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前編:婚約はしている二人

リオンと離れてこの数日。

私の人生はひっくり返り、もう以前には戻れない。


私はやるべきことを見つけてしまった。

貴方の隣が私の居場所だと思っていたあの頃には思いもしなかった道へ進む。

貴方の為。

私の為。


私の全てで成し遂げる。

貴方はどうか、幸せになって下さい。

貴方自身の力で。

「リオンはこのまま行ってちょうだい。」

「何を言ってるんだ。サリーナも」


「このままでは皆捕まるわ。貴方を危険な目にあわせられない。」

リオンの言葉を遮ると、私はリオンの着けていたマントを奪い取り、走る馬車から飛び降りた。


郊外での公務中に暴動が起きて王家の馬車は追われることとなった。

馬車には我がアリスティナ王国の第三王子、リオン=ラッセルが乗っている。


公務は辺境伯領と王都の端に接する新しい橋の完成を祝うセレモニーへの参加。

以前からある橋は川幅の狭まる所に作られており、辺境伯領の森を迂回する大回りルートだった。

乾季を中心に10年もの歳月をかけて大河を渡る橋を作り上げた。

その完成は第三王子であるリオンと婚約者の私、サリーナ=アストレイ侯爵令嬢を迎え、近くの王都領民とこれまた近くの辺境伯領民を集めて賑々しく行われていた。

それぞれの町の領主代行が張り切って準備したらしい。

花を捲きながら祝う人々の中で橋を渡り、再度戻って開通を宣言。

その後は人々が自由に橋を行き来して完成を祝う流れだった。


リオンと私は馬車のまま王都側から橋を渡り、その場でUターンして辺境伯領から王都側へもどる。

その際、辺境伯領の領民も後から橋を渡り、広場のように整えられた王領側の橋の袂に結集した。

準備が整い、リオンが馬車から降りて壇上での挨拶が行われる。

サリーナはリオンの隣に立ち、その後方と両脇に騎士が立つ。

リオンは民の歓声に応えると、橋の安全性を保障し、往来、交易が盛んになるよう期待する旨を当たり障りなく伝え、開通の宣言をする。


その直後、狙撃された。


会場全体を見渡す視線の先に光るものを見たサリーナは隣にいるリオンを引き倒した。


目を丸くして驚いた顔のリオンが口を開く前に銃弾が壇上にあたって音を立てる。

「伏せて。」

状況確認をしようとするリオンに覆いかぶさりながら、壇上から降りて馬車に乗るよう指示する。


人が集まる広場の外側。

川沿いに植えられた木の上からの狙撃と同時にサリーナの後方からナイフが投げられた。

ナイフが足に刺さった狙撃犯は地面に落ちる。

猟銃のような長い銃は木の枝に引っかかり、次の射撃は来ない。

狙撃手は1人だけ?


