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名ばかり皇帝の跡継ぎに転生させられたけど、オレはこのまま終わるつもりはない  作者: ウエス 端
演劇大会編

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100.首筋への感触

「それでね、タツロウくん。今日の稽古なんだけど、オリヴィア部長から演技で厳しい指摘があったの。わたし、もう泣きそうになっちゃった」


「え〜、それはちょっとヒドい。そこまでしなくてもアンジェリカの演技は凄いとオレは思うんだけどな」


「本当? タツロウくんがそう思ってくれるならいいの。それで明日もわたしは耐えられる!」


 オレが演劇部に入ってから2週間程経過した。


 大道具係の作業に少しずつ慣れてきたので落ち着くかと思ったのだが。


 毎日の部活帰りが薄氷を踏む思いなのだ。


 オレは、ソフィアとアンジェリカが部室棟を出る少し前に出るようにしている。


 少なくとも部室棟の前で彼女たちと合流するのはまずい、部長とヘルムートに見つかったら何言われるかわかったもんじゃない。


 オレが一番恐れるのは、演劇部をクビにされて錬金術研究会への復帰が閉ざされることだ。


 彼女たちには相変わらず不満を言われるのだが、今の状態で何とか凌ぐしかないのだ。


 だから合流してからの帰り道では2人の話の聞き役に徹しているが、それも簡単ではなかった。


「……そろそろ私の話も聞いてほしいのですが、タツロウ君?」


「ああ、どんな話でもどんと来いだよ、ソフィア」


「くすくす、なんか大変だねえタツロウ」


 そして最近は何故かレオナまで一緒なのだ。


 彼女はオレが四苦八苦しているところにツッコミを入れながら楽しんでやがる。


 オレはお前のオモチャじゃねえんだぞ!


 と言いたいが、彼女がいるおかげで、一応は『大道具係の女子と女優たちがグループで帰っている近くをオレが通っている』という状況を作れるのだ。


 イザとなればこれを言い訳にしようと考えているので、オモチャでも何でも受け入れるさ。


 実際、近くを別の演劇部員が通りかかっても、今のところ部長たちに咎められてはいないのだから。


「あー、今日はいっぱい話せてスッキリした! それじゃあねタツロウくん、また明日」


「……明日は私の話を沢山聞いてもらいますからね、タツロウ君」


「明日も力仕事の頑張りを期待してるよタツロウ」


 ふう、ようやく寮の近くで彼女たちと別れた。


 だけど別れ際のソフィアの視線が怖かった……明日は彼女の話を優先することに努めよう。


 ん?


