97.追放します
「タツロウ、貴方をこの錬金術研究会から追放しますわ!」
「うわあああああああああー!」
オレが所属する部活『錬金術研究会』の部長にして辺境伯御令嬢のマグダレナからの容赦のない宣告に、オレは心にドーンと衝撃を受けた。
もう少しで卒倒するところまで追い込まれてしまったのだ。
そんな馬鹿な、オレが何したってんだよ!
そうだ、今日ここで起きたことを振り返ってみよう……。
もちろん何もない筈だが、ヒントくらいは見つかるかもしれない。
◇
「よお、久しぶりだなマヌエラ。元気だったか?」
「あっ、タツロウ先輩! 2週間以上も部活に出席しないで何やってたんスか! もう自分のことなんか忘れてしまったんじゃないかって心配してたッス!」
演劇部の校内発表会を観劇した翌々日、オレは錬金術研究会の部室に顔を出した。
まず視界に入ったのはいつも元気な後輩マヌエラで、相変わらず部室内であちらこちらと動き回っている。
それにしても、彼女も最近は少し女子っぽくなってきたというか。
出会った頃は男子か女子かパッと見では分からなかったくらいなのに、時が経つのは早いなぁ。
「タツロウさん、チーッス!」
「今日もお勤めご苦労様です!」
今度は男どもから声をかけられた。
コイツらは学園祭の騒動でのオレの活躍を見て、舎弟になりたいという動機で入部してきたヤンキーたちだ。
「お前らちゃんと頑張ってるみたいだな。続けていけばオレみたいになれる、だからこれからも部活に励めよ!」
「はい、肝に銘じておきます!」
コイツらにはこう言っておけば割と真面目に部活を頑張っておとなしくしているのだ。
そう、オレは校内の平和にも貢献しているのだよ、わっはっは!
いや、こんなこと考えている場合じゃなかった。
今日顔を出したのは気まぐれではない。
同じ部員のクリス経由で、部長のマグダレナから呼び出しを受けたのだ。
「やあタツロウ、部室では久しぶり〜」
「あっ、ちゃんと来てくれたんだね」
「ぼくとは本当に久しぶりだね。兄さんも君に会えずに寂しがっていたよ」
ノア、クリス、そして副部長のフェルディナントからも声をかけられた。
ちなみにフェルディナントの兄さんは、あのイヤミったらしいスカシ野郎のマクシミリアンなのだ。
あ、言っておくが彼は人当たりがよく親切で、兄とはえらい違いだ。
「みんな久しぶり。ところでフェルディナント、オレは何故呼び出されたんだ?」
「さあ、ぼくにはわからないな。けど、呼び出されたのはタツロウだけじゃなくてソフィアもだよ」
「そうだったのか。そっちの理由もわからないのか?」
「いや、ソフィアについてはわかってるよ。学園祭のあと彼女はしばらく休学していたけど、復帰のお祝いをしていなかったから、遅まきながらささやかなパーティを開こうってなったのさ」
本当だ、部室の奥のスペースに机を並べて、その上にお菓子やら飲み物やらが所狭しと置かれている。
「なんだよ、言ってくれればオレも手伝ったのに」
「いやまあ、ぼくたちだけで十分だったからさ。気にしなくていいよ」
「ふーん……あれ、ちょっと待てよ。オレだって休学していたけど、なんにも祝ってもらってねーぞ!」
「そ、そうだったかな? じゃあまた今度やるってことでいいかな、あははは」
フェルディナントの奴、なんかスッキリしない答え方しやがって。
まあいい。
今日はソフィアが主役だからオレはおとなしく端っこでチビチビと飲むことにするよ、ジュースを。
そんな感じで部室内で盛り上がろうとしていたところに、廊下から女子たちの楽しそうな話し声と足音が聞こえてきて、こっちに近づいてくる。
3人ぐらいだろうか。
そして部室のドアの前で足音が止まるとガラガラッと開いて、金髪縦ロールの派手な……いや華麗な女子が勢いよく入ってきた。
錬金術研究会の部長にしてオレの天敵、そして辺境伯御令嬢のマグダレナだ!