その頃には護衛がリオンを囲み、盾となって道を作る。


リオンが馬車に乗り込む際に蜂起の声が響いた。

「我々は現王政に不満を持つ「獅子の守り人」だ!大人しく王子を渡せ!歯向かうものは皆殺しにする!!」

その声に、銃声によって静まり返っていた群衆はハチの巣を突く騒ぎになった。

その間、サリーナは後ろに控える侍女のミーナに目配せをし、リオンと護衛騎士2名と共に馬車に乗り込んだ。


これもまた、相手の作戦だろう。

はぐれた親子が逃げまどい、街の警備兵は王族の警護と人々の警護の優先順位が個人で異なり統制できていない。

我先に逃げる警備兵までいる始末。


私は動き出した馬車の窓から現状を把握すると、リオンへ告げた。

「リオンはこのまま行ってちょうだい。」と。


今日の護衛騎士は30人態勢。

側面にいたらしい賊に馬車の行く手が阻まれそうだ。

このままだと護衛騎士は足止めされる。

リオンと共に動ける騎士が数名になってしまう。


20人はリオンと共に王城へ向かわなければ途中に賊が潜んでいた場合危険すぎる。


この場で10人ほど借りることが出来れば、賊を押さえるか、最悪私が人質になって収められるかもしれない。

賊の人数を50名弱だと読んだ私の最善策だった。



馬車から飛び降り、馬で付いてきていた護衛騎士の隊長へ告げる。

「あなたはこのままリオンと行って。10名ほど借りるわよ。」


「畏まりました。ミランの班が残っております。御無事の御戻りをお待ちしております。」

前後に何か言いたげにした隊長は頭を下げると先に進んだ馬車と他の護衛騎士を追って行った。



私はリオンのマントを体に巻きつけ、馬車に近づく賊へと駆け出した。

公務での外出とは言え馬車移動も長いし、外で歩く可能性もあるから。と、

靴をヒールなしにして正解だった。

そんなことを頭の片隅で考えながら、数メートルを小走りで戻る。


ミランの班員は10人丁度。

5人が民の誘導をしていて、2名が賊に対峙している。

3名はリオンが出発できるように民と暴徒の盾代わりになっていた様だ。

盾役の騎士の中にミランがいる。



「ミラン。ご苦労様。」

ミランに後ろから近づいて声をかける。


ミランと他の騎士は前を見据えたまま肩をビクリと震わせた。

「お嬢様、何故お戻りに?」

私に背を向けたまま、落ち着いたミランの声が返ってくる。

「リオンは無事に出発したわ。」

答えになっていないことは分かっているけど、今は話している場合ではない。


ミランや他の騎士たちの溜息と共に怒声が響く。

「王子はあそこにいるぞ!馬車は囮だ!」


上手く引っかかってくれたようで良かったわ。

方々から馬車を追おうとしていた人たちがマントに惹かれて集まってくる。

まともに考えれば馬車を囮に本人が残るなんて考えるはずがないのに。

心の中で溜息をつく。

この悪漢たちは素人だとすぐに分かった。

狙撃手は腕が良かった。

後は配置効率の悪さと腕もてんで弱い。

雇われのならず者。


本当の目的は何なのかしら。

リオンを本気で狙ったとも思えない。

それならこんな人数で陽動する前に、狙撃手を2,3人置けば良い。

馬車を本気で叩くなら逃げるのは難しかったはず。

その前に馬を傷つける手もある。

橋の上で馬車を挟み撃ちで襲えば勝算は上がる。


二人の領主代行は自分たちの護衛に守られて馬車を発進させた。

橋は危険と考えたのか、近くの王領の町へ向かう様だ。

王都への道とは違うので、リオンを追うわけではない。


おそらく、領主代行達は無関係。

この襲撃に何の意味があるのか。

「獅子の守り人」という結社(なまえ)は聞いたことが無い。


獅子は現王家の守護獣として国旗にも描かれている。

獅子の守り人とは、王家の守護者という意味にもなるのに、反勢力として名乗りを上げた。

名乗りを上げた男が襲撃の首謀者かもしれない。


数千人が一ヵ所に集められていたのだから、逃げ道は限られる。

未だに右往左往する人々を追い立てる賊が数名。騎士は民を護るように動いているし、警備兵も個々では賊を足止めしている。

数人まとめて一人の騎士に挑む賊もいるけれど、その分民への危険が減る。


ルドガーは避難誘導なのに賊に襲われて対処に苦慮しているのね。援護が必要だわ。

橋と町への道は確保しなければならないし、民は広場から出さなければ。


サリーナを狙う賊がサリーナとミランを囲むように迫ってきた。

賊がサリーナの間合いに入った瞬間、サリーナは頭からかぶっていたリオンのマントを片手で掴み

クルリ。と半周振り回した。

マントに目を奪われ、立ち止まる賊達にマントの裾が鞭のようにヒットする。


怯んだその一瞬でサリーナは半数以上の10人を無効化した。

「さすがですね。手刀と蹴りだけで・・・。」

臨戦態勢で剣を構えたままのミランが横目でサリーナの動きを追う。

