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21 真夜中のピアノ





心配していた玄関扉は難なくクリアし、私達は校舎や食堂棟に行く小径とは違う、駐車場側の石畳の路を進んでいった。


森に囲まれている立地は静寂に包まれ、等間隔に外灯があるがそれが当たらないところは新月の闇と混ざっていて、確かに幽霊の出現には相応しい状況にも思える。

だが円城寺君は怖がる素振りなどなかった。


「円城寺君、さっきは怖い話が苦手みたいだったのに、今は平気なの?」

「まあね。考えてみたら、ピアノを聞いたって言ってたのは、二年のいたずら好きな先輩達なんだ。どうせ僕達一年をからかうためのでたらめだろ?その後チャレンジした連中はみんな聞けなかったらしいしさ。それにもしピアノが聞こえてきたとしても、きっと音楽の楠先生が夜に練習してるだけだと思う。だから全然怖くない」


得意げに返ってきたセリフに、私は「それなら、残念だけど今夜は聞こえなさそうね」とがっかり感を滲ませた。


「……どういう意味?」

「今日は楠先生不在らしいから、円城寺君の説が正しければ、ピアノが聞こえる事は絶対にないのだと思って」

「ええっ?なんで?なんで楠先生いないのさ?!」

「夏休みで実家に戻られるとかで……円城寺君、急に止まって、どうしたの?」


軽やかな足取りが、ぴたりと止まる。

私が隣に並ぶと


「楠先生がいないなら、もし、もしもピアノが聞こえてきたら、どどどうするんだよ!」


わっと私に食って掛かってきた。


「…円城寺君、眩しいよ」


円城寺君の懐中電灯が私めがけて一直線なのだ。

だが彼には全く聞こえてないようで。


「そんな事よりそんな事より、もしピアノが聞こえたら?!」

「その時はその時でしょう?」

「な、なんでそんな余裕なんだよ!」

「聞こえてもないものに慌てても仕方ない……ちょっと待って」


私は人差し指を唇に当て、円城寺君に目で合図を送る。


「な、なんだよ」


ささやき声で訴えてくる円城寺君に、私は人差し指を耳に移動させてみせる。


「聞こえない?微かに」

「―――っ!」


慄くように円城寺君は肩を竦ませ、両腕で懐中電灯を抱きしめた。

おかげで眩しくはなくなったが、その分聴覚が研ぎ澄まされて。



――――確かに、音が聞こえる。真夜中の風に乗って、旋律が。




「……ピアノね。だけどこれは……」


独りごちた私に、円城寺君はカクカクした動きで首を振り向かせた。


「ピ、ア…ノ?」

「うん」

「―――か、帰ろう!ほら!早く!」

「ここまで来たのに勿体ないわよ」

「でででも、ど、ど、どどうして?だって楠先生はいないんだよね?ね?」

「落ち着いて、円城寺君。楠先生以外の人が弾いてるのかもしれない」

「だだ、だけどさ、もし幽…」


私は平常心を手放した円城寺君に向けて、目一杯の笑い顔を向けて言った。


「大丈夫よ。きっと人間よ、あれは」

「どうしてどうしてどうしてそんな事がわかるのさ?!」

「円城寺君、しーっ。静かにね。今聞こえてきた曲は私も知ってるの。だからわかるのよ。ミスタッチが多いって。ミスタッチなんかする幽霊がいると思う?」

「ほ、本当?それ本当?でもピアノを間違える幽霊だっているかもしれないじゃないか!」

「ミスタッチする幽霊なんて、きっとおまぬけな幽霊よ?そんなの全然怖くなんかないわよ」


笑いながら説明すると、円城寺君はややホッとしたような表情を見せた。

だが、嫌がる彼を無理に突き合わせるのは避けたい。


「真夜中のピアニストは人間だとは思うけれど、もし円城寺君の気が進まないのなら、」

「い、いい行くよ!人間なら…じゃなくて、せっかくここまで来たんだから。そそれに、もし幽霊だとしても、館林を一人で行かせるわけないだろ?見くびらないでよね!」


やんわりと申し出た私に、彼はまるで騎士(ナイト)のように断言した。

外見は可憐で可愛らしく、本人もそう自覚しているのに、性質はそれとは異なるようだ。

私は彼の騎士(ナイト)宣言を有難くいただく事にして、二人でピアノ棟に進んだのだった。




真夜中の音楽棟は、真っ暗だった。

隣の職員棟は少ないながら明かりが点いている部屋もあるのだが、ピアノ棟の方は窓という窓が暗かった。


私達は職員棟から見えないような位置を陣取り、懐中電灯をオフにした。

外灯がほんのり互いの横顔を照らす中、声を潜め話し合う。


「ピアノがあるのはどの部屋なの?」

「音楽棟には個人レッスン用の部屋がいくつもあって、アップライトならその全部の部屋にあるよ。でも窓のない防音室になってるし、外に聞こえてくるとしたら、音楽室のグランドピアノかな。だったら職員棟とは反対側の二階の端の部屋だよ」