 なんか後ろから視線を感じる。


 急いで振り向いたが人影は目につかなかった。

 疲れてるのかな、早く寝よう。



 翌日も部活が始まるとすぐに作業が山積みだ。


 といっても、オレが出来るのは物を運ぶとか他の部員がやってる作業の補助とか、結局のところ誰でもできる作業だけだ。


「タツロウ、そっちを持って支えてくれ」


「はいよ」


 今も、背景のセットを組み立てる補助を頼まれてやっている。


 しかしだ。


 背景のデザインを考えたりとか、それを実際に描くとか、そういう美術的な作業も大道具係の仕事のうちなのだ。


 でもオレには全くできない。


 絵を描くなんて、腕前は幼稚園児のお絵描きレベルだ。


 補助作業や力仕事が嫌だというわけじゃない。


 だけど、これじゃあ仲間としてはなかなか認めてもらえないな、と少し無力感を感じ始めた今日この頃だ。


 オレの目標は錬金術研究会からの追放をマグダレナに解除してもらうこと。


 そのためにも一日でも早く認めてもらいたいんだ。



 でもまあ、とりあえず休憩時間になったからちょっとそこらへんに座ろうかな。


 そう思って歩き出したオレの背中に、バチーンと衝撃が走った。


「痛ってーな! 誰だよ!」


「あたしだよ! どうしたのさ、そんなトボトボ歩いて元気がないねぇ! 悩み事ならお姉さんが相談にのってあげるよ」


 声の主はレオナだった。

 彼女は面倒見がいい性格で、悩むオレの顔を見ながらにこやかに笑いかけてくる。


「お姉さんって、レオナも同じ学年じゃないか」


「ここではあたしが先輩なんだ。つまり、あたしがお姉さんってことだよ」


「なんだよその理屈は」


「で、何を思い悩んでいるのか言ってみ?」


 どうしようかと思ったが、オレは今思っていることを正直に話してみた。


「なるほど。でもみんな最初は下積み仕事ばっかりだから。むしろ昨日今日来たばかりのド素人が簡単にできたら、あたしたちの立つ瀬がないよ」


「そうだけどさ」


「何ヶ月か続けたら、段々とわかってくるもんだよ。その頃には嫌でもやらないといけなくなるし、そうなってから教えてあげる」


 うーん、オレは何ヶ月もいる気はないんだけどなあ。


 それでも一応はわかったフリをして座ろうとしたら、今度は罵声が飛んできた。


「おいっ! 暇なら後でこっち手伝えよ!」


 1年生男子ドミニクの声だ。


 相変わらず偉そうな口調だが、『お前』呼ばわりしなくなっただけマシか。


「あーわかった、休憩終わってからな」


 今でも腹が立たないと言えば嘘になるが、ここでのオレの立場は一番下のペーペーだ。


 もう仕方がないことだと諦めている。


 ……今ならマクシミリアンの気持ちもわかるような気がする。

 アイツもオレのことは諦めて対応してくれてるんだなって。



 そんなこんなで、今日も忙しく動き回って一日が終わったのだった。



 いやまだだ。


 今日も帰り道は気をつけねばならない。


 少なくとも、部室棟から少し離れたところに行くまでは、ソフィアとアンジェリカに捕まるわけにはいかないのだ。


 2週間演劇部で過ごして、役者グループがどういうタイミングで稽古を終えるかはある程度わかってる。


 今ならまだ着替えている頃だ、サッと出口から出てしまおう。


 よし、出口付近には誰もいない……ん?


 出口の前を通る道にはいくつか木が立っているのだが、何人か隠れているのが見える。


 演劇部の部員じゃなさそうだし、何なんだコイツら?


 オレがそいつらの顔をよく見ようと見渡すと、何故かこわばった表情でみんなどっかへ行ってしまった。


「んー。ちょっと怪しげな奴らだったけど、どうしようか」


 独り言を呟きつつ迷ったが、オレに用があるわけじゃなさそうなので追いかけるのは止めにした。


 つまらないことで問題を起こして演劇部をクビにされたら、それこそ錬金術研究会への復帰の道も閉ざされてしまうからだ。


 だから気にせずに帰ろう。


 そうして、出口から歩き始めて100メートルくらい進んだあたりのことだった。


「タツロウくん!」


 うわっ、左腕が急に重くなった!


「アンジェリカ、どうしたんだよ急に!」


「エヘヘ。今日はわたしがタツロウくんとの帰り道を独占できるから、つい嬉しくて」


「あれ? ソフィアとレオナはどうしたんだよ」


「あ、あのね。2人ともまだ用事があるから先に行ってって」


「そうなのか。それはいいけどちょっと歩きにくいんだが」


「ごめんなさい。でもこうしてるのが一番幸せだからもう少しだけ」


 オレたちは腕を組んだまましばらく無言で歩いていく。


 正直言えばちょっとマズい状況だけど……幸い他の部員は見かけないし、まあ大丈夫だろう。


 それより、ずっと黙っているのも気まずいし、何でもいいから話しかけることにした。


「アンジェリカ、芝居の稽古はどう? 順調にいってる?」


「うーん、わたしはまあまあかな。でも問題が発生しちゃって、部長たちがどうしようかって考えてるんだけど。もしかしたら、わたしの演技の内容まで変わっちゃうかもしれないの」 