視きれない早業が繰り広げられ、サリーナはミラン後方の賊を倒してしまった。


そのままミランの前方に飛び出たサリーナを目にした賊は息を飲む。

「お・・ん・な・・・」

口をぽかんと開けて目も見開いたまま微動だにする間もなくサリーナの蹴りを喰らい一人倒れ。

仲間が倒れたと思った瞬間にサリーナの肘が鳩尾に入りあっという間に一人倒れ。

腕を引かれと思った瞬間に膝が腹部を強打。また一人倒れ。

金の長い髪を揺らしながら目に留まらぬ速さで踊るかのようなしなやかさで敵を制圧する。


王国精鋭の騎士団の中でも実力者揃いの王族護衛騎士が金色の残像を追う間に囲む賊は地に伏した。

地に伏した賊をサリーナのお付き侍女が縛り上げていく。

彼女は何時でもサリーナに付き従っているものの、存在感が薄く気に止まらなかったのだが。この手際。ただの侍女ではないということをミランは理解した。


「お嬢様・・・」

ミランはサリーナに感謝するべきか、危険を冒す行為を諫めるべきか答えを出す暇もなかった。

サリーナが武術に秀でていることは知っている。

騎士団長の娘であるサリーナはいつだって騎士団に出入りしていたし、

彼女に勝てる団員は皆無だ。

但し、実戦でここまでとは思っていなかった。

「ミランは私と一緒に首謀者、もしくは指示役の男を押さえる。セルゲイはルドガーの援助をお願い。カートはこの場で民の誘導を!広場から1人残らず避難させて!」


サリーナは指示を出すと振り向かずに駆け抜けだした。

その後には侍女のミーナが影のように続く。


木から落ちた狙撃犯の元に近づく。

気絶しているようで動きはない。

その木の裏に潜む人物。

「獅子の守り人」を名乗る男を押さえなければ。



追い詰められた男は木の影から静かに姿を表した。

黒いマントを頭からすっぽり被り、顔は見えない。


「「獅子の守り人」の目的は?あなたが首謀者?

それとも貴方の後ろに誰かいるのかしら?」

倒した賊から拝借した剣を構えるサリーナ。

男は一言も発しなかったけれど、フードに隠れた口の端がニヤッと歪むのを見た。



嫌な予感がした瞬間、目の前に爆発物が投げつけられた。

「シールド!」

サリーナは即座に防御魔法を最大範囲で発動させた。

民の安全のために最大範囲にしたけれど、爆弾の威力はサリーナの想像を超えていた。


サリーナの高さ20mほどもあるシールドに沿って、爆炎と煙が高く這い上がる。

左右のシールドに沿っても煙が広がり、シールドの向こうが見えなくなった。

煙が収まったころには男の姿は消えていた。

逃げられた。

サリーナはシールドを解除し、悔しさに唇を嚙み締めた。





馬車で王都へ向かったリオンは走る馬車の窓から高く上がる赤黒い炎と煙を見て、

別れ際のサリーナの姿を思い出していた。


俺がいなくても大丈夫。

サリーナに対して、それを何度思い知らされたことか。

6歳で婚約してから婚約してからこの10年。リオンはサリーナに劣等感を抱くようになっていた。


サリーナは淑女として名声を高める一方、リオンに対する幼馴染の気安さや無邪気な愛らしさが無くなった。

彼女は変わってしまったと思っていた。

一緒に庭を駆け回り、戦いごっこをした彼女はもういない。

輝く瞳も失い、ただのつまらない女になったと思って。いや、思い込もうとしていた。


強い意志を宿した彼女の瞳。

賊へ向かって行くサリーナの姿を目撃し、心の奥に芽生える感情は彼を変えつつあった。

「俺は・・・」彼は決意した。



王宮へ戻ったリオンはひたすらサリーナの無事を祈っていた。

近衛騎士の隊長からリオン個人も報告を受けた。

「獅子の守り人」についての情報は誰一人持っていなかったらしい。


民の状況は思ったよりも良かった。

避難時に転んだ怪我の他には、賊と切りあった警備兵に軽症者が出た程度だった。


捕らえた賊は金で雇われた者たちで詳しい情報は知らないとの事。

雇われたのも、王都、辺境伯領、隣接する他の2領と隣国の酒場で声を掛けられたらしい。

意図なく集められたようにしか思えない。

主な目的は騒ぎを起こして王家の威信を失墜させることだったらしく、民への殺傷がなかったのもそういう依頼だったらしい。


皆が頭を抱えた。

王家の威信失墜で騒ぎを起こすならば、民を狙うのは一番の打撃になる。


爆発も民や橋への被害はなかった。

川沿いの木が10本ほど燃え、威力の凄まじさを物語っているらしい。

サリーナのおかげですべてが無事だった。


サリーナは王都へ戻らず、ミラン隊と手分けして逃げた男を追っているらしい。

だが、その後のサリーナについて報告が上がらない。

彼女の無事を祈ることしかできない自分を不甲斐ない。とリオンは初めて自身で認めた。

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