96.初めての観劇
いろいろ有ったけど楽しかったスキー旅行から帰ってきて、早くも1ヶ月が経過しようとしている。
まだまだ寒いけど、少しずつ春の気配が感じられる今日この頃だ。
まあそれはいいのだが。
旅行から学校に戻ってからも、オレは旅の余韻に浸ってしまっていた。
特に最初の3日間は、授業に身が入らず脱け殻のような状態だった。
そんなのいつもと同じじゃないかって?
ほっとけ!
だけど徐々にやる気を取り戻していったオレは、ようやく先生方から授業中に注意を受けることが無くなったのだ。
そんなこんなでサボりがちだった部活『錬金術研究会』への出席も、そろそろ毎回出るようにしたいと考えている。
だけど今日は、別に行かねばならない用事がある。
その行き先は……学校内にある演劇ホールなのだ。
ウチの神学校は演劇や音楽活動に力をいれており、なんと専用のホールを用意している。
礼拝と音楽は密接な関係があるから当然とも言えるが、パイプオルガンまである本格的なのは、そうそう無いんじゃないか。
おっと、話がそれてしまった。
今日はホールで何が催されるのかというと、演劇部の定期的な校内発表会だ。
もちろん生徒も自由に観劇できるのだが、これが結構人気があって、すぐに席が埋まってしまう。
そこを、ソフィアとアンジェリカが関係者枠みたいな形で席を確保してくれて招待されたのだ。
確保されたのは3席分。
オレはアンジェリカの、マルコとサンドラがソフィアの分を貰い受けたというわけだ。
そして今日の演目で主要な役割を演じるのは……当然ソフィアとアンジェリカである。
といっても何を演じるのかは、見てのお楽しみと言われて教えてくれなかった。
既に席に座って開演待ちのオレは、時間潰しも兼ねて隣の席のマルコに尋ねてみた。
「なあマルコ、今日の演目ってどんな内容なのか聞いてるか?」
「えっとね。ある王国で起こった革命を背景として、その国の王妃と護衛を務める騎士の波乱の生涯を描いた作品、だったかな」
うーん、なんだかイメージが湧きにくい内容だな。
オレが前世でよく読んだ少年マンガ雑誌にはあまり見かけないストーリーと展開だからかもしれない。
小説とか少女マンガっぽい気がするが、そういうのはあまり読んだことがないのでこれ以上は考えるのをやめておく。
「ふ〜ん。で、ソフィアとアンジェリカはどの役をやるんだ?」
「それはね……」
「ちょっとマルコ! ソフィアからタツロウには事前に教えないでって頼まれてるでしょう?」
「おっとそうだった。ごめん、これ以上は言えない」
「ちょっと待てよサンドラ! お前らは知ってるのに、なんでオレにだけ秘密なんだよ!」
「アンタのことだから、事前に詳しく言っちゃうと途端に興味無くして『観劇に行くのやめとく』とか言い出しかねないでしょ! それに……」
そんなことねーよ! と反論しかけたが思い止まった。
確かに、オレには興味を無くすと途中でも放り出す癖があるからだ。
この学校に転入してきた当初から友達のマルコとサンドラは、その辺のことをよくわかっている。
でもソフィアから頼まれたってことは、彼女もそう思ってるってことだよな。
やっぱり、だらしない男だって思われてるのだろうか。
オレは自慢じゃないが他人からどう思われようがあまり気にしないし、ならない。
でもこの件はなんかモヤモヤする……なんでだろう?
それはともかく、サンドラが続けて何か言い出そうとしたのが気になる。
「わかったけど、最後は何を言い出そうとしたんだ?」
「べ、別に……サプライズってやつでしょ、そんな大したことじゃない。ほら、もうすぐ始まるわよ!」
サプライズなら全員に秘密にしないと意味ないけど、オレにだけってワケわかんねーよ。
気にはなるが、本当にもう始まりそうなので追及は諦めた。
もう舞台の方に集中しよう。
演劇部の人だろうか、観客に向かって何やら挨拶みたいなことを短く喋ってから、最後に『どうぞごゆっくりご観賞ください』と締めて、舞台袖へと引き上げていった。
その直後に幕がするすると上がっていく。
それが上がり切る前からまず目に入ったのは……可憐な王女、いや王妃役だろうか。
それに扮したアンジェリカの姿だった。
舞台のセットは宮殿の中っぽい。
まだ革命は起きてないということか。
「わたしがこの王家に嫁いで来てから早数年。政略結婚の夫とは恋愛感情もなく、連日の舞踏会では魑魅魍魎のような貴族たちを相手にする……いえ、挫けずにわたしが王家を支えないと」
おお、いつもの可愛さだけでなく、人を引きつけるような魅力というか気品というか。
さすがは演劇部の次期看板女優候補。
舞台に立つと輝きと存在感がある。
おっと、次に舞台に入ってきたのは騎士の格好をした男……それにしては華奢な体型だ。
「お呼びでしょうか、王妃殿下」
「これから舞踏会の会場へ参ります。いつも通りの警護を頼みますね」
「……本日の舞踏会は中止となりました」
「何故ですか。本日は国内の有力な貴族が集まる、一際重要な舞踏会のはず」
「民衆が宮殿近くで暴動を起こしており、危険ですので貴族の皆様は出席を見合わせております」
「まあ、なんてこと。どうして暴動が」
「今年の飢饉で困窮した民衆たちは『パンを寄越せ』と口々に叫んでいるのです」
「そうなのですか? パンがなければ、お菓子を食べればいいじゃない」
なんか聞いたことのあるセリフ回しだな。
どの世界でも芝居のセリフで似たようなのがあるのだろう。
それはいいが、騎士の声、低く抑えてあるが聞き覚えのある……って、よく見たらソフィアじゃないか!
