9.花降神社へ
街中でよく聞くような流行の曲をBGMにして、清潔感のある明るい店内は大賑わいを見せている。
その中心にいるのは、玉座のような可愛らしい椅子に足組み偉そうに座っているルナだ。
「ルナ様!何か飲まれますか?」
「ルナさまー!一緒にチェキとろー!」
「やばい……生でルナ様見れるとか……尊……」
「今日来てよかったぁぁ……!」
「ルナ様!あの、私、今月すごく売上頑張って……!だから褒めてくださいー!」
「えーずるい!ルナ様!私は頑張れなかったので、ご褒美に罵ってほしいですー!」
客だけでなく、キャストまでもが一緒になってルナに群がり、入店してからかれこれ1時間、ずっとこの調子だ。
光太郎はといえば、邪魔にならないようハガネの隣で、壁際にぺったりと張り付いていることしかできない。
「……ルナさん、すごい人気ですね」
寡黙なハガネのことだ、どうせ返事など返ってこないだろう、と無意識に思い込んでいた光太郎だが、意外にも、ハガネはちらりと光太郎へ視線を向けた。
「ルナは、人気。何処の店に行ってもこうなる」
「そ、そうなんですか……」
無表情のままなのに、何処か誇らしげなハガネの空気を感じて、光太郎は小さく口角を上げた。
大きい身体に、無表情。口数も少なくて腰には刀というハガネは、あまりにも無機質すぎて正直、第一印象からして怖かったが……どういう関係なのか、ルナのことになると、途端に人間味のある雰囲気になる。
案外、中身は優しいひとなのかも……などと考えていた視界に、横合いからずいっとグラスが差し出された。
「うちの子たちがごめんね。ハガネさん、それとアンタも。一杯どう?」
話し掛けてきたのは、面倒見の良さそうなお姉さんだった。
ハガネは静かに首を振っていたが、光太郎はありがたくグラスを受け取った。
「あ、ありがとうございます。あの、俺、光太郎っていいます。ラビットテールの新人です」
「おや。珍しくまだ綺麗そうな坊やだね。私はこの店の店長だよ。よろしく」
「よろしくお願いします」
軽く握手を交わして、店長はハガネの隣に並んだ。自身のグラスを傾ける彼女に、ハガネが短く要点をぶつける。
「情報。縁切り参り」
「なるほど。それを聞きにきたってわけか。で、ルナが囲まれてると」
頷いたハガネに、「ちょっと待っててねー」と手をひらひら振って、彼女が騒ぎの中央へと入っていく。数人と話をした彼女は、すぐにこちらへ戻ってきた。
「お待たせ。聞いてきたよ。何が知りたい?」
「お守りの屋台」
「ん?」
あわあわと見守っていた光太郎だが、ハガネのあまりの言葉少なさに店長が首を傾げると、思わず横から口を挟んでしまった。
「ええと、具体的なやり方とかはある程度把握しているんですが、そのお参りに必要な屋台がどこの神社にあるのかを知りたくて……」
「通訳ありがと。なるほど……どこの神社か、ね」
店長は再び騒ぎを振り返ると、「ミクナ!」と呼びかけた。騒ぎの中にいた派手な見た目の女の子が、こちらへ小走りにやってくる。
「はぁい店長。ミクナ来ましたぁ」
「アンタ、縁切り参りのお守り持ってたよね?」
「ああ、これですかぁ?」
彼女がポケットから取り出した手鏡に、そのお守りはぶら下がっていた。
一見普通のお守りと変わりない、黒い布地の守り袋に、銀色の組紐が通されているものだ。袋にはなんの刺繍も入っておらず、若い女の子が持つには少々渋すぎる見た目かもしれない。
――しかし、そのお守りを目にした瞬間。ハガネと光太郎は目を瞠っていた。
陰陽師である彼らには、そのお守りに纏わり付くねっとりとした邪気が、黒い靄のように見えていたのだ。
「え?何、これやばいやつなん?」
「ええと……みくな、さん?それ、中身は……?」
びくびくしながら尋ねた光太郎に、ミクナは怪訝そうな顔をしながら首を傾げた。
「中身ぃ?あ、縁切りたい相手の名前書くとかいうやつ?私はやってないよー。流行だからって友達が買ったついでに付き合いで。ミクナだけ断るのもめんどくてさぁ」
