98.ようこそ演劇部へ
「タツロウ君。それでは、そろそろ一緒に行きましょうか?」
オレが、所属していた部活『錬金術研究会』を追放され、部長のマグダレナに演劇部への移籍を勝手に決められたのは、昨日のことだった。
それからまだ翌日の放課後になったばかりだというのに、早速ソフィアから演劇部への出席を促されたのだ。
「ええ〜、今日はなんかダルいんだけど」
「ダメです! 演劇部はただでさえ欠席には厳しいのです。それにタツロウ君が所属することになる大道具係は人手不足ですから、すぐにでも来ていただかないと」
「……そうかい。わかったよ、行けばいいんだろ」
身体は行きたくないと拒否反応を示すが、席から無理矢理立ち上がった。
そこへサンドラがなんだか嬉しそうに声をかけてきやがった。
「タツロウ〜、演劇部でちゃんと頑張ってきなさいよね〜! ソフィアも今日から新しいお芝居の稽古でしょ、大変だろうけど頑張って!」
コノヤロー、マグダレナと共謀してオレを追放したくせにいけしゃあしゃあと。
あんなにニコニコして、オレのことがそんなに邪魔だったんだ、クソッ!
と心の中では悪態をついたオレだが、口に出すのは控えた。
もう新しい場所へ行こうという時に女子と言い争いなんてしたくないのだ。
だからサンドラの顔も見ずに無言で歩き出す。
対照的にソフィアはサンドラへ向かって軽く手を振って、こちらもいつもより楽しそうな笑顔を見せている。
そりゃあ、端から見る分には追放劇ってのは面白いだろうよ。
……もうやめよう、こんなことばかり考えるのは。
このままじゃソフィアに八つ当たりして最悪の雰囲気となってしまいそうだ。
オレはそそくさと教室のドアを開けて廊下に出ると、黙って進んでいく。
そこへ後ろから少し駆け足の足音が聞こえてくる。
そしてオレの横まで来たかと思うと、いきなり目の前にソフィアの顔が現れた。
「うわっ! びっくりさせんなよ!」
「だって、タツロウ君が演劇部の部室と反対方向に歩いて行こうとしていたので」
「……そりゃ失礼。というか、どこにあるのか知らないんだった」
「だから、私と一緒に行きましょうって、言ったじゃないですか」
ソフィアは呆れ顔で呟いたが、怒ってはいないようだ。
それにしてもさっき急に現れたソフィアの顔は、ちょっと困った表情をしていて、なんか可愛かったなあ。
また困らせたら見せてくれるかな……いや、そんなことしたらすぐ気づかれて怒られそうだ。
「……タツロウ君? ちゃんと聞いていますか? 何かニヤけた顔をしていますけど」
「いや、お前の顔が……いやいや、何でもないんだ」
「えっ? 私の顔に、何かついていますか?」
ソフィアは慌てて両手で顔を触って確かめるが、当然何もついていない。
「そうじゃなくて、お前こそ何でさっきから楽しそうにしているのかなって」
「……そんなに顔に出ていましたか? もちろん、クラスメイトが部活仲間となるのですから楽しいことに違いはありませんが」
よし、これでオレがちょっとアレなことを考えていたのは誤魔化せそうだ。
「それなら別にいいよ、もう気にしない。さあ、早くオレの新たな部室へ行こうぜ」
「……どうも引っかかる言い方ですが、早く行かないといけませんので今回は不問にします」
◇
オレたちは校舎を出て演劇ホールの方へ歩いている。
そしてその少し手前のところにある、簡素な作りだが大きめの公民館くらいの建物の前でソフィアの足が止まった。
そういえば、この前演劇部の定期発表会を見に行った時にも見かけたな。
「ここが演劇部の部室です。さあ、どうぞ中へ入ってください」
「やっぱりそうなのか。でも部室っていうには大き過ぎるだろ」
「ふふっ、この中でお芝居の稽古から道具類の製作までやっていますからね。発表会が近づくとこれでも手狭に感じるくらいですよ」
すごいな。
こういうのを見ると錬金術研究会でやっていたことは普通の高校生レベルなんだって思い知らされる。
建物に入ると、既に部員たちが中で活動しているらしく廊下で何人もすれ違う。
「やあソフィア、おはようございます」
「おはようございます」
えっ?
放課後だから昼下がりも過ぎているのに、何でおはようなんだ?
「おいソフィア、挨拶が間違ってるぞ。こんにちは、だろうが」
「……あっ、説明がまだでしたね。演劇の世界では何時であろうとも『おはようございます』なんですよ」
「なんだよそれ、理解できねえ」
「……まあ、私も起源とかは知らないのですが。そういうしきたりですので、タツロウ君も従ってください」
それならしゃあねえか。
誰かとすれ違うたびに、オレもおはようございますと挨拶はするが、どうにも違和感が拭えない。
そしてオレたちは階段を登って2階に上がる。
それからまた廊下を進むが、どこまで連れていかれるんだ?
