意識的に上に向けていたのです。意識して富士山を指さすなら、南方に、さらには、もっとよく見える、太い、根元近く、すなわち地平線から45度以内の方向に、指を向けるのが自然だと思うのです」
蘭は続けます。
「富士山の頂上に指を向けていたのだとしても、富士山は誇るべき日本の富士山で、わざわざ他国名を付ける意味がわかりません」
「そうですよね。彼らの雰囲気からしても、富士山のことでは、なさそうでしたし」
二人して頷きあいます。
「ありがとう、すっきりした」
「では……」蘭が軽く咳払いしました。
「どうぞ」
「第一の説明は、ありえないと思います」
「そうですよねぇ、いくらなんでも……」二人して、ちょっと笑います。
となると、残りは二と三です。
「順番に、まず第二の説についてですが。
空にあるもので、ブラジルと名付けられたもの、だけど、なんだと思う?」
「うーん……」
さすがの行も、これには即答できなかったのでした。
「蜃気楼とか日食とか、気象現象、天文現象でしょうか? あるいは鳥類に代表される、めずらかな生物とかかな? レア度についてはどう思う?」
「うーん……」
さすがの蘭も、即答できず、でした。
「日常的にごく普通に目撃できるものとも思えるし、逆に非常に稀な、見ることができれば幸せになれるという瑞兆伝説級のモノにも思えるし……」
その言葉を聞いて、ハッと思いついたことがあったのでした。
「あの“宇宙戦艦”がそうなんじゃないかな!?」
蘭も今気づいた、という表情になっていたのでした。
「そう言えば――」
「この世界はぼくらの世界の、願望を強めた、コピーと言ってもいい。だけど、そうだとしても、あの存在は異端すぎるのです。どうやって浮いているのかそのトンデモ科学力、それ以前に、正体、目的、何もかも不明です!」
「同意します。宇宙戦艦ブラジル。なんでそうネーミングしたのか由縁の謎は残りますが、その説明が一番ありえそうですね」
興奮して蘭が賛成するのでした。
行が押しとどめます。
「まあまあ――(笑)
――ひととおり、最後まで」
「はい――」
「第三の説、何らかの挨拶説ですが……」
「さっきの限りでは、“見えません”と返して正解だったようですね」
「はい。そう返されたオーナー、どことなく嬉しそうでした」
「してみると、“ブラジル”とは、奇想天外な“何か”を、そう言い慣わしているのかも。日常では見えてはいけないもので、それが“見える”ということは、あなたはどこか体の具合が悪いのでは、などと“負”の意味合いにとられてしまうもの、なのでは?」
「おお、なんだか第三説も有望になってきましたね」
蘭が少し考えたあと、にっこりと笑ったのでした。
「今度、わたしたちの方から話しかけてみましょうよ。その反応でわかる」
「そうですね、さすがランです。現実的、一発ですべて解決です」
「ウフフ……」
そこで一応の解釈は付いたのですが、現実はそう甘くなかったのでした。
道すがら、登山目的か山菜採りかの、尺取り虫のような小父さんに出会ったのですが……。
ここは女の子の方が相応しいでしょうと、蘭が声をかけたのです。
「こんにちは!」
「※!」
「ブラジルは見えますか?」
するとその男は、何もない青空にピンクの顔を向け、ハッキリとこう答えたのでした。
「※(うん、よく見えるよ……)」そしてニッコリ笑顔。
「……」
空には宇宙戦艦はおらず、さらには、肯定的に“見える”と返された。
第二、第三が、ことごとく否定された――!
「ありがとう」立ちすくんだ蘭の代わりに行が答えて――
そのまま蘭の手を掴み――
あとは逃げるように、その場を離れたのでありました。




