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第4話

 結局、神聖力では感染そのものを治せなかったようだ。


 時間が経つにつれてクラウスの呼吸は荒くなり、歩みも少しずつ遅くなっていった。

 顔からは血の気が引いている。


「大丈夫?」

「問題ない」

「全然大丈夫そうじゃない」

「問題ない」


(頑固なのは知っていたけれど、こんな時まで頑固でなくてもいいのに)


 それでもクラウスは足を止めず、西門を目指して歩き続けた。


 ところが西棟の端まで来たところで、とうとう立ち止まった。


「ここに入れ」


 クラウスが示したのは、小さな資料室だった。


「私ひとりで?」

「そうだ、早く」

「一緒に入ろう」

「駄目だ」

「何で!」


 私の問いには答えず、クラウスは資料室の中へ私を無理やり押し込んだ。


「クラウス!」

「内側から鍵をかけろ」

「嫌!」

「いいから!」


 初めて聞く怒鳴り声に、私は言葉を失った。


「もう……あまり時間がない」


 苦しそうに息をしながら、それでもクラウスは私をまっすぐ見ていた。

 目は白く濁りはじめ、振り返った時のアルベルトの目を思い起こさせた。


「嫌だよ」

「大丈夫だ」

「何が!」

「お前は生きる」

「クラウスは!?」


 クラウスは答えない。


「ねえ!」


 必死に問い詰める私に、彼はほんの少し笑った。

 ゲームの中でも滅多に笑わない男だった。


「俺は騎士だ」

「そんなの関係ない!」

「ある」


 それだけ言って、クラウスは扉を閉めようとする。


「クラウス!」

「絶対に開けるな」

「待って!」


 私の抵抗もむなしく扉が閉まった。


「クラウス!」


 扉を押し開けようとしたが、開かない。

 外からクラウスが抑えているのだ。


「開けて!」

「ここから……出るな」


 声が次第に苦しげなものへ変わっていく。


「クラウス!」


「……お前を……守る」


「……最後まで……お前は……俺が、守る……」


 その直後、扉の向こうから低いうめき声が聞こえた。


 何かが床に倒れ、激しく身悶えるような音が続く。


 私は両手で口を押さえたまま、その音を聞くことしかできない。


 やがて、何も聞こえなくなった。


「……クラウス?」


 返事はない。


「クラウス……?」


 もう一度名前を呼ぶ。


 しばらくして、扉の向こうから低く掠れた声が返ってきた。


「……まも……る……」

「クラウス……?」

「……おまえ、を……俺が……」


 どん、と扉が大きく揺れた。


「っ!」


 続けて、二度、三度と激しく扉が叩かれる。


 もう、そこにいるのは私の知っているクラウスではない。

 それでも彼は、壊れたように同じ言葉を繰り返している。


「……まもる……おまえ、を……」


 涙があふれた。

 しかし今は泣いている場合ではない。

 この扉が破られる前に逃げなければ。


 急いで涙をぬぐい、資料室を見回す。

 すぐに小さいながらも人が通れそうな窓を見つけた。


(……ごめんね、クラウス)


 私は扉の向こうにいるクラウスに心の中で謝罪しながら、窓を開け外へ抜け出した。


 どん! どん!


 背後ではいつまでも、クラウスが扉を叩き続けていた。

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