そう思っていると、突き当たりまで行ってようやくソフィアが立ち止まった。
「タツロウ君、まずは部長さんへの挨拶です。普段は気さくな方ですが、演劇の事や礼儀には厳しいので気をつけて。ほら、ネクタイが緩んで曲がっていますよ?」
ソフィアはオレの胸元に近づいてきたかと思うとネクタイを直し始めた。
こんなふうに女子に接近されるのは、なんか恥ずかしいというか、でもちょっと嬉しい。
いやいや、このまま部長室に入ったら彼女まで怒られるからやっているだけだ。
つまらないことで舞い上がったり勘違いするのはよそう、あとで自分が虚しくなる。
そしてソフィアがドアをノックして、どうぞと少し低めの女性の声が聞こえてきてから恐る恐る入っていく。
「失礼します。オリヴィアさん、昨日お話した彼を連れてきました。……えっと、タツロウ君? 挨拶をしてください」
ソフィアから促されて、オレは緊張のせいか固まった表情のまま挨拶し始めた。
「タ、タツロウ・タカツキーです。ア、アーベル先生のクラス所属の2年生、平貴族、です。よ、よろしくお、おね、イテテテ!」
普段言い慣れない言葉使いで舌を噛んじまった!
オレ一人だけのことならこんなに緊張しないのだが、今回はやらかすとソフィアやマグダレナに迷惑かけちまう。
そう思うと口がうまく動かなかったのだ。
そんなオレの様子を見て、部長のオリヴィアは苦笑混じりでオレの挨拶を遮り、自己紹介と歓迎の言葉を投げかけた。
「……あーもういいよタツロウ君、よくわかったから。アタシはホルムバッハ家のオリヴィア、3年生だ。実家は一応伯爵家だけど、部活では気にしないでいいから。そして、ようこそ我らが演劇部へ」
「は、はい」
「それじゃあソフィアはもう行っていいよ。で、タツロウ君には今日から早速働いてもらおうかな」
「それでは、私はこれにて失礼します。タツロウ君、部活が終わってからまた会いましょう」
ソフィアはそれだけ言うと慌ただしく部長室を出て行き、入れ替わるかのように部屋の奥から一人の男が出てきてオリヴィアの隣に立った。
「紹介しよう。彼は大道具係の責任者を任せているヘルムート。タツロウ君は大道具係所属になるのは聞いてるよね? だから彼の指示に従って作業してくれたまえ」
「僕はエックハルト子爵家のヘルムートだ。今日からよろしく頼むよ、タツロウ君」
「よろしくお願いします」
「これから大道具の製作兼保管場所に行くけど、僕は準備があるから、君は部屋の外で……そうだな、階段のあたりで待っていてくれ」
「は、はあ」
準備ってなんだよ、そんなものいるのか?
しかしそんな疑問を言える雰囲気じゃなく、オレは素直に部屋を出て階段へ向かう。
◇
「というわけでさ、彼の面倒をよろしく頼むよ、ヘルムート」
「まあ、いいですけど……。でもアイツって『木刀のタツロウ』ですよね? 演劇の事もド素人っぽいし、そんな問題児をなんでまた」
「それがねぇ、マグダレナに頼まれちゃったんだ。彼のことをヨロシクってね。アタシ、彼女にはちょっとした借りがあってさ、断りきれなかったんだよ」
「マグダレナ様に、ですか。じゃあ丁重に扱わないと」
「いや全然、寧ろ好きなように使って構わないって聞いてるよ。だからさ、徹底的に使い倒してやんなよ。そしたら2、3日もすれば音を上げて自分から逃げ出すでしょ」
「なるほど、それは名案です。そういうことならお任せください」
「ふふん、アタシこういう事を考えるの好きなんだよねえ。オマケにマグダレナへの借りもさっさと返せるし、結果が楽しみだ」
◇
オレは階段の手前で待っているが、遅いな、あのヤロウ。
「タツロウくん!? どうしてここにいるの?」
ビックリした!
階段を急いで駆け上がってきた感じのアンジェリカからいきなり声をかけられたのだ。
「いや、それがだな、なんというか」
「もしかして演劇部に見学に来たの? 嬉しい、わたしと同じ部で活動する気になってくれたんだね!」
「まあ、そんな感じかな」
「あっ、わたし急いでるから。部活が終わってからまたね!」
彼女はかなり焦った様子で行ってしまった。
うまく説明できなかったけど、まあいいか。
「お待たせ、タツロウ君。階段を下りるよ、大道具係の部屋は1階にあるんだ」
「あ、はい」
ようやく来たか、結構待たされて疲れた。
そんなことを思っていたオレだが、予想もしていなかったことで先制パンチを浴びせられた。
「タツロウ君、アンジェリカと親しげに話していたみたいだけど」
「ああ、先月のスキー旅行で同じグループに入って仲良くなったんです」
「なるほど。でも、部室内はもちろん、演劇部として活動している最中は、彼女やソフィアとはあまり親しく話をしたりしないでほしい。裏方スタッフと女優たちには節度ある距離感が必要だからね」
な、何じゃそりゃあ!