「それでこの邪気……ハガネさん」
「良くない」
ハガネが真剣な顔で頷いたのを見て、光太郎はミクナへ頭を下げた。
「すみません。それ、とても良くないものなんです。よければ、俺たちがもらっても構いませんか?あ、買った時と同じ値段で買い取るとかで……!」
「えー、いいよいいよ。そんな高いものでもなかったし。ハガネさんが一緒ってことは、君も陰陽師なんでしょ?やばいやつならむしろもらってよ」
彼女は言いながらお守りを外すと、ぐいぐい、と光太郎に押しつけた。
「あーなんかすっきりしたかも。それ買ってからずっと頭痛かったんだよね。もしかしてそれのせいだったのかなぁ」
「ありがとうございます!あの、それでもうひとついいですか?このお守りを買った神社って、どこでしたか?」
「ああ、それは……って、あぶな。どこで買ったのか言っちゃだめって言われてるんだった」
慌てて口元を押さえたミクナに、店長が眉を寄せる。
「言っちゃだめってどゆこと?誰に言われたの」
「それ売ってた屋台のひとですー。どこで買ったのかは誰にも秘密にしろって。言ったら呪われるって脅されて……」
「そんなの……いや、そのお守りがやばいやつなら、脅しも本当な可能性があるのか」
店長がむむ、と考え込む。
確かに、そうかもしれないと光太郎も奥歯を噛み締めた。もしただの脅しではなかった場合、ミクナを危険にさらすかもしれない。どうしたら……。
悩んでいたところに、動いたのはハガネだった。
近くにあったテーブルに向かった彼は、飾りとしておいてあった造花の花弁を数枚、右手でぶちぶちとちぎり、左手で水差しを持ち上げた。
戻ってきたハガネは、空になっていた光太郎の持つグラスに水を注ぎ、もう片方の手でちぎり取った花弁をぱっと宙に放った。
「どちらだ」
ハガネの短い問いかけに、店長が「ああ!」と閃いた顔をする。ミクナの手は、ゆっくりと右手を指差した。
やっと戻ってきたルナと合流し、3人はようやくバーを後にした。
「はい、成果報告~」
バー近くにある、小さな緑地のベンチにて。ルナはじゃらっと、複数個の黒いお守り袋を取り出した。ぱっと見だけでも、10個以上はありそうだ。
「集まった子たちから、お守りだけ回収しといた。皆、面白半分とか、流行だからーとかで持ってたみたい。見ただけでやばそうだからってもらいはしたけど、皆、どこで買ったのかまでは教えてもらえなかったんだよね」
「教えたら呪われるってやつですよね?俺とハガネさんも、ミクナさんって方から聞きました」
「お。それで、神社の場所はわかった?」
ルナの期待の瞳に、ハガネが短く答える。
「花降神社だ」
その言葉に、先ほど見たハガネの謎行動の意味がわかって、光太郎は「ああ!」と叫んでしまった。
「だから花弁をひらひらってしたんですね……!あれ、でもそしたらあの水は?」
「なるほど。ハガネは要領がいいね!この辺りにある神社といえば、花降神社か水厳神社だから」
ルナはよーしよしよし、なんて、ペットでも撫でるかのようにハガネの頭をわしわし撫でている。されるがままになっているハガネの姿に、光太郎はもう、スルーを決め込むことにした。
代わりに、ミクナから受け取ったお守りをぎゅっと握りしめる。
「ということは……21時に花降神社に行けば、これを売ってるやつらに会えるってことですね」
もしもこの件に黒鷹が関係しているのなら……あいつの。妹の行方も、わかるかもしれないんだ。
「そう力んでちゃ、いざって時まで体力が保たないよ」
ぽん、と光太郎の肩に手を置いて、ルナがスマホを取り出す。電話を掛けた相手は、バーで待機中のヤンさんだった。
「うん、場所、わかったよ。花降神社だって。社長呼び戻してくれる?……うん。1回そっち戻るから、作戦会議しよ」
通話を終えて、ルナはにっと不敵な笑顔を浮かべた。
「さ、帰って準備しよ。悪いことするやつには、しっかりお仕置きしてやんないとね!」