いわゆる男装の麗人ってやつか。
王妃のお付きだから女性の騎士ということなんだろう、よくわからないけど。
途中まで全然気づかなかった。
彼女の演技力、オレが思っていたより遥かに上手い。
役に成り切ってるというか、舞台の上ではソフィアの個性は極力感じさせないようにしている。
確かにこれはサプライズだ、面白かったよ。
そして物語は進み、革命が発生したあと、ソフィア演じる騎士が幼馴染みの男とお互いの想いを確かめ合う場面。
「ああ、私はやっと自分の気持ちに気づいたのだ。私はお前のことを愛していると」
「それは俺もだ。もうお前とは2度と離れない」
それにしても、幼馴染み役の男はカッコいい二枚目俳優だ。
すらっとした長身でありながら、広い肩幅と引き締まった身体付きでなよなよとはしていない。
その上に校内でも指折りの上位に入るであろう整った顔立ち。
あんなのに告白されたら、大抵の女子は即座にOKなんだろうな。
そして男はソフィアを引き寄せて抱き合う。
でもちょっと密着し過ぎじゃないんですかね?
いや、芝居でやっていることなのにムキになっても仕方がない、考えるのはやめにしよう。
そのまま物語はクライマックスへと雪崩れ込む。
蜂起した民衆側へと立つ男装の麗人とその幼馴染み。
これから2人はどうなるんだ?
しかしここでオレは急に意識が飛び始めた。
なんか知らんが、めっちゃ眠いのだ。
これからいい場面なのに……しかし耐え切れずにオレは目を閉じてしまった。
「タツロウ! 早く起きないと終わっちゃうよ!」
オレは小声で呼びかけるマルコの声と肘での軽い突きで目が覚めた。
ヤバい、どこまで進んだんだ?
見るとアンジェリカ扮する王妃が牢獄に閉じ込められている場面だった。
まさか、このまま断罪されて処刑されてしまうのか?
「わたしは、国のことを、民衆のことを何もわかっておりませんでした。ただただ、連日宮殿内で踊っていただけ、今になってようやく気づきました」
アンジェリカの真っ直ぐな眼差しとハッキリしたセリフ回しが意思の強さを感じさせる。
最後は王妃が長い刑期を終えて釈放され、一市民として再出発するところで幕が下りた。
……面白かった!
実はオレ、前世から通じても観劇するのは初めてだったのだ。
もちろん文化祭でクラス単位でやってた劇は見たことあるけど、本格的な『舞台』と呼べるものは全く無かった。
実際に演じているのをすぐ近くで見る臨場感がこれほど楽しめるとは。
それにしても、ソフィアもアンジェリカも既にファンクラブらしきものができているらしい。
幕が下りていく最中、彼女たちの名を叫ぶ観客が結構いたのだ。
「きゃ〜、ソフィアさま〜!」
「アンジェリカちゃ〜ん!」
男女比率はソフィアは女子、アンジェリカは男子の声援が多めに感じた。
◇
余韻に浸りつつ、オレたち3人は教室へ向かって歩いていた。
もう放課後ではあるけど、カバンを置いてきたので一旦戻らねばならないのだ。
だけど途中でサンドラが怒りモードで突っかかってきた。
「タツロウ〜! アンタ、居眠りしてたでしょう!」
「しょうがないだろう、急に強い眠気に襲われちまったんだから」
「全く、ソフィアの一番の見せ場だったのに! 最近のアンタは気合と根性が足りないんじゃないの?」
「んなことねえよ! なんならここで今すぐ見せてやろうか、あぁ!?」
「望むところよ、かかってらっしゃい!」
「落ち着きなよ2人とも。タツロウは確か、観劇は初めてだったよね。最初は集中力の抜きどころが分からなくて眠くなっちゃうのも、仕方がないよ」
「ええ〜、だって〜」
「そら見ろ、オレはそこまで悪くない!」
「だけどさ、サンドラが男子顔負けだからって、女子に向かって売り言葉に買い言葉で大声出すのはどうなのかな。悪いけどちょっと軽蔑するよ」
「……悪かったよ、サンドラ」
「あ、あたしこそゴメンね」
「2人ともわかってくれればそれでいいよ」
マルコの仲介で事なきを得た。
普段は穏やかなマルコが時折り見せる静かな迫力は、オレたちがうまくやっていくのに必要なものだと思う。
それから教室へ着いたオレたちは、さっきの観劇の感想会でしばらく盛り上がった。
「あっ、もうこんな時間。マルコ、さっさと寮に帰りましょ!」
「そうだねサンドラ。タツロウもいいかい?」
「ああ、そうしようぜ」
オレたちは教室を出て、校舎の玄関へ歩いていく……矢先で2つ隣の教室の扉もガラガラと開いた。