その後ろにはソフィアと……もう一人いるが背が低いのか見えにくい。
まあいいか、あとでわかることだ。
マグダレナは部室内を鋭い眼光でぐるっと見渡すと、おもむろに口を開いて挨拶から話し始めた。
「皆さん、ご機嫌よう。今日は全員集まっていただいているかしら?」
うわっ、なんか睨みつけられたような……いやさすがに気のせいか。
オレは久しぶりの出席となったことをまず詫びた。
「お久しぶりですマグダレナさん。なかなか来れなくてすみませんでした」
「タツロウ、今日はちゃんと来てくれたのですね。まあいいでしょう」
ふうっ、これといって咎められずに済んでやれやれだ。
ここでフェルディナントが助け舟を出すかのように話を切り替えてくれた。
「奥に机を並べて、もう準備ができてますよ」
「ありがとう。でもごめんなさい、貴方たち3人に任せっきりにしてしまいましたわ」
「いえ、マグダレナさんは忙しい人ですから。時間がある人がやればいいことです」
「そう言ってもらえると助かりますわ。では早速始めるといたしましょう!」
「わーい! 今日は授業中からずっとこれが楽しみだったッス!」
マグダレナの号令を聞いて、はしゃぎながら奥に歩いていくマヌエラ。
他のみんなもわいわい喋りながら奥の席へ移動を始めた。
オレは一番端っこの席に座り、その隣にノア、それからヤンキー部員たちが同じ机の周りに座っていく。
そして奥側の机には女子たちが次々と座っていく。
一番奥はマグダレナ、その隣に主役のソフィア、そのまた隣はサンドラ……んん?
「おいサンドラ、なんで部員じゃないお前がここにいるんだよ!」
「あたしは、ソフィアの親友として参加させてもらってるの。ねえ、マグダレナお姉様」
「そういうことです。タツロウ、折角の祝いの席なのですから、細かいことを言うものではありません」
うわっ、コイツらいつの間にこんなに仲良くなったんだ?
それにしても辺境伯御令嬢とここまでお近づきになれるとは、サンドラのコミュ力恐るべし。
まあいいか、ソフィアが楽しめればそれで。
それからマグダレナによる簡単な挨拶が行われ、続いてフェルディナントによる乾杯の音頭が始まった。
「えー、それでは改めて、ソフィアの復帰を祝して……カンパーイ!」
「カンパーイ!」
「かんぱ〜い! ソフィア、戻ってきてくれてありがとう! あたし、あの時とても嬉しかったよ!」
「うふふ、ありがとうございます」
ひとしきり祝いの言葉と返礼が終わると、みんなこぞってソフィアと話をしたがった。
演劇部の活動で最近の出席率が悪かったせいか、この部活の活動中に彼女と話をする機会がほとんど無かったもんな。
オレは……同じクラスだし、今更どうしてもって話題も無いから、もっぱらヤンキー部員たちと盛り上がっていた。
羽目を外し過ぎてちょっと注意を受けたが、少なくともこれだけで追放されることは無いだろう。
そして宴もたけなわ、みんなのお腹も膨れたところで、ソフィアからお礼の挨拶が行われた。
「皆さん、今日は本当にありがとうございました。思えばこの部には、私が転入してきて間もなくから参加して、一応は部の創立メンバーとして楽しかったこと、ちょっとしんどかったこととか、思い出は一杯あります」
彼女はこれまでのことを振り返りつつ周りを見渡すように視線を動かしながら話し続ける。
そして今度はオレの方をチラチラ見つつ、思いがけないことを話し始めた。
「ですが、私は今年の演劇大会へ向けて、演劇部の活動に専念したいと思います。そこで、中途半端な状態を続けるのは避けたいと思い、この部での活動を終えることにしました」
つまり錬金術研究会を辞めるってことかよ!