「それは大変じゃないか。だって次の定期発表会まであと半月くらいなのに」


「うん、結構大変かも。こういう時に、タツロウくんが役者グループだったらって思うんだけどな」


 アンジェリカから突拍子もない話が出て、オレは反応に困ってしまった。


 まあ冗談で言ってるんだろう、オレは演技なんてそれこそドが10個くらいつくド素人なのだ。


「あはは、オレで何か役に立つことがあれば協力はするよ」


「本当に? 約束だよ、協力してくれるって」


 冗談で返したつもりなのだが、何やら真剣な表情で受け止められてしまった。


 もちろんできることはするけど……。


「わかったよ。ところでそろそろいいか、やっぱり歩きづらい」


「お願い、もう少しだけ。わたし、演技のことで不安なの」


 どうしたんだ、一体?

 いつも自信満々に見える彼女からの意外な言葉に戸惑って、しばらくお互いに沈黙が続いてしまった。


 でも、このままだとこっちが気になってしまう。

 オレは彼女の話を聞くことにした。


「不安って、この前の発表会だって凄い演技してたじゃないか」


「あの時だって心の中では一杯一杯だった。ソフィアと比べて、わたしなんて大した事ないんじゃないかって」


「そんなことないよ」


「でも見たでしょ、ソフィアが男装の麗人に成りきって演じてたのを。わたし、どうしても自分が出ちゃうの。何を演じても」


「そうかな。オレはあの演技が好きだけど。アンジェリカらしくて」


「……本当に、そう思ってる?」


「オレがお世辞とか言えないことはアンジェリカも良く知ってると思うけど」


「……ありがとう、タツロウくん」


 アンジェリカからお礼を言われたあと、オレは首筋に柔らかい感触があったのを感じた。


 それから彼女はオレの腕を離して女子寮へと続く道を小走りで進んでいく。


 いつの間にかこんなとこまで歩いてたんだな。


 そしてもう一度振り向いた彼女の表情は、いつもの自信に満ちた笑顔だった。


「また明日ね。ばいばい!」


「ああ、また明日」


 それにしてもさっきの感触はもしかして。


 オレは首筋を軽く撫でながら男子寮へと向かった。



 翌日は、午前中から教室で大変だった。


 休み時間にソフィアとレオナからいきなり詰問されたのだ。


「タツロウ君、昨日は何処でどうしていたのですか? 貴方のことを待っていたのに、いつの間にか帰ってしまって」


「あたしなんて、部室棟内の男子トイレの前でタツロウが出て来るのを、しばらく待ってたんだよ!」


「何のことだ? オレはアンジェリカから、お前たちは用事があるから先に行ってと言われたって聞いたけど」


「……アンジェにまんまと乗せられてしまいました」


「あたしたちはアンジェから、『タツロウくんはお腹の調子が悪くてしばらくトイレから出られないみたい』って聞いたんだよ」


「そうだったのか、オレは知らんけど」


「……アンジェには後でお話するとして。今日こそは帰りに私の話をたっぷりと聞いてもらいますから、そのつもりで」


「あたしも一緒に帰るからそのつもりで」


 うわあ。

 なんか、オレが知らないところでエライことになってるみたいだ。


 そういうわけで放課後、オレは重い足取りで部室棟に向かった。


 でも作業はこなさないと。


 そう思って作業服に着替えて作業場に出たところで、ヘルムートに呼び止められた。


「タツロウ、ちょっといいか? 部長からお話があるそうだ」


 おっ?

 もしかしてオレの働きぶりが認められて、いよいよ錬金術研究会に復帰か?


 という楽観的すぎるオレの思いは、部長の一言で見事に打ち砕かれた。


「タツロウ君。キミは今日限りで演劇部をクビだ」

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