「あっ、タツロウくん! 今日は観に来てくれてありがとう!」
「……サンドラとマルコ君もありがとうございました」
恐らくカバンを取りに来たのであろうアンジェリカとソフィアにバッタリ出くわしたのだ。
「タツロウくん! わたしの王妃役、どうだったかな?」
アンジェリカのド直球な質問に戸惑いつつも、オレは精一杯の回答をした。
「もちろん良かった! 可憐だけど、途中から人間的に成長していく様子が凄かった」
「本当に!? わたし、タツロウくんに褒められるのが一番嬉しい!」
「いや、でもオレは思ったことをそのまま言ってるだけだし」
「それがいいの、わたしは! また観に来てほしいな……あっ、今日は用事があるから先に行くね、ばいばい!」
アンジェリカは言いたいことを言うと、嵐のように去っていった。
「あたしたちも先に行くから。タツロウ、アンタはソフィアに付き添ってあげなさいよね」
「それじゃタツロウ。また食堂で会おう」
サンドラとマルコもさっさと行ってしまった。
ソフィアと2人だけになってしまい、なんとなく気まずい雰囲気だ。
それを打ち破るべく、オレは教室に戻りかけながら話しかけた。
「カバンを取りに行くなら、早く行こうぜ」
「……はい。でもその前に、タツロウ君にちょっと確認したいことがありまして」
「なんだよ?」
「今日、私が何の役で出ていたか、わかりましたか?」
「ああ、もちろん。男装の麗人の騎士だろう?」
「……そうですか。それはいつ頃に気づいたのですか?」
「えーっと。確か、アンジェリカが『お菓子を食べればいいじゃない』って言ってたあたりかな」
「そう……ですか。思っていたよりも、早めに気づいてもらえたのですね。ふふっ」
「そんな面白いこと言ったか、オレ?」
「あっ、すみません。さっきのは気にしないでください。それはそうと……タツロウ君は、クライマックスの場面で寝てましたよね?」
ギクゥッ!
やっぱり気づいてたのか。
どうしよう、どういう言い訳すれば彼女に納得してもらえるだろうか。
「す、すまない。オレ、観劇するのは初めてで、集中力のペース配分みたいのがよくわからなくて」
「……そうですか、それならば仕方がありませんわね。アンジェの見せ場はちゃんと見ていたのに、私の見せ場は見ていなかったことは、誠に残念至極ではありますけれど。私、気にしておりませんから、オホホホ!」
うわっ、これはヤバい。
ソフィアとも半年以上の付き合いとなるが、最近になってわかってきたことがある。
普段は穏やかな微笑みで落ち着いた口調の彼女が、必要以上に丁寧な言葉使いをしてくる時というのは、かなり怒っているということが!
これ以上の言い訳は火に油を注ぐだけだ。
ならば、やるべき行動は一つ……!
「今日は荷物持ちをやらせていただきます!」
「……うむ、苦しゅうない。なんてね。わかりました、今回はそれで許してあげます」
ふうっ、危機一髪だったぜ。
◇
オレはソフィアのカバンと、もう一つ彼女が肩から下げていた荷物を持って、一緒に校舎から出ようとしている。
「これ、何が入ってるんだよ、結構重いぞ!」
「……すみません、今回の役は何回も着替える場面があって、衣装やら何やら荷物が多くなってしまったのです」
「そうだったのか。演劇部って思ったより体力が必要なんだな」
「そうですね、ちょっと体育会系っぽいところもありますし。タツロウ君もやってみますか?」
「いいよオレは見てるだけで」
「……そうですか、それは残念。ところで私の騎士の姿はどうでしたか?」
「とても似合ってたよ、男装の麗人」
「……じゃあ、王妃と騎士が逆だったらどうでしたか?」
「うーん、でもそれは無いんじゃないか? ソフィアの方が背が高いから違和感が」
「確かに背丈の関係であの配役となりましたが……それって、私では王妃は似合わないと言ってますか?」
ソフィアは少し頬を膨らませて不満を露わにした。
せっかく機嫌を直したのに、ここはなんとかしないと。
「そんなことはない、ソフィアなら何でも似合うと思う。あくまでアンジェリカとの組み合わせの話だよ」
「……まあいいでしょう、これくらいにしといてあげます。それではここで別れましょう」
いつの間にか男子と女子の寮に行く別れ道まで来ていた。
彼女に荷物を返して、それぞれの道を歩いて帰ったのだった。




