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第36話

 目が覚めると、寝室の天井が見えて、身体の下には柔らかな寝台があって……自分が横になっていることに気がついた。


「……?」


 不思議に思いながらも身体を起こすと、身体から布団がずり落ちていき、昨日と同じままの衣服が目に入る。


 寝間着に着替えることもなく、寝台で横になった……?


 けれど寝台で横になった記憶はおろか、寝室に来た記憶すらない。


 疑問しかない中で、懸命に頭を動かして昨日のことを思い出す。


 昨日はイェン兄様の結婚が決まったと聞いて、告白して、振られて……皇帝陛下がなぐさめてくださって、泣いて……。


 そこまで思い出すと、自分の身勝手さに呆れるとともに恥ずかしさが込み上げてくる。


 片手を顔にやると、恥ずかしさからか熱くなっている気がする。


 そんなことを一人でしていると、もう片方の手が何かを掴んでいることに気がついた。


 何だろうとそちらの方に目をやると、そこには皇帝陛下の羽織があった。


「……??」


 わたくしはさらに理由がわからなく、首を傾げる。


 ありえないだろうと思っているけれど、皇帝陛下の羽織が寝室にあるということは、皇帝陛下と寝室に来たということだろうか……。


 けれど自分の衣服を確認してみても、特に乱れた様子はない。


 身体に痛みがあるということも特になかった。


 そして皇帝陛下の羽織はあれども、皇帝陛下のお姿もない。


「……???」


 わたくしは昨日の夜からの記憶がすっぽりと抜け落ちていた。


 けれど、分からないことをいつまで考えていても仕方ないと思い至り、侍女を呼んで身だしなみを整えると共に、皇帝陛下に羽織をお返しするように頼んだ。


 ――それから、疑問の答えは見つからないままではあるものの、いつも通りに茶の間で過ごしていると、皇帝陛下がいらっしゃった。


 昨日のことを謝罪するとともに、何があったのかお伺いしようと口を開こうとする。


「断じて! 誓って! 何もなかったからな!」


 するとわたくしが口を開くよりも前に、皇帝陛下が勢いよくそう仰った。


 突然のことに、驚きから目を瞬かせる。


 そんなわたくしに向けて、皇帝陛下はまくしたてるように説明を続ける。


「あの後、そなたが眠ったから寝室に移動させたのだ。だが、そなたが羽織を掴んで離さなかったから、羽織だけ残したのだ。私は夜の内に、自分の宮に戻ったからな」


 驚きつつも、何もなかったという言葉に内心安堵する。


 わたくしとしても、記憶のない内に初めてが終わっていたなんて、望むところではないから。


 皇帝陛下を見やると、年相応な表情に慌てた様子で懸命に説明していらっしゃる。


 もしかしたら、昨日のことで気を使わないように、そのような姿を見せてくださっているのかもしれないと思うと、嬉しくてくすっと小さく笑みがこぼれた。


「し、信じてくれたか……?」


 わたくしの笑みを見た皇帝陛下は、不安げな様子でこちらを見やる。


 まるでいたずらをした子犬のような表情に、またくすくすと笑みがこぼれてしまう。


「えぇ、信じますよ」


 笑いながら答えると、皇帝陛下は今度はご褒美をもらった子犬のように、ぱぁっと明るい表情を見せる。


 表情の移り変わりが面白くて、また笑みがこぼれてしまう。


 ……イェン兄様が結婚するという事実が、なくなったわけではない。


 けれど、翌日には笑う元気があるのだなと、自分自身の心境に驚く。


 いや、違う。


 こんな風に笑えているのは、きっと皇帝陛下の気遣いがあるからなのだろうと思う。


「ありがとうございます。皇帝陛下」


 なので穏やかな微笑みを浮かべて、皇帝陛下にお礼を伝える。


 すると皇帝陛下は「何がだ?」と不思議そうに小首を傾げていらしたけれど、わたくしはそれ以上深く話すことはなく、ただ笑みを浮かべた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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