なんかもう、人気のタレントとかアイドルみたいな扱いなのかよ。
思わず言い出しそうになったがガマンガマン。
オレはマグダレナに追放を解除してもらえれば演劇部とは関係なくなるのだから、それまでは事を荒立てるような言動は慎まないと。
ここは黙って頷き、黙々と階段を下りていくのが正解だ。
そして1階の広い作業場と倉庫が合わさったような空間に連れて行かれたオレは、新入部員として簡単な紹介をされたあと、早速あれこれと作業を指示され続けた。
「あの道具をあっちに持っていって」
「はーい」
「これを運ぶのを手伝ってくれ」
「へーい」
「倉庫から出して来いっつったアレはどーなってんだ!? サボってんじゃねえぞ新入り!」
「スンマセン、スグ出してきます!」
ただでさえ演劇の事は分からず、他の部員の顔と名前もロクに一致していない状況で働かされ続けて、もう何がなんだかわからない。
そうして腕も足も動かなくなるくらいヘロヘロの状態になった頃、ようやく今日の活動時間が終わった。
思わずへたれこんだオレに、ヘルムートが声をかけてくれた。
「タツロウ君、今日はお疲れ様。どうだったかな? 大道具係で実際に作業してみて」
「こんなに忙しいとは思わなかったです。でもまあ、なんとかついていけそうな気がします」
「……ああそう。それじゃあ明日から更に活躍してくれるのを期待しているよ」
「はい、ありがとうございます」
なんか期待されちゃってるよ。
そう言われたら、ここで活動を続けるのも満更でもないな。
さて、今日は上着とネクタイは外したけど制服のシャツとスラックスのまま作業したから、汗まみれでちょっと気持ち悪い。
とっとと寮に帰って風呂に入ろう。
と、その前にカバンを教室に取りに行かねばならない。
そしてカバンを回収したまではよかったけど。
教室から出ようとしたところで、人とぶつかりそうになってしまった。
「きゃっ!」
「あっ、悪い! ってなんだ、ソフィアじゃないか」
「……私とは違う人の方が良かったですか?」
しまった、余計な一言でソフィアの表情がムッとした感じになってしまった
「そうじゃなくてさ、ぶつかりそうになったのが親しくない相手よりお前で良かったっていう意味だよ」
「そうですか、ちょっと意地悪を言ってしまいました。すみません」
「ところで今頃に教室に戻るなんてどうしたんだよ」
「私も貴方と同じくカバンを置いてきてしまったので。だから、部活が終わったら待っていて欲しかったのですけど? でも私を置いて先に帰ったので、ここで誰かと待ち合わせでもしていたのではと思った次第です。フフッ」
ああ、なんか怒ってるな。
どうしてわかるのかって?
会話の最後に彼女が悪魔的な微笑みを見せたからだよ……。
何も思わずにやった行動が誤解を招くとはなぁ。
でも待つわけには行かなかったんだよ。
ヘルムートからあんなこと言われたし、それに……。
「待たなかったのは理由があって、今日は汗まみれになって疲れたんで早く帰りたかった。それだけさ」
「……わかりました。ではちょっと待っててくださいね」
ソフィアは急いでカバンを取りにいって戻ってきた。
でもあまり近づき過ぎないようにしないと。
「……どうしたのですか? その距離感だと話しづらいのですが」
「何でもないよ、汗臭いから悪いと思って」
そう言い訳したのだが、彼女は訝しげにオレの顔を覗き込もうとする。
なんとか校舎の出口までそのままの距離でやり過ごしたのだけど、今度は後ろから左腕に抱きつかれる衝撃を覚えた。
「うわっ!」
「タツロウくん! 演劇部へ入る気になってくれた?」
「アンジェリカ! すまない、オレの身体から離れてくれ……汗臭いから恥ずかしいんだ」
「別にわたしは気にならないけど、タツロウくんがそう言うなら。で、どうなの?」
「うまく説明できてなくてゴメン、実は今日から入部したんだ。大道具係として」
「え〜、そうなの? せっかく一緒に舞台に立てると思ったのに! 今からでも役者グループに応募し直そうよ!」
「いや、いろいろ事情があって。というか、今日入ったことってソフィアから聞いてなかったのか?」
「……ソフィア、わたし聞いてないけど。どういうこと?」
「……ごめんなさい、言いそびれてしまって。今日から稽古が始まって、そちらに気が行ってしまいました」
急に彼女たちの間に緊張感が漂ってきた……。
まずい事を言ってしまったらしい。
ここは何とかして取り繕うしかない。
「それはそうと、今日は大道具係の作業で早速やらかしちゃってさ〜」
オレは今日の作業での失敗談を面白おかしく話した。
「うふふ、なんだかタツロウ君らしい話ですね」
「タツロウくん、そんなの気にしなくて大丈夫だよ〜! だいぶ前だけどヘルムートさんなんてもっと酷いことやらかしてるし」
ようやく2人の機嫌が直ってきたよ。
そして彼女たちとは一定の距離を保ちつつ帰り道を歩き、男子と女子の寮に別れる箇所でそれぞれに別れた。
だけど、明日からも彼女たちとはこの調子でやっていかねばならんのか。
ふうっ、やれやれだぜ。