「それなら、職員棟にはピアノの音が聞こえにくいのかしら?」

「たぶんね」


私達は職員棟よりも音楽棟側にある通路から来たので、風の影響もあってピアノの音が聞こえやすい状況だったのだろう。

だが建物の傍で聞いても、その音はあまり大きくなったわけではなかった。

ただ……


「円城寺君、噂のピアノは、いつもこの曲なの?」


流れていた曲は、モーツァルトのレクイエム、ラクリモーサ。

日本ではたしか ”涙の日” と呼ばれていただろうか。

曲調としては、レクエムだけに暗くて陰のあるものだ。

もし偶然真夜中に漏れ聞こえてきたピアノがこんな曲だったならば、それは確かに幽霊めいたものをイメージしてしまうだろう。

かと言って深夜に超高速の ”子犬のワルツ” が聞こえてきても、それはそれで怖い気もするが。


だが円城寺君は曲までは知らなかったようだ。


「何の曲だったかまでは噂になってないよ。僕もピアノは習ってたけど、ちょっと掠め聞いたくらいじゃこれがモーツァルトだなんて気付かなかったと思う」

「そうなの?」

「でも吹月の生徒はほとんどが楽器を習ってた経験があるだろうし、中にはこのピアノを聞いてすぐレクイエムだって分かったやつはいたかも。それで変な噂に発展したのかもしれない」

「なるほど。ああ、そういえば、今年の5月の頭辺りに、学院内で何かなかった?」


話のテンポに乗じて尋ねたつもりだった。

京極さんには門前払いされてしまったが、円城寺君ならぽろっとこぼしてくれるのではないかと期待したのだ。


「5月?何の事?」


清々しいほどのポーカーフェイスを決められてしまった。

仕草も視線も、それはそれは完璧なまでのポーカーフェイス。

だが逆に完璧すぎた事で不自然さも醸し出していて……

彼が何か(・・)を知っているのだと怪しむにはじゅうぶんだった。



「だってラウンジの幽霊も音楽棟の噂も5月頃から流れていたと聞いたから、何か関連性があるのかもしれないと思って。それに、この曲。レクイエムと言えば連想されるのは ”死” でしょう?だからもしかしたら、5月に何かあって、誰かが亡くなったりしたのかもしれないと…」


円城寺君のポーカーフェイスを崩すべく、私は持ち出す情報を選別して提示したのだが



先輩は(・・・)死んでなんかない(・・・・・・・・)!」



彼からは、鋭い小声が飛んできたのだった。


まるで壁に当てたボールがダイレクトに跳ね返ってくるように、円城寺君は私にまっすぐな否定を投げつけてきたのである。

けれどすぐさま


「あ……」


青ざめて懐中電灯をさっきよりももっとぎゅっと抱きしめた。

ポーカーフェイスは誰よりも完璧だったのに、こんなところでぼろが出るなんて、よほどその先輩(・・)と親しいのだろうか。



「先輩?死んでない?円城寺君、誰の事を言っているの?」


俯こうとする円城寺君の目を追うように顔を傾けると、彼はさらに懐中電灯を強く抱いた。


「誰って、別に……」

「円城寺君の頭の中には特定の人物が浮かんでいるのではないの?」

「ち、違うよ!」

「本当に?」

「う……」


私はどんな揺らぎも見逃すまいと、消したばかりの懐中電灯を点け、まっすぐに円城寺君の目を覗き込んだ。

彼が明かりに照らされて、息をのむのが分かった。

いつの間にかレクイエムは止まっていて、ひっそりとした夜の森の音が私達に忍び寄ってくるようだった。

そして森はゆるやかに風も運んできて。

私の短くなった髪が、ゆらゆらと靡いた。


やがて、円城寺君は短いため息と共に折れたのだった。



「……まいっか。館林は他校生に吹月を貶された時、その髪を切ってまで庇ってくれたもんね」


嘆息した次の瞬間にはケロッと軽やかな口調に戻ってしまった円城寺君。


「そんな館林なら、何があったか知っても、吹月のマイナスになるような事はしないだろうし」

「何の話か分からないけれど、私は吹月学院にとって敵ではないわ。勿論円城寺君にとっても」

「敵……。そうだね、僕らの学校は特殊だから、敵対視してる人間も多いんだろうね。だからこそ、イレギュラーな出来事に対しては慎重になってしまう。そうじゃないと誰かに付け入る隙を与えてしまうから。でも、吹月の名誉の為に抗議して自分の髪を切ってしまうほどの館林なら、僕らを裏切るような事は、しないよな?」


僅かに彼の語調が変わった。

いつもは可愛らしく振舞う円城寺君の、本来の資質である芯を垣間見た気がした。

私の答えは決まっている。


「勿論。誓うわ」

「よかった。じゃあ話すよ。あの夜の事を………」



円城寺君は、完璧なポーカーフェイスのもとに隠そうとしていた出来事を、淡々と説明してくれた。


だから私も、いちいち驚いたり余計な相槌をはさんだりはせず、黙って彼から語られる事実に耳を傾けていたのだった。











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