ああ、だから今更復帰祝いだとか言って。
最初からこの席はお別れ会を兼ねてたんだな。
みんなショックなのか誰も口を開かない。
そんな中でマグダレナとサンドラは互いに目で合図を送り、マグダレナが立ち上がって沈黙を打ち破った。
「ソフィアには部の存続に多大な貢献をしていただきましたわ。特に学園祭での集客は彼女の力が大きかったと思います。だからこそ、彼女の決断を尊重したいと思います」
マグダレナは一息ついてから笑顔でみんなに呼びかけた。
「さあ、ソフィアを拍手で送り出してあげましょう!」
そう言い終えてマグダレナがまず拍手をし始めると、みんなも一斉に拍手とねぎらいの言葉を送りだした。
ソフィアは恐縮しつつも相変わらずオレをチラチラ見てくるのだが、オレはなんて言えばいいのか思い浮かばず拍手だけしていた。
と、ここまで思い出しても、追放される要素は見当たらない。
しかし、ここから事態は急変したのだ。
マグダレナが突然オレの方を向いたかと思うと、やおら懐から扇子を取り出して口元に当て、少し斜め向きにポーズを取りながらオレを糾弾する言葉を並べ始めたのだ。
「ところでタツロウ。わたくし、前々から貴方について気になっていた事が沢山有りましてよ」
「な、何ですかいきなり」
「丁度いい機会ですから、この際はっきりと言っておきましょう。そもそも貴方は、適当でだらしがなさ過ぎるのです」
「そ、そんなことねーよ。じゃあオレがどんなことをやらかしたのか言ってみてくれよ!」
「まず第一に、わたくしに対するその口の利き方。身分はともかくとして、上級生且つ部長に対する敬意の欠片も感じられません」
「そんなこと、ありませんです!」
「第二に、特に用事もないのに、あまりに気まぐれな出席率。今日だってわたくしが声を掛けなければ出席していたかどうか」
「だって、気が向かないのに出たって面白くないじゃん」
「そして最後、第三に活動意欲の低下。いえ、飽きっぽいというべきかしら。立ち上げ当初の興味を無くして、出席してもダラダラとした時間を過ごすばかり」
ウッ、最後のはぐうの音も出ない。
そして彼女からの糾弾はクライマックスを迎える。
「これら不敬とやる気の無さには、わたくしも我慢の限度というものがありますのよ。よって……」
ここで彼女はオレに扇子の先端を向けながら追放を宣告したのだ。
そうだ、みんなはどう思ってるんだ?
これくらいのことで追放なんてやり過ぎだよな?
「これは、タツロウが悪いかな、やっぱり」
「まあ、ここまでやったら追放も仕方ないかも」
「マグダレナ姐さんの仰る通り。アンタ、最近はチョーシ扱き過ぎだと思ってたんだ!」
そんな、誰も味方になってくれない。
ヤンキー部員たちまでマグダレナ側に寝返りやがった。
「ひ、酷いッス! 確かに先輩はだらしないッスけど、何もここまでしなくても!」
おお、さすがはオレの第一の舎弟マヌエラ。
やっぱり後輩の面倒はちゃんと見ておくべきということだよ。
しかしここでサンドラが不審な動きを見せる。
「ちょっとマヌエラちゃん! 昨日打ち合わせしたでしょ!」
「で、でも……」
なんか2人でゴニョゴニョやってるが、それが終わるとマヌエラの態度が一変した。
「や、やっぱり先輩が悪いッス! ここは追放されて反省するがいいッス!」
まさかマヌエラよ、お前もか?
そして最後にマグダレナが追い打ちをかけてきた。
「ところでわたくし、演劇部の部長とは旧知の仲ですの。大道具係が人手不足らしいので、貴方をそちらに移籍させることで話が纏まっています。明日からそこで働きなさい。そこで認められたら、追放を解除してあげてもよろしくてよ。オ〜ッホッホ!」
「ひ、酷い! オレの行き先まで勝手に決めるなんて。チクショー、グレてやる!」
オレは部室を飛び出した。
追い出されたんじゃねえぞ、こっちから辞めてやったんだ。
だから泣いてなんかいないぞ……グスッ。
◇
「あ〜、楽しかった! わたくし、一度でいいから、ああいう追放イベントをやってみたかったんですの!」
「ありがとうございました、マグダレナお姉様。これで心置きなく演劇部に移れるよね、ソフィア」
「はい……でも、さすがに可哀想な気がします」
「気にする必要はありません。タツロウが最近ダラけていたのは事実、丁度いい薬ですわ」
「でも、これで先輩に会えなくなるッス……」
「心配しなくても2人とも休部扱いにしています。演劇大会が終わったら戻す予定ですわ」
「マヌエラちゃん、あたしたちの教室にはいつでも遊びに来ていいのよ?」
「いいッスか? それなら構わないッス!」
「ふふっ。明日から楽しくなりそうです……!」




